Love and Happy リビングの大きな窓から柔らかな日差しが差し込んでいる。 部屋の中まで届く日差しで今日はいくらか暖かい。 室温は16度。冷え込むほどの寒さではないが、リビング脇のキッチンまで日差しは届かないので、遠赤外線の暖房を弱めに入れた。 去年の誕生日に周助がプレゼントしてくれた水玉模様のエプロンをつけ、はチョコレート作りに取りかかった。 今日はバレンタインで、日曜日だが周助は仕事で家を空けている。帰宅は午後4時頃だと言っていた。 だから、できたてのチョコレート菓子を渡したくて、昼を過ぎた時間――今から作り始めるのだ。 フォレノアール、ガトーオペラ、フォンダンショコラコラ、チョコレートキャラメル、チョコレートクッキーなど、チョコレートのお菓子は色々ある。 付き合ってから今日までに渡したことがないお菓子は、渡した数のほうが多くてはっきりわからない。 だから、周助が好きなリンゴを使ったチョコレートのお菓子を作ることにした。 昨日の昼間、周助が留守にしている時にこっそり作り、冷蔵庫に隠しておいたパイ生地を取り出す。 パイの型に敷きこんで、再び冷蔵庫に入れて少し休ませる。 その間に紅玉を使い、リンゴのソテーを作る。 「…周くん喜んでくれたらいいな」 ソテーしたリンゴを冷ますためにバッドに広げながら、は頬をほころばせた。 冷やしておいたパイ生地を焼くかたわらアーモンドクリームショコラを作る。 焼きあがったパイ生地にクリームを絞り出して敷き詰め、その上にリンゴのソテーを綺麗に並べる。 それをオーブンに入れたところで、は壁掛け時計へ目をやった。時計の針は三時半を少し過ぎていた。 「間に合う、かな?」 焼くのは20分から30分ほどだから、周助が帰宅するまでに焼きあがるかどうか微妙なところだ。 けれど、焼き立てを渡すことはできそうだ。 使った器具を片付けて、アップルティーを淹れる用意をする。アッサムやダージリンも合うけれど、バレンタインなので周助の好きなリンゴを使った紅茶を選んだ。 オーブンのドア越しに焼き具合を確かめていると、玄関の鍵を開錠する音がした。 「ただいま」 ドアが閉まる音と同時に聞こえたのは、周助の声だ。 はオーブンの温度を10度下げて、玄関に迎えに出た。 「おかえりなさい」 「ただいま、」 周助は笑顔で応えて、彼女の唇にただいまのキスを落とす。 「ん…冷た…」 「フフッ、ごめん」 は首を横に振って、周助が脱いだコートを受け取ってハンガーにかける。 「なんだか甘い香りがするね」 周助の声にはコートにブラシをかける手を止めて、彼に視線を向けた。 「今日はバレンタインだから」 「今年も手作りしてくれたんだ?嬉しいな」 にっこり微笑む周助にも嬉しそうな笑みを返す。 「ええ。着替えたらリビングに来てね」 周助は頷いて、の頬に軽くキスをした。 周助のコートをラックにかけて、はキッチンへと急ぎ戻った。 オーブンをのぞくと、先ほどはなかった焼き色がほんのりついていた。焼きすぎるとリンゴが焦げてしまうので、リンゴのチョコレートタルトをオーブンから取り出す。 一度カウンターの上に乗せ、紅茶を淹れるためにケトルで湯を沸かす。湯が沸くまでの間にタルトを皿に移し、リビングのテーブルへ運ぶ。そこへラフな服に着替えた周助が姿を見せた。 「美味しそうだね」 「だといいんだけど」 「が僕のために作ってくれたんだから、美味しいに決まってるよ」 「周くん…」 色素の薄い瞳を細めて笑顔で断言する周助に、の頬がうっすら赤く染まる。 そう言ってもらえてとても嬉しいけれど、とても照れる。 「あ、あのね、アップルティーを淹れようと思うんだけど、いいかしら?」 「うん、ありがとう」 は熱い頬を両手のひらでおさえながらキッチンへ戻り、紅茶を淹れたティーポット、ティーカップやケーキ皿などを大きめのトレーに乗せた。 「運ぶよ」 「ありがとう」 周助の申し出に甘えてトレーを運んでもらい、コの字型に配置したソファに斜向かいに腰掛けた。 「ハッピーバレンタイン。リンゴのチョコレートタルトにしてみたの」 「嬉しいよ。ありがとう。 はい、」 「え…」 周助がさっと差し出したものをは黒い瞳で見つめた。 彼の手にあるのは、紫のようで青くも見える桔梗のミニブーケ。数本の白いカスミソウが桔梗の色を引き立てている。 「愛してるよ、」 「…ありがとう。……周くん――」 私も愛してます、と消え入るように小さな声で告げて、大好きな桔梗の花束を受け取った。 それと同時に額にちゅっとキスをされて、びっくりして花束を落としそうになってしまう。 「もっ、もう、周くんてば…!」 は抗議するけれど、赤く染まった頬で声を上げても効果はない。 「が可愛いから、いつだってキスしたくなっちゃうんだよ」 嬉しそうに微笑んで言われて、の頬がますます赤く染まる。 そんな彼女に周助はクスッと小さく笑って。 「冷めないうちにの愛を頂いていいかな?」 そうだった。せっかく温かいものをと思ったのに、冷めてしまう。それに紅茶も出すぎてしまう。 ふたつのことは一度にできないので、アップルティーを周助に任せて、はタルトをカットした。 は自分の分のタルトを乗せた皿を左手に持ったまま、タルトを口に運ぶ周助をドキドキしながら見守る。 美味しくできたと思うのだけれど、どうだろうか。 「すごく美味しいよ」 「よかった」 ほっと安心した顔では微笑んだ。 「ところで」 「ん?」 「夕飯の支度はまだだよね?」 「うん」 「よかった」 周助の言葉にどういうことかとは首を緩く傾げる。 「レストランを予約してあるから、今夜は外で食べよう」 「えっ」 「嫌だった?」 「そうじゃなくて…周くんてばいつも突然だから。 でも嬉しい。ありがとう」 「君の喜ぶ顔が見られて、僕も嬉しいよ」 二人は見つめあって、幸せそうに微笑んだ。 END BACK |