今夜は何をかけようかな…。
 周助が自室で、棚に入れたレコードを見ながら思案していると、部屋のドアをノックする音が響いた。
「周助、ちょっといいかしら」
「うん、なに?」
 真後ろのドアを振り向いて姉に答えて、立ち上がるとドアを開けた。
「いただきものだけど、私は予定があって行けないから、ちゃんとどうかしら?」
 そう言いながら姉が差し出したのは、2枚のチケットだった。
「何のチケットなの?」
「ジャズコンサート。日にちは来週の祝日よ」
「へえ。ありがとう姉さん」




 たまにはいいよね




 周助がコンサートのチケットを受け取った日から5日後の祝日。
 ちょうど今日は梅雨明けとなり、朝から真夏のような暑さだった。
 部活は休みだったので、午前と昼は自宅でゆっくり過ごし、午後3時に家を出た。
 強い日差しに色素の薄い瞳を細め見上げた空は、真っ青に広がっている。
 夏空の下、周助は隣家へ足を向けた。
 呼び鈴を鳴らして数秒後、玄関のドアが開いた。
「周ちゃん」
 の弾んだ声と嬉しそうな笑顔に、周助の顔にも笑みが広がる。
「やあ」
 は玄関のドアを閉めて、周助に向き直った。
「今日はお誘いありがとう」
「クスッ、どういたしまして。 行こうか」
 左手を差し出すと、はほんのり頬を赤く染めて右手を差し出した。華奢な手は頼りになる手に優しく包まれる。
「そのワンピース似合ってる。可愛い」
 淡い空色をしたワンピースを着たは目に見えて顔を真っ赤にし、小さな声でありがとうと言った。



 コンサート会場へ向かう途中、電車を乗り換える駅の構内にあるコーヒーショップに入った。
 それなりに広い店内だったが空席は少なかったので、飲み物を買うより先に席を取り、を席に残して周助は飲み物を買いに行った。
 周助はオレンジジュースとホットコーヒーを手に席へ戻った。
「お待たせ」
 飲み物が載ったトレーをテーブルに置き、彼女の向かいの席に座る。
「ありがとう周ちゃん。 あ、いくらだった?」
 白いショルダーバッグから財布を出そうとしているに気が付き、周助は笑って言った。
「いいよ。僕のおごり」
「え、でも…」
「なら、のオレンジジュース一口くれる?」
「えっ、あの……」
 頬を赤く染めてうろたえるに周助はクスクス笑う。
「フフッ、ったら顔が真っ赤だよ」
 はどう答えたらいいのかわからなくて、ごまかすようにオレンジジュースにストローを差して口をつけた。
 冷えたジュースが火照った顔をさましてくれるかと思ったけれど、あまり効果はないようだ。まだ頬が熱い。
 ちらりと周助に瞳を向けると、彼は柔らかく微笑むから、また頬が熱くなった。



 会場の最寄り駅で電車を降り、歩いて2分としないで会場に到着した。
「女の子が多いね」
 周助を見上げてが言う。
「ホールがいくつかあるから、アイドルのコンサートでもあるんじゃないかな」
 なるほど、と頷いて、は周助と2番ホールへ向かった。
 すでに開場していたので、チケットを見せて中へ入る。
 座席は1階、中央寄りの前のほうだった。
 周助の左隣の席に座り、は感嘆した。
「ねえねえ、周ちゃん」
「ん?」
「この椅子座り心地いいね。びっくりしちゃった」
「ああ、そうだね。ゆったりしてていいね」
 入口でもらったコンサートのちらしを見ながら話していると、あっという間に開演時間となった。
 開始を告げるブザーが響き、室内の電気が消えて静寂な暗闇に包まれる。


 普段からジャズを聴いているけれど、生演奏で聴くのは久しぶりだ。
 ピアノやサックスなどの楽器と透明な歌声とに聞き入っていると、不意に左腕が重くなった。
 周助は首をわずかに動かし、自分の腕へ視線を向ける。
 色素の薄い瞳に映ったのは恋人の寝顔だった。
 ゆったりしている曲が続いていたので、それが子守歌になってしまったらしい。
 昨夜暑くて夜中に何度か起きてしまったと言っていたから、それもあるのだろう。
 可愛らしい寝顔に色素の薄い瞳を愛しそうに細めて、口元に柔らかな笑みを刻んだ。
 それからコンサートが終わるまで、周助はの寝顔を見つめながらジャズ演奏を聴いていた。
 が目を覚ましたのは、最後の曲が終わり、ワッと盛大な拍手が起きた時だった。


 会場をあとにする客たちのざわめきが室内を満たしている。
 その一角で、は気恥ずかしそうにしていた。
 理由は歴然。コンサート中に寝てしまったからである。
 途中少しだけならまだしも、初めの曲しか覚えてないということは、ほとんど寝ていたということだ。
「そんなに気にしなくてもいいじゃない」
「……起こしてくれたらよかったのに」
の寝顔がとても可愛かったから、見ていたかったんだ」
 そう言ってにっこり微笑む周助には真っ赤になって俯いた。




END

陽だまりの恋のお題 10題「6. たまにはいいよね」
恋したくなるお題様(http://members2.jcom.home.ne.jp/seiku-hinata/)


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