私は秘密の恋をしている。

 相手は青春学園高等部 3年6組 不二周助くん。

 私は彼に出会った瞬間から、彼に惹かれた。

 


 今から10ヶ月前の去年の4月中旬。
 私は授業で使う教材を取りに、職員室から教材室へ向かっていた。
 必要なものを確認しながら歩いていた私は、ぼんやりしていて階段を踏み外してしまった。

 落ちる!?

 覚悟を決めた瞬間。

「危ないっ!」

 その声と同時に、私の身体は冷たい床の上ではなく、温かな体温に包まれていた。
 ふと瞳を上げると、私を助けてくれた人と目が合った。

「あの…」

先生、ケガはないですか?」

 そう訊かれたが、私はこの人の事を知らなかった。
 制服を着ているから青学の生徒であることは確かだけれど、私は数日前にココへ異動になったばかりで、
ほとんどの生徒の名前を知らなかった。

 でも、名前を訊くよりもお礼を言う方が先よね。

「ええ、大丈夫よ。助けてくれてありがとう」

 そう言うと、彼は顔に笑みを浮かべた。
 その笑顔がとても優しくて、思わず魅入ってしまった。

「よかった。…あ、そうだ。ねえ、 先生」

「はい?」

「僕の名前知ってる?」

「ご、ごめんなさい」

 咄嗟に謝ってしまった私はハッとなり口を塞いだけれど、それは既に遅くて。
 目の前の男の子は可笑しそうにクスクス笑っていた。

「謝らなくてもいいのに。先生はココに来たばかりだから、仕方ないですよ」

「そ、そうだけど…」

 カッコ悪すぎるわ、私・・・。

「クスッ。じゃあ いま覚えてください。僕は3年6組不二周助です」

「不二周助くんね。偶然ね。あなたのクラスの現国は、私が担当なのよ」

 そう言うと、不二くんのブラウンの瞳が驚いたように瞠られた。
 でもそれは一瞬のことで、彼はにっこり笑って。

「じゃあ6限目に会いましょう。 先生」

 そう言って、彼は階段を降りていった。


 


Secret Love

 


 

 2月14日 土曜日。
 放課後の教官室で、私は朝から何度目か分からない溜息をついた。

 机の上は1時間前とまったく変わらないままの状態だった。
 来週の水曜日に私が受け持つ二年生のクラスで小テストをしようと思って、
その問題を作る為に用意した数枚の紙は、真っ白なまま。
 ずっと気持ちが上の空で、全然進んでいなかった。

 ふと視線を机の片隅に向けると、白色のペーパーバッグが目に入った。
 その中には、夕べ作ったフォンダンショコラが入っている。


 彼に渡せないのは分かっているのに、作ってしまった。

 そして、学校へ持って来てしまった。

 

 私は教師で、不二くんは私の生徒。


 だから、渡せるはずがなかった。

 それに、彼はすごくモテる。

 テニスも上手くて、勉強もできて、人当たりもいい。

 そんな彼を周りが放っておくはずもない。

 きっとチョコレートだってたくさん貰っているはずだわ。


 そう思うと、途端に目頭が熱くなった。


 バカみたい。

 渡せるはずないのに…。

 年上の女から貰っても、彼だっていい迷惑よね。

 どうしてこんなに好きになっちゃったんだろう。


 真っ白な紙に、ポタッと涙が落ちた。


 


・・・コンコン・・・


 


 突然のノックの音に、私はビクッとなった。
 慌てて目元を指先で拭って、それに返事をする。

「どうぞ」

 そう答えると、扉が開かれ一人の男の子が部屋に入って来た。

「不二…くん?」

「こんにちは、 先生。……泣いていたの?」

 いままで聞いたことのない低い声で言われて、思わずびくっとなった。
 そんな私の傍に彼が近付いてきた。
 そして。

「誰に泣かされたの?」

「…え?」

先生を泣かせたのは誰なの?先生を振るなんて、許せないよ」

「はい?」

 とてもマヌケな声が出た。

 私が振られた?

 どういう意味?

 訳が分からずにいると、不二くんの顔がスッと近付いてきた。

「…違うの?」

 その問いに一瞬遅れて、慌てて返事を返す。

「誰にも振られてないわよ」

「それならどうして泣いてるの?」

「それは…」

 不二くんにチョコを渡したいのに渡せないから。
 なんてことはとても言えなくて。
 ゴミが入ったの、なんて誤魔化すこともできなくて。
 私は不二くんから視線を逸らした。
 すると、チョコを入れたペーパーバッグが視界に映った。

「それ、チョコレートでしょ?」

 その言葉に私は心を決めた。

「そうよ」

「渡さないの?」

「誰に?」

「先生の好きな人に、だよ」

「渡したいけど、渡せないから」

「どうして?」

「…きっとたくさん貰ってると思うから…」

 自嘲気味にそう言った。
 すると不二くんの腕が袋へ伸びて、それを掴んだ。

「それなら僕が貰っていい?」

「……え?」

「僕にください、って言ったんだけど?」

「どうして?私からなんて貰わなくても、不二くんはいっぱい貰ってるんじゃないの?」

「直接渡されたものは全部断ったよ。
 教室に置かれていったチョコも、くれた人の名前があるものは全部返したから、ほとんどないよ。
 手元にあるチョコも自分で食べるつもりは全くないしね」

 そう言って微笑む不二くん。
 私は彼の真意が分からず、眉を顰めた。

「…欲しかったのは、 からのチョコだけだから」

「ウソ…なんで…」

が好きだから」

 今なんて言ったの?

 好き?

 不二くんが私を?

 聞き間違いとか空耳じゃなくて?


 言葉にするより先に、私は泣いていた。

 嬉しすぎて、言葉にならなかった。

 諦めなきゃって、ずっと思ってた。

 それなのに・・・。


「その涙は僕のためって自惚れていいの?」

 その言葉に、私はただ頷いた。

「……き…なの…」

 嗚咽を漏らしながらの呟きが彼に届いたのか、私の身体は不二くんに抱き締められていた。

「・・・大好きだよ」

 耳元で不二くんが囁いた。


 


 


 


「ねえ、 。開けてみていい?」

 チョコが入っている袋を覗いて、不二くんがそう訊いた。
 それに私はコクンと頷いた。

 彼の指が銀色のリボンを解いて、 赤い箱を開けた。
 中にはフォンダンショコラが3つ入っている。

「おいしそうだね」

「ホント?それね、フォンダンショコラだから中にチョコが入っているの。
 だから温めてから食べてね」

 焼き立てならいいのだけれど、そうではないから中に詰めたチョコは固まっている。
 だから温めることで中のチョコが溶けて、食べている時にトロッとでてくるようになる。
 そう不二くんに説明すると、彼はフッと笑って。

「じゃあ一緒に帰らないとね」

 私は意味が分からず、首を傾げた。
 すると不二くんは色素の薄い瞳を細めて。

のウチにお邪魔させてくれるよね?
 自分で温めるよりも、好きな人にやってもらった方が何倍もおいしいよ。きっと」

 そう言って、彼はにっこり笑った。

 突然ウチに来たいだなんて、嬉しいけど、困る。

「不二くん、あのね…」

「ああ、 。僕のことは”不二”じゃなくて、”周助”って呼んでね」

「う、うん。じゃあ周助くん。あ…」

「”周助くん”じゃなくて、”周助”だよ」

 そ、そんなコト言われても、すぐに呼び捨てにできないわよ〜。
 ずっと”不二くん”と呼んでいたのに、すぐに切り替えられないわ。

 私が戸惑っていると、フフッという笑い声がした。
 そして。

「周助って呼べなかったら、キス1回ね」

「ええっ?」

「クスッ。冗談だよ」

 周助くんはそう言って、私の唇に掠めるだけのキスをした。

 笑顔の裏に隠れる周助くんの素顔を垣間見た気がした。


 

 

 


 

END

中村美雨さま主催『229』投稿作品/再録

一度は書きたいと思っていた『生徒と教師』もの(笑)
この夢は、朝目覚めた瞬間に閃いたもの(マジです)
周助くんに掴まったら最後、逃げることはできないと思います。
私だったら、逃げようと思いませんが。むしろ束縛してて欲しい(笑)
実は続きを考えてあります。もちろん周助くんは黒いですよ(笑)


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