先日まで続いていた暑さが急になくなり、風が冷たくなってきた。
青々と茂っていた木々の葉が赤く染まり始め、道ばたの草の茂みからは鈴虫の鳴き声が聞こえる。
太陽が山の向こうに沈み始めている。夕暮れから夜になるのに、そう時間はかからない。
その中を
は恋人の家に向かって歩いていた。
だが、一人ではない。隣には恋人である不二の姿があった。
事の始まりは昨日。
の一言が始まりだった。
Night with a full moon
夕暮れ間近の図書室で、不二は
が来るのを待っていた。
教室で彼女の部活が終わるのを待っていてもいいのだが、教室よりも図書室の方が体育館に近い。
そして、読みかけの原書をゆっくり読むのにも丁度よい場所だった。
9月上旬の全国大会を男子テニス部は優勝という形で飾った。三年生である不二にとっては学生として最後の公式試合だった。それが終了しテニス部を引退してからは、身体がなまらない程度に部活に週に1〜2回顔を出す以外、不二は図書室で過ごしている。
は演劇部に所属していて、運動部である彼と違い、引退するのは文化祭が終わってからだ。
そして、その文化祭は二週間後に予定されている。
今年も演劇部は文化祭で劇を演じることになっていて、三年生である
は劇に出ることが決定している。
そのため毎日練習をしているので、当然のように帰りは遅い。
そして時計の針が五時半を過ぎた頃、図書室の扉が遠慮がちに開かれた。
校舎を出ると、すでに陽が落ちていて、あたりは薄暗くなってきていた。
空は闇色に近いオレンジ色に染まっていて。
「もうこんなに暗くなっちゃったのね。毎日ごめんね、周くん」
「謝らないでよ。僕が君と一緒に帰りたくて待ってるんだから。
それに暗くなるのも早いから、
を一人で帰らせるのは心配だよ」
「周くん・・・」
「ほら、そんな顔しないの。 襲いたくなっちゃうでしょ?」
そう言うと、
は頬を真っ赤に染めて、不二から視線を逸らした。
「周くんのえっち!」
「クスッ。冗談だよ。ごめんね?」
「・・・周くんが言うと冗談に聴こえない」
小さな声でそう言った彼女に、不二は笑みを深くした。
そして、切れ長の瞳をふっと細めて。
「冗談じゃない方がよかった?」
不二が
を彼女の家まで送った頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
漆黒の空には、満月に少しだけ足りない月が優しい光を放っている。
「送ってくれてありがとう」
「ううん。じゃあ、また明日ね」
「うん。周くん、気をつけて帰ってね」
「ありがとう、
」
言って、不二が帰ろうとした瞬間。
「あっ!待って、周くん」
「え?なに?」
「明日の夜、空いてるかな?」
不二はその質問を不思議に思いながらも、口を開く。
「うん、空いてるよ」
「ホント? あのね、明日は十五夜でしょ?
だから…周くんとお月見したいなって思ったんだけど」
「ダメ?」と小首を傾げて言われては、断ることなどできる訳がない。
もっとも、断る理由など微塵もないのだが。
「いいよ」
言うと、
は嬉しそうに笑った。
その笑顔が可愛くて、不二はクスッと笑って。
「ねえ、
。お月見するのは僕の家でいい?」
「え?でも、急に迷惑じゃない?」
「全然。母さんも姉さんも
が来たら喜ぶよ。
それに、久しぶりに二人きりでゆっくりしたいな」
「・・・いいの?」
「うん、おいで」
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します」
「うん」
庭にある白いベンチに座り、二人は空を見上げていた。
漆黒の空に浮かぶ銀色の満月。
風がないため、雲に隠れることなく月の姿がよく見える。
「月、キレイね・・・」
「ああ。晴れてよかったね」
言うと、
は嬉しそうに笑って頷いた。
「ね、周くん」
「ん?なに?」
「周くんて『月』みたいよね」
言って、
はふふっと笑う。
「僕が月みたいってどういう意味?」
「穏やかに光っているところが周くんの笑顔みたいって思ったの」
「クスッ。
は おかしなコトを言うね」
「どうして?」
「フフッ。月の光は皆に平等だけど、僕の笑顔は一一一」
だけのものだよ
耳元で甘く囁くと、白い頬は一瞬で桜色に染まった。
はあまりの恥ずかしさに、不二を直視できずに俯いてしまう。
そんな彼女を不二は腕の中に閉じ込めて。
「可愛い、
。 大好きだよ」
桜色に色付いた頬を大きな両手で包み込んで、柔らかい唇に甘いキスを落とす。
そっと触れるだけの優しいキスをして唇を離した。
「ねえ、
。今日は泊まっていってね」
END
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