どこまでも広がる草原に寝転がって、両手を大地に投げ出す。
 微かに吹く風が頬を撫でていく。
 風に揺れた草や花がカサカサと音を立てる。
 果てしなく続く緑の絨毯の上はとても気持ちがよく、木陰のおかげで暑さも幾分か和らいでいる。
 時折、木の葉の隙間から垣間見える真っ青な空には、白い雲が浮かんでいる。

 風の心地よさと昨夜の疲れも手伝って、 は黒真珠のように澄んだ黒い瞳を数回瞬きさせて。
 小さく欠伸をした。

「眠い・・・。もうっ、周助のせいだわ」

 そう呟いて、柔らかな大地から身体を起こして、背中を大きな幹に預けると、もう一度小さな欠伸をして、ゆっくりと夢の中へ落ちていった。


 

On the hill which a wind blows



〜?」

 不二は丘の頂上に向かって歩きながら、しきりに辺りを見回して、恋人の名を呼ぶ。
 先程「涼んでくるね」と言って、彼女は山荘を出て行った。
 彼は本当ならば一緒に行くつもりであったのだが、昨夜の約束を違えるわけにはいかず、不二は渋々といった体で を待つことになってしまった。
 元はと言えば自分が悪いのは明白なのだが、いまひとつ釈然としない不二であった。

 そして歩きながら不二は考えを巡らせた。

 そう言えば、この丘の頂上に大きな楠があった。
 小さい頃は、弟の裕太とよく木登りをしたものだった。
 そんなことを思い出しながら、不二は歩調を早めた。
 きっと、おそらく彼女はそこにいるはず・・・。
 あそこは見晴しがよく、すそ野の水平線までも見渡せる。
 それに、頂上は風を遮る木々が少ないから、風がよく通り涼しい。
 そして。


「草原に寝転がって、一面の青空を見てみたいな」


 いつだったか、 がそう言っていた。


 色素の薄い瞳に、青々とした葉をつけた大きな楠が映って。
 その大樹に向かって歩いていくと、その樹の根元に がいた。
 立派な幹に寄り掛かって、瞳を閉じている。


 不二は足音を殺すようにして、そっと近付く。

?」

 彼女の顔を覗き込むようにして呼び掛けた。
 けれど、 はピクリとも動かない。
 林檎色の唇から聞こえるのは微かな寝息。

「クスッ。眠ってしまったのか」

 ここは涼しいし、無理もないか。
 それに・・・昨夜はムリをさせてしまったしね。
 腕の中の がとても愛しくて、ようやくゆっくり眠らせてあげられたのは明け方近くだったし。

「ごめんね、

 そう言って、不二は白い額に軽くキスを落として。

 彼女の隣に腰を降ろした。
 そして、 の頭を自分の方へ引き寄せると、伸ばした両脚の上に乗せた。

 黒く艶やかな髪を撫でるように梳いて、不二は優しく微笑んで。
 夢路を彷徨う恋人の寝顔を見つめた。
 
・・・君が好きだよ」

 返事がないことを分かっていてそう言った。
 すると一一一。

「私もあなたが大好きよ」

 そう答えが返ってきた。
 不二は驚いて、色素の薄い瞳を見開いた。

「・・・ ?」

 黒い瞳は先程と変わらずに閉じられていて。
 けれど、彼女の口元は微笑んでいる。

「いつから起きてたの?」

 訊くと、黒い瞳が周助を捕えて。

「周助が私の髪を梳いた時、かな。 夢かなって思ったんだけど・・・」

 言いながら、不二の膝枕から細い身体を起こして。

「周助の声がやけにハッキリしてたから」

 そう言って、 はふふっと微笑んだ。
 それにつられるようにして、不二はクスッと笑みを零して。

「残念。 の寝顔見るのけっこう好きなんだけどな」

「どうして?」

「それは可愛いからに決まってるでしょ。 もちろん起きてる時の笑顔が何倍も可愛いけどね」

 言うと、 の白い頬は瞬く間に朱色に染まって。

「な・・・っ」

「フフッ。ほら、やっぱり可愛い」

 不二は細い身体を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。
 そうして の動きを封じて。

「誰よりも君を・・ を愛してるよ」

 耳元で甘く囁いて、柔らかい唇にそっとキスを落とした。

「・・・周助・・・」

「なに?」

「私も・・・周助を愛してる・・」

「うん。知ってるよ」

 そしてもう一度、二人はキスを交わした。
 今度は、長く深いキスを一一一。


 キスの合間にそっと瞳を開けると、緩やかに吹く風に艶やかな黒髪が舞っていた。



 唇を放してお互いにクスッと微笑みあって。

「そろそろ戻ろう。朝ごはんもできたことだしね」

「あっ…それで私を探しに来てくれたの?」

「うん、そうだよ。 でも、そんなことすっかり忘れてた」

「くすっ。 じゃあ、早く帰らないとね」


 お互いの温もりを確かめあうように、仲良く手を繋いで歩きだした。
 

 

 

 

END

2004.07.27

暑中見舞いとして7/27〜8/14までフリー配布していた作品です。
現在はフリーではありませんので、持ち帰りなどは厳禁です。

「Speaking of summer...?」「The Seventh Night of July」「a meteor swarm」
を読んでから読まれると、倍に楽しめるかと(笑)
全部繋がってるんです、実は。気付かれた方っているんでしょうか?

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