高校の卒業式から二週間が過ぎた。
 三月中旬ともなると桜の花が咲き始め、春の訪れを告げる。
 桜の花びらが舞う光景は、キレイだけど、どこか切なくなる。
 そう感じるのは、どうしてなんだろう。

 

 

花霞

 

 

 来月になれば大学生活が始まり、僕の日常も忙しくなる。
 大学部と高等部の校舎は結構離れているから、敷地内や校舎で恋人に逢える確率も減ってしまう。
 それが僕を切なくさせているのかもしれない。

 高等部の職員室に乗り込むという手もあるけど、 に迷惑をかけたくないから、できる限り避けたいし。
 電話で声を聞くことはできるけど、顔を見られないっていうのは、かなりキツイ。
  の家に遊びに行くことは簡単だけど、そう頻繁に行くのも、ね。


 でも今は春休みだから、学校に来ている生徒や先生は限られている。

 こんなチャンスは逃せない。

 僕は愛用のカメラを手にして家を出た。


 

 校門をくぐって二週間振りに足を踏み入れた母校は、僕が通っていた頃となにも変わっていない。
 数年ぶりに訪れた訳じゃないから、当然といえば当然なんだけど。


「・・・・そろそろ、かな」

 腕時計の針が正午を回ったのを確認して、僕は裏庭へ向かった。
 裏庭は桜の花が咲き乱れ、辺り一面を桜色に染めていた。
 微かに風が吹くと、桜色の花びらがフワリと宙に舞う。
 まるで花霞の中にいるようだ。
 そして、その幻想的な風景の中に、僕は の姿を捕えた。

「フフッ。やっぱりいた」

 この時間に がココで昼食を食べるのは、いつものことだから。
  は昼食を職員室や学食でとることがほとんどない。

 初めてこの場所で彼女の姿を見かけた時、気になって訊いたことがある。

先生、職員室で食べないんだね」

「ええ。いいお天気なのに、室内にいるのはもったいないでしょう?」

「クスッ。確かに、ね。 …あ、そうだ」

「?」

「明日から僕も一緒に食べていいかな?」

 そう訊いたら、 はとても驚いていた。

 

 そんなコトを思い出しながら、僕は へ近付いていく。
 彼女は僕に気付く様子はなく、桜を見上げて優し気に微笑んでいる。
  の笑顔は好きだけど、それが僕以外に向けられているのは、はっきり言って面白くない。
 そう思った瞬間。

!」

 僕は恋人の名前を呼んでいた。
  の視線が桜から僕に移って。
 彼女は僕と目が合うと、顔に満面の笑みを浮かべた。
 とても幸せそうに微笑む に、ドクンと鼓動が早まる。
 ホワイトデーに逢ったばかりで、数日しか経っていないのに、彼女の笑顔がすごく眩しく感じる。

 とても愛しくて、 から目が離せない。

「周助くん!」

 彼女が僕の名前を呼んで、こっちへ駆けてくる。
 年上と思えないほど、その姿は可愛いくて。

「ホワイトデー以来ね。今日はどうしたの?」

に逢いたかったんだ。どうしようもなく、ね」

  の細い身体を抱きしめてそう言うと、彼女はフワリと微笑んで。

「私も周助くんに逢いたかったわ」

 そう言った彼女を少し力をいれて抱きしめ直して、しっかりと腕の中に閉じ込める。

 僕から離れないように・・・。

「ねえ、 。覚えてる?」

「え?何を?」

 そう答えた彼女に僕は思わず笑みを零した。

 ホワイトデーにも言ったのに、忘れちゃったの?

 それとも、ワザと?

 僕としてはトクだからいいけどね。

「キス二回だね」

 彼女の耳元で囁いて、唇を重ねた。
 柔らかい唇に二回キスを落として、 を見つめた。
 すると彼女は頬を僅かに桜色に染めて。

「こんなトコで…誰かに見られたら…」

「クスッ。校舎からは見えないよ」

 本当なら とのキスシーンを見せつけたいけどね。
 彼女は気付いてないだろうけど、 を狙っている男子生徒が何人もいることを、僕は知っている。
 だから、誰かに目撃されていた方が都合がいいんだけど。
  は高等部の教師だから、彼女の立場を悪くはできないし、仕方ないよね。


 でも、今日くらいは一一一。


、こっちに来て」

 彼女の手を引いて、一番大きな桜の樹の下へ歩いていく。
 樹の幹に背中を預けて腰を下ろして、 を僕の前に座るように促す。

 そして、後ろから彼女の細い身体を抱きしめた。

「桜…キレイね」

「うん、そうだね」

「ね、周助」

「なぁに?」

「桜の写真、撮らなくていいの?」

  が地面に置いたカメラに視線を向けて、そう訊いた。

「うん。あとでゆっくり撮るよ。それよりも・・・」

「それよりも?」

 細い身体を抱きしめている腕に少しだけ力を入れて。

「今は の笑顔を僕に独占させて」

  の耳元で甘く囁いて、桜色の唇に深いキスを落とした。


 

 

 

END

周助くん視点にすると、砂を吐くほど甘々になるのよね(笑)
やっぱり黒のはいった周助くんを書くのが一番楽しいです♪
ラストのセリフが書きたかったので、
周助くんのセリフに さんがドキドキしていらしたら、目論見は成功です(笑)

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