Stay Together

 

 目の前にある書類の山を僕はいつもより早いペースで次々に片付けてゆく。
 今日は大切な恋人とデートの約束をしている。そして今日はクリスマスだ。待ち合わせに遅れる訳にはいかない。
 もっとも彼女とのデートに一度でも遅刻したことはないけれど。でも は待ち合わせの時間より早く来る人だから、時間ギリギリに行くと彼女を待たせてしまうことになる。それは絶対にイヤだった。
 だから僕は退社時間前に仕事を片付けられるように、仕事の合間の休憩もとらずに続けた。
 その甲斐があって退社時間間近で仕事を終えることができた。
 フウッと一息ついて、ふと周囲を見ると皆必死になって仕事をしていた。
 いつも口数の多い同僚も今日は口数が少なかった。きっと皆も家族や恋人との約束があるのだろう。そんな事を考えながら腕時計に目を遣ると、針が退社時間であることを示していた。
 イスから立ち上がり挨拶を済ませると、僕は との待ち合わせ場所に向かった。

 大通りの木々にはイルミネーションが色鮮やかに光っている。それをミラー越しに見ながら、なるべく空いている道を選んで20分ほど愛車を走らせた。
 そのうちに目的のホテルが見えはじめた。

 ホテルの地下駐車場にはすでに多くの車が止まっていた。入口付近は混んでいたが、奥の方は比較的空いていたのでそこに車を止めた。
 去年の誕生日に がプレゼントしてくれた黒いシングルコートを羽織り、僕は と待ち合わせをしているホテルに隣接している喫茶店へ足を向けた

 

 店内に入ると定番のクリスマスソングが聴こえてきた。にぎやかな曲ではなく、この店の雰囲気にあったピアノ伴奏だけの静かなクリスマスソングだ。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「いや。人と待ち合わせをしているんだ」

 そう店員に答えながら店内を見渡すと、窓際に座っている愛しい恋人の姿が目に入った。
  は頬杖をついて、街中のイルミネーションをぼんやりと見ているようだった。

 クスッ。

 僕は に気付かれないように、彼女が待つ席へ歩み寄った。
 そして の背後から彼女の細い身体をふわりと抱きしめた。

「待たせてごめん」

「きゃっ…」

 小さな悲鳴を上げて が振り返った。

「も〜っ。耳元で囁かないでって何度言ったら分か・・・・・」

  の抗議の言葉を軽いキスで塞いだ。
 唇を放すと、彼女は赤くなった顔で僕を軽く睨んだ。
 それが照れ隠しであることは明確だ。だから僕は微笑を浮かべてそれを交わすと、彼女の向かいへ腰をおろした。

 テーブルにやってきたウェイトレスに紅茶を注文すると、しばらくしてそれが運ばれてきた。

「それにしても、ずいぶん早いのね。約束した時間まであと一時間はあるわよ?」

  がシルバーの腕時計に目を遣ってそう言った。
 僕はクスクス笑いながら、そのままそっくり彼女が言ったセリフを返す。

「そういう こそ。こんなに早く来て、僕を待ってるつもりだったの?」

「うん。もし周助が早く来ていたら待たせちゃうでしょ?それに少しでも早く逢いたかったんだもの」

 至極あっさりと はそう言った。
 これが計算されたものでなく、自然と口から出た言葉なのが分かるから嬉しくなる。
 でも……。

「あのね、 。僕も一秒でも早く君に逢えるのは嬉しいよ。
 でも一人で待っていたら危ないでしょ」

「え?どうして?」

(いい加減自分の魅力に気付いて欲しいな)

は可愛いんだから、ヘンな男に目をつけられたら困るでしょ」

  は僕より5歳年上なのに、僕と同年代の女性と比べてキレイというより可愛いという印象の方が強い。
 それは彼女の優しさが表に出ているからだと思う。もちろん優しいだけじゃなく、強さも持っている。そんな女性だから僕は に惹かれて彼女を自分だけのものにしたいと思った。
 初めての彼女とのデートで待ち合わせをした時に、大学生が同年代の女性と勘違いしてナンパしている所を目撃したこともある。その後も何度かそういう場面に出くわした。
 勿論そんな不届きな奴等は僕が追い払ったけど。

「周助が言うほどナンパされてないよ?」

 僕の心配を他所に はきょとんとしている。
 全く。そんな無防備な表情がどれだけ僕以外の男の目を引いているか分かってるの?
 そんな僕の葛藤が分かるはずもなく、 は左手をかざして続けた。

「私にはお守りもあるしね。だから大丈夫よ」

 彼女の左手の薬指には、 の誕生日に僕が贈った彼女の誕生石であるダイヤモンドがついたプラチナリングが光っていた。

「確かに人の恋人に手を出す男はいないと思うけど、ね。
 でもね、僕の心配も分かって欲しいんだけど?」

「…分かった。気をつけるから」

 

 そうして逢えなかった間の自分達の近況やクリスマスの想い出話をしているうちに、夜は深けてゆく。

 外から教会の鐘のような音が聴こえた。駅前広場にある大時計が19時を告げる音だ。

「時間になったから、そろそろ行こうか」

 そう言って立ち上がると、 も席から立った。
 そして不思議そうに首を傾げて。

「周助。時間ってなに?」

「フフッ。着くまで秘密だよ」

 会計を済ませて店を出ると、僕は の手を握って隣のホテルに入った。

 

 ホテルのロビーも街中と同じようにクリスマス一色になっていた。吹き抜けのロビーには大きなクリスマスツリーが置かれ、それはとても綺麗に飾り付けられ、周りには多くの人が集まっていて賑やかだ。
 その中を通り抜けて、僕たちはエレベーターホールへ向かった。
 エレベーターに乗り、行き先の階を押すとゆっくりとそれは上階へ向かって動きだした。

 目的の場所に着くとボーイがやってきた。

「いらっしゃいませ」

「予約している不二ですが」

「不二様。……二名様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 そうして案内されたのは、このレストランの中でもっとも夜景が綺麗に見える窓際の席だった。
 混んでいる時期にこういう場所に座れることはまずない。
 特にクリスマスのディナーの時間となれば尚の事。
 だから僕は半年前にこの席を予約しておいた。
  の喜んでいる顔が、嬉しそうに笑う顔が見たくて。
 彼女は予想に違わず、夜景に目を奪われている。
 高層ビルや東京タワー、レインボーブリッジの光に加えて、クリスマス用につけられた街中のイルミネーションが闇に光っている。

「すごい。星を散りばめたみたいね」

「うん。想像以上にキレイだ」

「ホントにキレイね。ずっと見ていても飽きないかも…」

「フフッ。そんなに喜んでくれると嬉しいよ。
 でも、そう夜景ばかり見ていられるとちょっと、ね」

「ちょっと、なに?」

「夜景に嫉妬しちゃうよ」

 僕がそう言うと、 は少し頬を赤く染めて、小さな声で可愛いコトを言う。

「ばか。…でも、そんな所が大好き」

「クスッ。僕も を愛してるよ」

 周りに人がいなければ思いきり抱きしめて、桜色の唇に熱いキスができるんだけどな。残念だよ。

 シャンパンで乾杯して、おいしいフランス料理を味わった後、僕たちは二人きりの甘い甘いクリスマスを過ごした。

 

 

 来年も再来年もその先もずっと・・・。

 君に傍にいて欲しい。

 

、愛してる」



 僕の腕の中で小さな寝息を立てる の耳元で囁いて、桜色の唇にキスを落とした。

 

 


 

A Merry Christmas to you...




【Mauve Tales】藤名翠様主催『Love is all』に投稿したドリーム。
一部ほんの少しだけ修正。
周助くんたら、ヒロインにメロメロですね(笑)
周助くんからの愛を受け取ってくださいねv

 

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