猛暑の日が続き、夜になっても暑さは和らぐ気配はない。
 7月中旬でこれでは、8月はもっと暑くなるかもしれない。
 そう考えて、 はため息を吐きながら玄関の扉を開けた。
 すると、部屋の中は外の暑さが嘘のようにひんやりしていて、彼女は驚いた。

(・・・クーラーつけっぱなしで仕事に行っちゃった?)

 起床してから一時間程はつけていたが、ちゃんと消して仕事に出掛けたはずなのに。
 どうしてついてるの?
 そんな彼女の疑問は、すぐにかき消えた。
 それは玄関に見なれた靴が揃えて脱いであったからだ。

 そして が靴の存在に気付いたのと同時に。

「お帰り、 。仕事お疲れ様」

「・・・周助」

「あれ?今年は驚かないんだね」

 そう言って、周助はにっこり微笑んだ。

「…確信犯…」

 小さな声で言うと、楽しそうに笑う声がして。
  はそっとため息を吐いた。

 彼女の脳裏に、昨年の出来事が甦る。

 昨年の今頃、高校三年だった周助は仕事から帰った を今日のように待ち伏せしていて。
 そして一一一。

 そこまで思い出して、 はそれを振り払うように、頭を振った。
 あの旅行は色々な意味で散々だったので、あまり思い出したくはなかった。

「今日はどうしたの?」

 周助の突然の訪問を気に留めてないフリを装って、 はそう訊ねた。
 すると周助は優雅に微笑んで。

に逢いに来たに決まってるでしょ」

「そう」

「クスッ。素直じゃないね」

「悪かったわね」

「クスクス。悪くないよ。そういうトコ、すごく可愛い」

 彼のセリフにイヤな予感は最高潮に達して、周助の言葉を遮ろうと口を開こうとした。
 だがそれは一瞬遅く。

「来月、11日から14日まで休みが取れたって言ってたよね。 二人きりで旅行に行こう」

「周助には悪いけど、今年は海に行く気分じゃないの」

 今年は去年の二の舞いにはならないから、と心に決めて は言った。
 だが、周助の方が より何枚も上手だということを、彼女は失念していた。

「心配しなくていいよ。今年は山だから」

 そう言って笑う周助に、 は『嵌められた』と思った。
 けれど。

「七夕祭りに出掛けた時、流星が見たいって が言ってたから、今年は山がいいかなって。
 その頃、ペルセウス座流星群が見頃なんだよ」


 また…だ。
 周助はズルイ。
 どうしていつも私が喜ぶことを言うの?
 そんな笑顔で一一一
 優しく言われたら一一一

 断れるワケないじゃない・・・。


「行くわ、旅行。連れて行って?」

「クスッ。喜んで」





 

a meteor swarm





 

 旅行当日、 の家に迎えに来た周助の車に乗って、二人は出掛けた。
 高速に乗って東京を抜け出し、車は関越地方へ向かう。
 家を出てからハンドルを握って運転を続ける周助に、 は途中で交代しようと言ったが、彼は大丈夫だよと言って、運転を変わろうとしなかった。

 周助曰く。

、G県の道を知らないでしょ? それに僕が君を連れて行くって約束したからね」

 笑顔で言われては返す言葉もなく、周助は以外と頑固で言い出したら譲らないところがある。
 だから は周助に甘えることにした。

 そして数時間後の夕方近くに、G県のS高原にようやく着いた。
 
  は衣類などが入ったバッグと、来る途中にスーパーで買った食料品が入った数個のビニール袋をトランクから降ろして、目の前にある建物を見上げた。
 おそらく檜かオーク材で造られている山荘は二階建てで、バルコニーまである。
 そして、山荘の周りの草木は丁寧に剪定されている。

「ここって不二家の別荘だったりする?」

 多分そうなんだろうと思いながら訊くと、周助はフフッと笑って。

「当たり。よく分かったね、
 ・・・小さい頃は家族でよく来たんだけど…」

 言いながら、彼は当時を思い出しているのか、色素の薄い瞳を細めた。
 周助は懐かしむような、それでいて憂いを含んでいるような表情で、 は何も言えずに彼の言葉に耳を傾けていた。

「ここに来たのは5年振り…かな」

「・・・・・・」

?どうしたの?」

「ううん。なんでもないわ」

「そう? ねえ、

「なに?」

「ここに連れて来たのは君が初めてだよ。
 勿論これから先も 以外の人を連れて来る気はないけどね」

「うん」

 微笑みながら言うと、周助は嬉しそうに笑って。

「中に入ろう」

 その言葉に荷物を持ち上げると、 の手から彼女のバッグを残して荷物が抜き取られて。

「これは僕が持つよ」

「でも、そんなにたくさんは重いでしょ?半分持つわ」

「分かったよ。じゃあ、コレを持って」

 そう言って、周助は一番軽い荷物を に渡した。

「半分じゃないわよ?」

「クスッ。いいんだよ。僕は男だしね」

 そういう問題じゃない、と思ったが、周助の優しさは十分わかったから。

「ありがとう、周助。お礼に毎食私が準備するわ」

「フフッ。それは楽しみだね」












 そして山荘に滞在して二日目の夜。
 昨夜曇っていた空は見事に晴れて、星影が美しく輝いている。

 流星群のピークは今日と明日の夜だというから、一際キレイな流星群の姿を見られると思うと、とてもドキドキした気持ちになる。

  と周助は二階のバルコニーに並んで、夏の夜空を見上げていた。
 夏であるが、ここが高地であるためか夜風は少しひんやりとしていて身体に心地よく、暑さを和らげてくれる。

「星が…降ってきそうね」

 宙(そら)を彩る星々は手を伸ばせば届きそうなくらいで、 はうっとりしたように呟いた。

「・・・もうすぐだよ、

 そう周助が言った直後、彼の腕時計のアラームが鳴って、始まりを告げた。

 ペルセウス座の周囲を無数の星を流れ落ちていく様が、肉眼ではっきりと捕らえることができる。
 その光景は圧巻で、とてもキレイで。
 瞬きするのも惜しいほど見事なもので、知らずに感嘆のため息さえ洩れる。

「・・・すごくキレイ」

「うん、そうだね」

「こんな流星群を観たのは初めて……」

 言いながら、夜空に向けていた瞳を周助に向けると、彼の瞳は を見つめていた。

「周助?」

「ん?なに?」

「流星群…ちゃんと観てる?」

「観てるよ。 の瞳に映っている流星群をね」

「しゅ、周助っ」

「フフッ。流星群は確かにキレイだけど、君の美しさには適わないよ」

 切れ長の瞳を細めて周助が言うと、 は一瞬で頬を朱色に染め上げた。

「君が喜んでくれたのは嬉しいけど…僕は流星群を観るより を見ていたいな」

 言って、周助は細い身体を抱き上げた。

「えっ?ちょっ…周助?」

 身体を軽々とお姫様抱っこされたことに戸惑っていると、形のいい額に優しいキスが落とされて。

「流星群は明日の夜も観られるから・・・今夜は僕を見ていて?」

 熱い瞳で見つめられて、 は自分の中の熱が高まっていくのを感じた。
 周助の視線から逃れるように、広い胸にぽすんと顔を埋めて。

「朝ごはんは周助が作ってね」

 その言葉に周助は愛し気に の艶やかな黒髪を梳いて。
 嬉しそうに微笑を浮かべながら。

「うん。 が好きなチーズオムレツを作ってあげるよ」














「・・・ごめん」

 白い波に横たわり微かな寝息を立てている恋人の華奢な身体を抱きしめて、周助は の唇に触れるだけのキスをして。

「僕は無数の星より、唯一つの星が何よりも大事なんだ」

 そう囁くと、桜色の唇が周助の呟きに応えるように動いて。

「…しゅう…すけ…」

「・・・フフッ。…おやすみ、

 彼女の耳元で囁いて、もう一度柔らかい唇にキスを落とした。
 そして、柔らかな身体を腕にしっかり抱き締めて、恋人の後を追うように周助も眠りについた。



 


 



END


Ayase Mori  2004.07.08


M・F様 主催の夏企画「Fall in Love」投稿/修正・加筆/再録

何気に裏作品「Speaking of summer...?」と連動していたり、
更に 「The Seventh Night of July」と関連していたり、 後日編(「On the hill〜」)もあったり^^;

微妙にイジワルな周助くん、大好きなんです。ちょっと強引な周助くんも。

 

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