日本から遠く離れた土地に が暮らし始めてから、約二ヶ月が過ぎた。
 自分が生まれ育った国以外で生活することに、やはり迷いは生じた。
 気候も風土も文化も違う。なにより一番に異なるのは、言葉。
 それに、周助と一緒にイギリスへ行くということは、五年間続けた仕事も辞めなければならない。
 けれども、様々な迷いは、彼の傍にいられることの喜びには、取るに足らないことだった。

 

 今から二ヶ月前の の誕生日に、三月に大学を卒業した周助は、彼女に結婚を申し込んだ。
 周助は大学一年の時に、私大のテニス大会でテニスの腕を認められ、彼はその年から一年の大半をイギリスのテニスクラブで過ごしていた。
 そして、大学卒業を機に本格的にプロ入りをした周助は、イギリスに住むことを決めたのだった。
 けれど、彼には何があっても手離すことなど考えられない大事な人がいた。
 だから周助は、 の誕生日にプロポーズをした。
 彼とて迷いがなかった訳ではない。
 彼女に傍にいて支えて欲しいがゆえに、彼女を今まで住んでいた環境とは全く違う土地へ連れていくのだ。
 とうぜん彼女の人生を大きく左右させる。
 けれど、彼には彼女のいない生活など考えられなかった。
 彼女を失えば、自分が自分でなくなると、そう確信できるほどに、最愛の人。
 だが、それは も同じ想いだった。
 周助と離れることなど、できはしない。彼がいなければ、息ができない。
 だから彼女は、彼のポロポーズを受けた。

 周助と一緒に生きていきたいから一一一。


 

 

Forever and ever


 

 

 六月上旬、ロンドン郊外の小さな教会で、二人は式を挙げることに決めた。
 日本からは遠いので、式には誰一人呼んでいなかった。
 祝福してくれる人がいなくても、傍らに最愛の人がいればいいと、お互いにそう思っていた。
 むろん本心からそう思っている訳ではない。できることなら、家族やたくさんの友人に囲まれて、式を挙げたかった。
 けれど、周助は三週間後に開催される全英オープンにむけて調整期間に入っていた。ゆえに、帰国している時間はなかった。
 当初は、その大会で優勝してから式をと周助は考えていたのだが、大会が終了してからだと、七月になってしまう。
 それではジューンブライドにはならない。言い伝えなのは分かっているけれど、周助は を幸せにしたいと願っていた。
 そして、 がジューンブライドに憧れているのを、周助は知っていた。

 それに、本音を言えば、すぐにでも結婚したい心を周助は押さえていたのだ。
 一秒でも早く、 を自分だけの人にしたかった。


 

 

 

  は控えになっている部屋の窓から、庭を眺めていた。
 イギリスは年間を通して雨の日が多いのだが、今日はとてもよい天気で、青空が広がっていた。
 部屋から見える庭はそれほど広くはないが、丁寧に剪定されていて、薔薇が咲き乱れていた。
 その中でも一際彼女の目を惹いたのは、真っ白く可憐なプリンセス・オブ・ウェールズだった。
 その薔薇以外にも、真っ赤なオールドローズや、淡いピンク色のメアリーローズなど、たくさんの薔薇が見事に咲いている。

 ウェディングドレスに身を包んで、その風景を見ている の耳に、控えめに扉を叩く音が聞こえた。

、入ってイイ?」

 扉の向こうから聞こえた声に、 は花が咲いたようにフワッと微笑んで。

「ええ。大丈夫よ」

 そう返事をすると、扉がゆっくりと開かれた。
 そこにいたのは、 の最愛の恋人の周助。
 彼は真っ白なタキシードをそれは見事に着こなして、優雅に立っていた。
  は初めてみる周助の一生に一度の正装に、すっかり目を奪われていた。
 それは周助も同じで、彼は扉を閉めることも忘れ、真っ白なシルクのウェディングドレスを身に纏った に、見愡れていた。
 その姿はとてもキレイで、一瞬でも目を離したくなくなるほどだった。


「周助、どうしたの?」

 何も言わずに自分を見つめたまま動かない周助に、言い知れない不安を感じた が言った。
 その声色に彼女の不安を読み取った周助は、フッと笑って、扉を閉めると の傍に歩み寄った。

「君がとてもキレイだから、見とれてしまったよ」

 そう言うと、 の白い頬が、深紅の薔薇のように赤く染まって。

「あ、ありがと。 周助も素敵よ。すごくカッコイイわ」

 照れながらも目の前で微笑む周助にそう言うと、彼はクスッと笑って。

「ありがとう。嬉しいよ、

 周助は の華奢な身体を包み込むようにそっと抱き寄せて、柔らかい唇にキスを落とした。
 啄むようなキスをして、ゆっくり唇を離した。
 そして。

 

「・・・ を必ず幸せにするから」

 彼女の黒い瞳を、色素の薄い瞳で真摯に見つめて彼が言うと、 はコクンと頷いて。

「うん。 私も…私もあなたを幸せにしたい」

「僕は君が隣にいてくれたら、いつでも幸せでいられる」

「私もそうよ。周助がいてくれるから、幸せなの。だから一一一」

「ああ。ずっと一緒だよ、 。僕は絶対に君を離さない。
 この先なにがあっても、 を守るよ」

 熱のこもった真摯な瞳でそう言うと、 は黒い瞳に涙を浮かべた。

「嬉しい。周助」

「クスッ。泣いたらメイクが落ちちゃうよ?」

「周助のいじわる」

 涙を瞳の端に浮かべたまま、上目遣いで彼を軽く睨んでそう言うと、周助はフフッと笑って、彼女の目元に浮かぶ涙を指先でそっと拭うと、再び に熱いキスを落とした。


 

 しばらくして、再び扉が叩かれた。

「はい。どうぞ」

 周助がノックに答えると、この教会の牧師夫人が姿を現した。
 夫人は周助を瞳に捕らえると、くすっと笑って。

「新郎さんも一緒でしたのね」

「ええ。一秒でも早く、ウェディングドレスを着た の姿を見たかったんです」

 その言葉を聞いた夫人は一瞬目を瞠って、その後にっこり微笑んだ。

「とても可愛い花嫁さんですものね」

「はい。世界で一番可愛い花嫁ですよ」

「ふふ。こんなに愛してくれる方がいらして、あなたは幸せね」

 そう言いながら、夫人が にブーケを差し出すと、彼女ははにかむように微笑んで、そのブーケを受け取った。

「ありがとうございます」

  がブーケを受け取ると、夫人はにっこり微笑んで、部屋を出ていった。

  が受け取ったブーケは、白薔薇を基調にし所々に緑のアイビーを配色して作ったハーモニーブーケだった。
 そしてそのブーケの中には、数本のデルフィニウム・フォルケフレーデンを取り入れてあった。


『結婚式に青いものを身に付けると幸せになれる』


 それにちなんで、 がブーケを作る際に入れてくれるように、フラワーコーディネーターに頼んだものだった。

 そっと瞳を閉じて、息を吸うと、香り高い薔薇の匂いが鼻腔をくすぐる。
 その姿に、周助は瞳を細めて微笑んで。


 

 愛しい恋人の名前を呼んで腕を差し出す。
  は周助の左腕に、レースの手袋をはめた細い手を絡めた。

 

 

 扉が厳かに開かれ、二人は祭壇へ続くバージンロードを、ゆっくり歩く。


 


 

 

「汝 不二周助一一一   を妻とし神の定めに従い 病める時も 健やかなる時も 富める時も 貧しき時も
 一一一死が二人をわかつまで 愛することを誓うか?」

 

「誓います」


「汝  一一一 不二周助を夫とし神の定めに従い 病める時も 健やかなる時も 富める時も 貧しき時も
 一一一死が二人をわかつまで 愛することを誓うか?」

 

「誓います」


 

「一一一指輪の交換を」

 周助は の左手を取って、薬指に指輪をはめた。
 そして も、周助の左の薬指に指輪をはめた。

 

 

「では、誓いのキスを一一一」

  が黒い瞳をそっと閉じると、周助は桜色の唇にゆっくりキスを落として、二人は永遠の愛を誓った。
 周助が唇を離すと、 の頬に涙が一筋流れた。
 その涙を周助はそっと指で拭って、優しく微笑んだ。

 

 その光景を見守っていた牧師は、顔に優しい笑みを浮かべて。

「神の名の元に二人は夫婦と認められた一一一」

 


 

 そして教会の前で、寄り添い合い、幸せに微笑む二人の姿を、周助の知人であるカメラマンが写真に撮った。

  の細い肩に腕を回して抱き締めて、周助は最高に幸せに微笑んでいて、  はそんな彼の胸に幸せそうに身体を預けて一一一

 

「私とても幸せよ、周助」

「僕も幸せだよ。 これから僕が をもっと幸せにするから。ずっと永遠に・・・」

「うん。 愛してるわ、周助」

「僕も を愛してるよ」

 

 そっと二人の距離が縮まって、重なった唇は、しばらくの間離れることはなかった。

 

 

 

 

 そして二人が結婚式を挙げてから、数週間が過ぎた七月上旬。

 ウィンブルドンのセンターコートで、周助は愛しい妻が見守る中、優勝を決めた。


 


 

 たとえなにがあろうとも

 二人なら乗り越えていけるから

 命のある限り一一一 否、たとえ命が尽きても

 永遠に一緒にいよう


 

 一一一愛してるよ 




 

 

END

 

Anjelic Smile・Ayase Mori  2004.06.18

 

サイト二周年記念フリー配布夢・再録。
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