太陽の光が木々の隙間から差し込み、 の黒く艶やかな髪が輝いて見える。
 花のように笑う が眩しくて、僕はそっと瞳を細めて彼女の声に耳を傾けていた。
 緩やかで甘く優しい声は、出逢った頃と変わらずに、僕の耳に届く。

 いつからだろう
 僕がこんなにも君を愛しく感じ始めたのは一一一

 君と出逢ったのは偶然?
 それとも必然?

 僕は必然だと思ってる

 

 

僕の花

 

 

 桜の舞う校庭で、髪についた花弁を取る姿がとても綺麗で。
 僕は知らないうちに、シャッターを切っていた。
 すると君は振り返って。

「不二くん?」

 驚いたように声を上げた。

「おはよう、 さん」

「おはよう。これから朝練?」

「うん。君は?」

「私は…その…なんとなく」

 彼女は頬を仄かに赤く染めてそう言った。
 その姿が可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。

「笑わなくてもいいじゃない!」

 頬を膨らませて、フイッと横を向いた。

「ごめん。あまりにも可愛かったから」

 言うと、彼女は頬を真っ赤に染めて、うつむいてしまった。

「からかわないで・・・」

「からかってなんかないよ」

「本当に?」

「本当だよ。本心からそう思った。それに・・・」

 僕は君を一目見たときから、好きになってしまったんだ。



 

 

 それから僕たちは付き合い始めた。
 そして二ヶ月後のある日を境に、 は学校を休みがちになった。

 彼女は生まれた時から軽い心臓病で、長時間の激しい運動ができないことを、僕はこの時初めて知った。
 同じクラスでも体育の授業は男女で別だったし、彼女は自分の病気のことを一切口にしなかった。
 それにある程度の運動は心臓に負担がかからないなら問題がないらしい。
 だから、彼女の親友の さえ、それを知らなかった。
 知っていたのは担任だけ。

 そしてそれから数日後。
 彼女は1週間学校を休んでいた。
 治まっていた発作が突然起こって、彼女が救急車で自宅から大学病院に運ばれたことを、僕は担任から聞き出した。
 強引な聞き方をしたかもしれない。
 そう思いながらも、僕は のことだけを考えていた。
 どうして僕に言ってくれなかったのか?
 それが胸の奥に支えて、ともすれば吐露しそうになる。
 でも、もし僕が彼女の立ち場だったら、僕はそれを告げただろうか?
 わからない。

 彼女は自分のことより人を優先するコで。
 些細なことは飲み込んでしまって、口に出すことは少ない。
 意見がないわけではない。きちんと自分を持っていて。
 優しくて、強い。でも、寂しがりやで。
 よく笑って。

 そんな彼女が僕はとても大切だから。

 
 

 病院に入ると、そこは消毒薬の匂いが満ちていた。

 ここに がいる。

 逸る気持ちを押さえながら、受付に向かった。

「すみません。先日入院した さんの病室をお訊きしたいのですが」

さんですね。・・・・・310号室になります」

「ありがとうございます」

 受付の人へ軽く挨拶をして、僕は彼女の病室へ向かった。


 ”310号室   殿”書かれていることを確認して、真っ白な扉をノックした。
 けれど、中からは何も聴こえなかった。
 休んでいるのか?もしそうなら、起こしてしまっては可哀想だ。
 でも、一目だけでも彼女の様子が知りたくて、寝顔でも構わないから顔が見たい。
 僕はそっと扉を開けて、病室に入った。
 けれど、そこに の姿はなかった。
 ベッドの掛け布団はきちんと畳んであって、サイドテーブルには水差し。
 そして、ひとつのフォトフレームがあった。
 誰の写真を置いているのか気になって、そこへ近付こうとした時、扉の開いた音がした。
 振り向くとそこには看護婦が立っていた。

「あら?あなたは・・・」

 看護婦は驚いたように、口元に指先を当て。

ちゃんの彼氏くんね」

 次は僕が驚く番だった。
 どうしてこの人がそれを・・・

「三週間前に定期検診に来た時に聞いたの。とても嬉しそうに笑っているから『何かいいことがあったの?』って訊ねたの。そうしたら『この前、素敵な彼ができたんです』って話してくれたわ」

が・・・・」

「ええ。 あ、彼女なら中庭にいるはずよ。毎日この時間になると散歩しているのよ」

「え?大丈夫なんですか?」

「発作も落ち着いているから、問題はないわ」

 その言葉に僕はほっと胸を撫で下ろした。

 僕は看護婦に中庭の場所を訊いて、そこへ向かった。




 強い日射しから逃れるように、彼女は木陰のベンチに座っていた。
 黒い瞳は真っ青な空を眩しそうに見上げている。



 名前を呼ぶと、驚いたように僕を見て。
 そして、切な気に微笑んだ。





 

「本当なの? 手術は明日だって」

「うん。 成功率は低いけど、私は賭けてみようって決心したの」

…」

「それでね、周助くんにお願いがあるの」

「なに?僕にできることならどんなことでも」

「私と別れて欲しいの」

「え?」

「手術は成功率が低いし、成功したとしても、元気になるには三ヶ月以上の入院が必要なの。だからよ」

「そんなの理由になってない」

「・・・周助くんはすごくカッコイイし、テニスも上手だし、優しいし、勉強もできるし、ちょっと意地悪だけど、でも私はそんな周助くんが好き。大好き。
 だけど・・・ずっと傍にいられない私より、元気で可愛いコがあなたの隣には合うんじゃないかって・・・」

「君は分かってない・・・」

 僕は華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。

「しゅう…すけくん?」

「僕は君じゃなきゃダメなんだ。君以外の誰も欲しくない」

「でも・・っ・・・んんっ」

 強引に柔らかな唇を奪った。
 初めて触れた唇は甘くて、僕の理性を簡単に奪っていく。
 軽く、深く、何度もキスをした。

 透けるように白い頬を両手で包み込んで、僕は彼女をじっと見つめた。

「ずっと君を待ってるから、必ず僕の所へ戻ってきて欲しい」
一一一僕の温もりは全部君にあげるから・・・

「一一一私でいいの?」

じゃなきゃダメだ。 しか見えない。 だけが欲しい」

「周助くん・・・」

。返事はもらえないの?」

「一一一約束したら、離さないでくれる?」

「ああ。ずっと離さない」

「・・・絶対に元気になるから。だから・・・・」

「うん。待ってるよ」

















 彼女の手術は無事に終わり、その後のリハビリも順調で予定よりも早く退院することができた。

 そして一週間後の11月上旬の日曜日。
 僕は とデートの約束をしていた。


「周助く〜〜ん」

 青春台の中心にある大きな森林公園のベンチに座っていると、僕を呼ぶ愛しい彼女の声が聴こえて。
 バスケットを手にした が僕の所へ走ってくる。
 長い髪が風に舞って、白いショールが風に揺れる。

「ごめんなさい。完璧に遅刻しちゃって」

 ピンク色に染まって頬で、彼女はちょっと頭を下げた。

「クスッ。いいよ、そんなに待ってないから。それに・・・コレ、僕のために作ってくれたんでしょ?」

 バスケットを差して言うと、 は恥ずかしそうに微笑んで。

「うん。早起きして頑張っちゃった。だってね、好きな人に料理…っていってもお弁当だけど、作るの初めてだから。その…美味しくなかったらごめんね?」

 上目遣いに言った はとても可愛くて、思わず抱きしめそうになるのをなんとか堪えて。
 僕は彼女に笑いかける。

「何言ってるの。家庭科は得意科目だって が言ってたよ」

「え? が?いつ?」

「昨日の放課後。『明日はどこに行くの?』って訊かれたから、ピクニックに行くって言ったんだ。
 そうしたら、『よかったわね〜。 の料理はすごく美味しいわよ。なにしろ得意科目は家庭科だからね』って教えてくれたよ。だから、とても楽しみにしてたんだ」

「でも、周助くんは辛いものが好きって言ってたから、すごく辛くしちゃったんだけど・・・」

「フフッ。それはもっと楽しみだね。 さ、行こうか。それは僕が持つよ」

 バスケットを受け取って、左手で細い手をそっと捕まえて指を絡めると、彼女は嬉しそうに笑って。

「昨日ね、嬉しくってなかなか眠れなかったのよ?」

「実は僕も」

「うそ?」

「クスッ。ホントだよ。今朝だって、早く目が覚めたんだよ?」

「ふふっ。なんかくすぐったいな」

 言って、 ははにかむように笑った。

「クスクス」

「あ、周助くん。何笑ってるの?!」

「君といられて僕は幸せだなって思ってさ」

 一瞬、 はきょとんとした表情で僕を見て、その後、耳まで真っ赤に染めて。
 それが可愛くて、華奢な身体を抱きしめた。

「しゅっ…くんっ…?」

「もう少しこのままでいさせて・・・」

 言うと、腕の中でもがいていた は動かなくなって。
 そっと僕の胸に頭を埋めた。

「大好きだよ、

 柔らかく艶やかな黒髪を梳きながら言うと、背中に回された腕に微かに力が入った。

「私も周助くんが大好き」

 小さな声が僕の耳に届いた。 

 

 

 

END

「LOVE OF PRINCE(TMCG)」収録の『花』を聴いて浮かんだドリームです。
形になるまで時間がかかってますが;
せつないですけど、周助くんの想いが伝わってきて好きなんです。
でも、周助くん視点なので、いつものごとく甘いです。

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