108回目の鐘が厳かに鳴り響き、一年の終わりを告げると同時に、新しい年の始まりとなった。
 それと時をほぼ同じくして、一本の電話がかかってきた。

『あけましておめでとう、

  が電話に出るとすぐに、耳に大好きな恋人から新年の挨拶が聴こえた。
 それが嬉しくもあり、くすぐったくもあり、彼女は微かに頬を染めた。
 電話であるから自分の姿は不二に見えないはずなのだが、 は無意識に赤く染まった頬を手で押さえた。

?』

 名前を呼ばれて、彼に何も言っていなかったことに気付いて。

『あけましておめでとう。・・・一年の初めに周くんの声が聴けて嬉しい』

『クスッ。可愛いコト言ってくれるね、 。もしかして、僕を誘ってるの?』

『えっ?そ、そういう意味じゃないの…っ』

 慌ててそう言葉を紡ぐと、クスクスと楽しそうに笑う声がした。
 そして。

『ごめん、冗談だよ。  があまりにも可愛いコトを言ってくれるから、つい…ね。
 君がそう言ってくれて嬉しいよ』

『・・・イジワル・・』

『僕のコト嫌いになった?』

『〜〜〜っ・・ズルイ、周くん』

 年が新しくなろうとも、恋人の態度が変わる訳でもない。
 もっともこれが不二なのだし、そんな彼を愛してしまっているのだから、どうしようもないのだが。
 でも、ここで「好き」と言うのも悔しいような気がして、 は口にはしなかった。
 そのかわりに。

『急に電話なんて珍しいのね?』

 あまり引っ張りたくなかったので、無理矢理に話を逸らした。
 するとクスッと笑う声が聴こえた。
  が照れ隠しで話を逸らしていることが解ったからだ。

『ホントは朝になってからしようと思ったんだけど、 の声が聞きたくなったんだ。
 それに、一緒に初詣に行きたいから、早い方がいいかと思ってね』

『初詣・・・』

『うん。もしかして、誰かと行く約束してた?』

 一昨年は終業式の日に約束をして、一緒に初詣に行った。付き合って初めての正月ということもあったから、年が変わる前に約束していたのだ。
 そして去年は、特に約束をしていなかったが、二人の中では一緒に初詣に行くということになっていたため、約束はしなかった。
 だから今年も約束はしないで、去年のように不二から を誘ったのだが。

『約束はしてないよ。周くんと行きたいなって思ってたから。
 だけど、午前中はお父さんと親戚の家に挨拶に行くことになっちゃって。
 午後からでもいい?』

 そう言った の声は少し元気がなく、沈んでいた。
 せっかくの正月、学校も休みで少しでも長く恋人と過ごせるはずだったのだ。
 だが予定が入ってしまって、そのせいで半日は確実に潰れてしまう。
 当初は彼女の父が一人で挨拶に行くはずだったのだが、先方が「 ちゃんを連れてきて欲しい」と言ってきたらしい。そのため、かり出されることになったのだ。
  も進んで行きたい訳ではないが、付き合いというものがあるのを解っているので承諾した。

『勿論いいに決まってるよ』

『ホント?よかった。 お昼過ぎには戻るから、そしたら周くん家に行くわ』

 家に帰れる時間がはっきりしていないので、 はそう言った。
 けれど。

は家で待ってて。僕が迎えに行くから』

『え…でも…』

『僕も早く に逢いたいけど、僕以外の人が一番初めに を見るのがイヤなんだ』

『どういう意味?』

 不二の真意が読み取れずに困惑して訊いた。
 
『今年も振袖を着るつもりでしょ? の着物姿は僕が一番に見たいんだ。
 だから僕が を迎えに行く。いいよね?』

『・・・うん。待ってる』

  は赤く染まった頬で、それは嬉しそうに返事をした。
 くすぐったいけれど、彼が時々見せる独占欲が実は好きだったりするのだ。
 普段は穏やかだけれど、こういう時の彼は男らしくて、違った意味で胸が高鳴る。

『戻ったら連絡してね、

『うん。帰ったらすぐに連絡するね』

『ああ、待ってるよ。 おやすみ、

『おやすみなさい、周くん』





a wish





 時計の針が間もなく13時を差そうとしている頃。
  は親戚の家から自宅に帰って来た。
 元旦ということもあって道路はそこそこ混んでいて、帰宅は予定より遅くなるかもしれないと は思っていた。だが、こうして予定通り帰ってこられたのは、父親のおかげだった。
 「今年も周助君と初詣に行くのか?」と訊かれ、「うん」と返事をした。すると父は「じゃあ、早めに帰ろう」と言ってくれたのだ。
 親戚は「もう少しゆっくりしていって」と言ったのだが、父がやんわりとそれを断って帰ってきたのだった。

  は昨夜の約束通りに不二に帰宅した連絡を入れた。
 不二家から 家までは、歩いて15分程。
 出かけられるように支度するには足りない時間だ。着物はすぐに着られるものではないし、今年は髪を結い上げて大人っぽくしたいと は思っていた。
 そうなると、最低でも30分くらいは必要だろうと思われた。
 不二が来るまでに間に合わなければ、上がって待っていてもらえばいいことだし、よく気のつく彼のことだから、時間を見計らってくるかもしれない。
 そんな事を考えながら、母に着付けを手伝ってもらった。
 そして長く艶やかな夜空色の黒髪を結い上げて、着物の生地と同柄の髪飾りをつけた。
  支度を終えた が和室から出て、リビングに向かっている時。
 玄関のインターフォンが鳴った。

(周くんかな?)

 早く玄関へと思うものの、洋服と違って早く歩けない。
 そのうちに母が玄関の扉を開けていた。

「いらっしゃい、周助君。時間ぴったりね」

 そう言って微笑む の母に、不二は穏やかな笑顔を向けて。

「あけましておめでとうございます」

 言って、スッと頭を下げた。

「あけましておめでとう。 いつも礼儀正しくて、おばさん嬉しいわ」

「もう、お母さんたら。 ごめんね、周くん」

 玄関に着いた が横から口を挟んだ。
 自分の両親が不二を気に入っていることは知っているし、それは嬉しいことだけれど、 にとって面白いものではなかった。
 なんとなく不二を取られているような気がするのだ。
 それが子供じみた独占欲なのは解っているけれど、例え母親でもイヤなものはイヤなのだ。

「お母さんにはお父さんがいるから、周助君を取ったりしないわよ?」

 その言葉に驚いて、 は夜空色の瞳は瞬きさせた。
 すると母は楽しそうにふふっと笑って。

「周助君、こんな娘だけれど今年も宜しくお願いするわね」

「クスッ。ええ、勿論です」

 不二がそう言うと、母は「いってらっしゃい」と言って、玄関から立ち去った。
 なんとなく気まずい雰囲気を残して去った母親を恨めしく思っていると。

「楽しいお母さんだよね。 あんまり信用されると、困るけど…ね」

「周くん?」

 不思議そうに首を傾けると、不二は にしか聴こえないように、彼女の耳元へ顔を近付けた。

に二日と開けずに触れてるなんて言えないね。フフッ」

 囁かれて、 は顔中を真っ赤に染めて俯いた。
 髪を結い上げているため露になっている項も、心無しかほのかに赤く染まっていて。
 少しやりすぎたか、と不二はほんの少しだけ反省して。

「もう出掛けられる?」

「え…あ…うん。大丈夫」

「じゃあ、行こうか」

 言いながら差し出された大きな手に捕まって、用意しておいた草履を履く。
 そして二人は仲良く手を繋いで、青春台駅の隣駅にある神社へ向かった。

 早朝ほどではないかもしれないが、駅前は神社に向かっているだろうと思われる人で溢れていた。
 不二ははぐれないように の細い手をしっかり握った。無論、はぐれないようにという理由以外に、転ばないようにとの配慮も含まれている。
 そうしてしばらく歩いて、ようやく神社の境内に辿り着いた。
 神社の中はそれほど混んでいなかったので、すぐに二人の順番が来た。
 ”先を見通せるように”との意味を込めて、お賽銭には穴の開いたお金を投げた。
 そして二人は掌を合わせて、強くお祈りした。




  は一一一。




 一一一周くんが幸せでいられますように



 そう神様にお願いをした。
 誰よりも好きな人にいつまでも幸せでいて欲しくて。
 ありったけの想いを、心を込めて祈った。
 
 そして不二は一一一。




 一一一 を幸せにできる力を早く手に入れられますように



 そう願った。
 誰かが を幸せにするのではなく、自分が彼女を幸せにしたい。
 だから、その手助けをして欲しいと祈った。






 お参りが終わり、どこかでお茶をしようと歩いている途中。
 神社の鳥居をくぐった所で、不二が足を止めた。
 それにならって も足を止めて、彼の秀麗な顔を見上げた。

「周くん、どうかしたの?」

 問いかけると、不二はにこやかな微笑をたたえて、切れ長の瞳で を見つめた。
 そして。

「着物、すごく似合ってる。可愛いよ、

「……っ」

 心の準備も、身構えもしていない。
 更に不意打ちで言われた甘いセリフに、 は一瞬で頬を真っ赤に染めあげた。
 その様子に不二は愛し気に色素の薄い瞳を細めて。

「逢った時に言いたかったんだけど、言えなかったからね。
  のドレス姿もキレイだけど、着物姿の はもっとキレイだよ」

「・・・あ、ありがとう。嬉し‥‥っ?」

 お礼を言おうとして、最後まで口に出来なかった。

「ごめん。少しだけ抱きしめさせて」

 少し掠れた甘い声で囁かれ、 は不二の胸に顔を埋めて頷いた。
 不二はずっと を抱きしめたい衝動を押さえていたのだが、彼女のはにかむような笑顔に、枷が外れた。ダメだと解っているのに、どうしようもできなくなった。

 しばらくして、不二はようやく細い身体を解放した。
 
「ごめん、

 そう言った不二に は頭を振った。
 彼がどうして謝ったのかは、想像に容易い。
 彼女が人前で抱き締められたりするのがイヤなのを解っていて、行動に移してしまったから。
 だから謝っているのだと、すぐに解った。
 
「・・・嬉しかったから…謝らないで」

 消え入りそうに小さな声だったが、それはしっかり不二の耳に届いていて。
 彼は一瞬驚いた顔をして、そのあと優しく微笑んだ。

「ありがとう、 。 行こうか?」

 その言葉に頷くと、不二は細く白い指先を優しく捕まえて指を絡ませた。


 そして二人は新年初めの日、蕩けるように甘い時間を過ごしたのだった。









 

END



あけましておめでとうございます。
本年もAnjelic Smileを宜しくお願い致します。



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