夕焼け
空を仰ぎ見るとオレンジ色に染まっていた。
いつもならキレイだと思えるのに、今日はそうは思えなかった。
――切ない色
そう感じたのは、先程、見てしまったから。
それは本当に偶然で、幻のようだった。
あの光景が幻だったらウソだったら、よかった。
「ずっと好きだったのに‥‥」
オレンジ色に染まった空が歪んで、私は自分が泣いていることに気が付いた。
夕方で人は疎らとはいえ、知ってる人に会わないとは限らない。
でも、涙は次々に溢れるばかりで、止めようと思うのに止められない。
なるだけ通りを行き交う人に見られないように俯いて、私は走り出した。
どこをどう走ったか、私は住宅街の中にある公園にいた。
大きい公園ではないけれど、この公園が私は好き。
初めて彼と――二くんと話をした、大切な場所だから。
何かに引き寄せられるように、枝垂れ桜の樹の下にあるベンチへ自然に足が動く。
三人くらい座ることのできそうな木製のそれ。
「冷たい‥‥」
いくらか日の入りが遅くなったといっても、いまは2月。
吹き抜ける風は冷たくて、ベンチが冷えているのも当然だ。
両足を抱えて、膝に顔を埋める。
この公園には人がいない。ここなら、泣いても誰にも咎められない。
高校の入学式が終わったあと、私は親友と校庭を歩いていた。
小さな頃からテニスをやっていて、中学はテニス部に所属していた。そして、高校に入学してからもテニスをしたくて、女子テニス部に入部届を出しに行く途中で、不二くんと出逢った。
フェンスで囲まれたテニスコートで、華麗にプレイをする不二くんがカッコよくて。
気がついたら、ずっと目で彼だけを追っていた。
そして二年に進級して、私は彼と同じクラスになった。
運のいいことに席は隣だった。
男女合同で練習をしたこともあって、私たちは顔見知りだった。
だから、すぐに不二くんと仲良くなれて。今まで知らなかった不二くんを知ることができて。
益々、彼に惹かれていった。
そして、三年の春。また彼と同じクラスになれて。
5月のある日、偶然に彼と校門前で出逢って。
『よかったら、一緒に帰らない? 家、同じ方角だったよね』
好きな人から誘われて断る理由なんてない。
私はすぐに頷いた。
すると、不二くんはフフッと笑って。
『じゃあ、帰ろう』
色んな話をしながら、夕焼けの中を二人で並んで歩いて。
そして、 この公園前を通りかかった時。
『少しだけ時間あるかな?』
『うん。大丈夫だけど』
『ホント? それなら、ちょっと公園に付き合ってくれないかな』
『いいよ』
そう言った。
少しでも長く、不二くんと一緒にいたかった。
このベンチに座って話をしたのは、もうずいぶん前のこと。
それなのに、彼が言った言葉を私は全て記憶している。
「告白する前に失恋か‥‥笑っちゃうよね」
呟いた時、すぐ側で足音が聴こえた。
「やっと見つけた」
え?この声――
「不二…くん? どうして‥‥」
「さっき君を見かけて、君の所へ行こうとしたら急に走り出すから」
「え?だって、あんなに離れていたのに」
大きな車道を隔てて、私が歩いている通りの向こう側に不二くんはいた。
私は大好きな人だから、遠目でも不二くんだって解った。
でも、どうして不二くんが?
「君が‥‥
が好きだから」
「う‥‥そ」
「嘘じゃない。ずっと前から、二年の時からずっと‥‥
だけを見ていた」
「でも‥‥っ」
さっき一緒にいた人は?
あのキレイな人が不二くんの彼女なんでしょう?
そう言いたいのに、喉の奥が詰まって声にならない。
「あの人は僕の姉さんだよ」
「お姉さん?」
「うん。パーティの買い出しに付き合わされていたんだ。 君の誤解は解けた?」
不二くんの色素の薄い切れ長の瞳はすごく真剣で。
彼の言葉が嘘じゃないことを裏付けていた。
私はなんて言っていいのか解らなくて、コクンと頷いた。
「よかった」
言って、不二くんは笑った。そして私の隣に座った。
彼はすっかり冷えてしまった私の頬にしなやかな指先でそっと触れて。
「ねえ、
。返事を聞かせて欲しいな」
「あ‥‥私…不二くんが好きです。初めて逢った時からずっと」
私の顔、絶対に真っ赤だ。思わず俯いてしまう。
すると、クスッと笑う声がして、ふわっと優しく抱きしめられた。
「
。最高の誕生日プレゼントをありがとう」
「あっ!」
「え?」
「私からのプレゼント貰ってくれる?」
29日じゃないけど、渡そうと思っていた。
学校で渡せなくて、いつ渡したらいいか迷っていたけど。
いましかない。
「喜んで受け取らせてもらうよ」
不二くんに腕を解いてもらって。
鞄の中から小さな包みを取り出す。
「お誕生日おめでとう、不二くん」
「ありがとう、
」
言って、不二くんは微笑んだ。
思わず見愡れてしまうくらい、素敵な笑顔。
目を逸らせなくて、見つめてしまう。
「クスッ、どうしたの?僕の顔、何か付いてる?」
「ううん」
慌てて否定すると、不二くんは愉しそうに笑った。
オレンジ色の空が闇色に変わった頃。
私は不二くんと手を繋いで、不二家に向かって歩いていた。
「家についたら、みんな驚くだろうな」
そう言って、不二くんが楽しそうに微笑む。
なにが楽しいのか彼の言葉からは読み取れなくて、首を傾けた。
すると、不二くんは繋いでいる手に少し力を込めて。
「僕が家に女のコを連れていくのなんて初めてだからね」
「ウソ?」
「クスッ、本当だよ。
ったら、そんなに僕は信用ない?」
「信用できないんじゃなくて…なんか夢みたいだから」
ずっと好きだった不二くんに告白されて。
バースデーパーティに誘ってくれて。
あまりにもイイコトばかりだから、まるで夢を見ているみたい。
「夢じゃないよ」
不二くんの顔が近付いてきたと思った瞬間。
唇に柔らかな感触。
思わず唇に指先を当ててしまった。
すると、クスクスと頭上から笑い声が聴こえて。
「ね?夢じゃないよ。 僕は
が誰よりも好きだ」
そう言って、不二くんは優しく笑った。
END
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