部長の災難

 

 

 どうして俺がこんな事をしなくてはならないのだろう。
 目の前で繰り広げられる光景に、眩暈が起きそうだ。
 だが、いま立ち上がれば見つかってしまうだろう。
 不二相手では、ヘタな芝居は見破られてしまう。
 かなり不本意だが、このままここにいるしかない。

 俺は見つからないように息を顰めて、植え込みに身を隠したまま再び耳を傾けた。
 聴きたいとは思わない内容だが、仕方がない。

「えっ?ホント?すごく嬉しいよ、

 相手は不二の彼女、 さんだ。
 直接話したことがあるのは2、3回だが、優しい雰囲気の女性だった。

「うん。もちろん今日の夜だよ。逢えるかな?」

 不二の声が耳に届く。
 俺と話している時とは違って、とても甘い声のような気がするのは、気のせいではないだろう。
 相手が愛しい…そんな感じだ。

「大丈夫だよ。 は心配性なんだから。
 でも、そんなところが可愛くて大好きだよ」

 ・・・・・。
 甘いセリフを臆面もなく言えるのは、不二だからなのか?
 俺には一生言えそうもない。
 いや…相手があいつなら言えるかもしれないが。

「クスッ。当たり前だろ。あなたは僕の大切な人なんだから」

 一度くらいは口にすべきなのだろうか。
 あとで大石に相談してみよう。
 
「ねえ、 は何が食べたい?」

 食事にでも行くのだろうか。
 話を総合すれば、今夜二人でデートをするつもりなのだろう。
 その場所決めといったところか。

「え?僕? 僕は が食べたいな」

 ・・・この場所から今直ぐに消えたい。
 だが、男として約束を破る訳にはいかない。
 納得はいかないが、負けは負け。
 約束は約束だ。

「ごめん。冗談だよ」

 どうやら先程の不二の言葉に さんが怒ったようだ。
 まあ、彼女が怒るのも当然だろう。
 だが一一一。
 不二が本当に悪いと思っていないような気がするのは、俺の気のせいだろうか。

「唐辛軒?うん、いいよ」

 唐辛軒?
 確か不二が贔屓にしているラーメン屋だったな。
  さんも辛いものが好きなのか?意外だな。
 どちらかというと、甘いものが好きそうに見えるんだが。
 でも人は見掛けで判断できないからな。
 俺の目の前にいい見本がいるしな。

 それにしても、不二はいつまで電話をしているつもりなんだ?
 あと10分程で昼休みも終わる。

「うん。またあとでね」


「サンキュ。 も仕事頑張ってね。  、愛してるよ」

 携帯の電源を切って、不二は立ち上がった。
 そして。

「ねえ、手塚。いつまでそこにいるの?」

 俺の姿は見えないはずだが、不二は明らかにこちらを向いている。
 気付いていたのなら仕方ない。

「いつから気付いていたんだ?」

「最初から」

「最初から?」

「ああ。僕がここに来てからすぐに君も来ただろ?」

「よく分かったな」

「まぁね。それよりさ、僕としてはどうして君がそんなところにいるか知りたいんだけど」

 それは乾と菊丸に負けたからだ。
 だが、それは言えない。

『万一、不二に見つかっても二人の事はしゃべらない』

 そう約束に含まれていた。
 誤魔化すのは不本意だが、相手はあの不二周助だ。
 果たして誤摩化しが通用するかどうか。

「俺は涼みに来ただけだ」

「そうなんだ?」

 言いながら、不二は色素の薄い瞳を細めてクスッと笑った。
 そして微笑みながら。

「手塚。乾と英二によろしく言っておいてよ」

 言って、不二は踵を返すと、何事もなかったように歩き出した。

 どうして分かるんだ?
 あえて訊きたいとは思わないが、どうしてこうも鋭いのだろう。

 すると、校舎へ向かっている不二が振り返った。

「さっきの電話はワザとだよ。
 君がいるのが分かっていたから、ワザとやったんだよ」

「・・・・・・」

「クスクス。君も早く教室に戻った方がいいんじゃない?」

 俺は何も言えずに、呆然としていた。
 そんな俺を現実へ引き戻したのは、予鈴だった。
 俺は走って教室へ向かった。
 むろん廊下を走る訳にはいかず、早足で歩いた。
 幸いなことに5限目は移動教室ではなかったので、授業に遅刻せずに済んだ。


 今後、俺はテニス以外では不二に極力関わりたくない。
 もう巻き込まれるのは御免だ。

 そして、菊丸の気持ちが少しだけ分かったような気がした。

 

 

 

 

END

ネタ提供・Kさん。
先月のチャット内容をドリームにしたものなので、二人以外には意味不明かと(汗)
私的な内容でスミマセン。

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