Memorial day

 


「周助、お待たせ」

 落ち着いた柔らかな声が聞こえて、目の前に愛しい恋人が姿を見せた。
 
「今日はどこに連れていってくれるの?」

 言いながら が首を傾けると、腰まで届く長く艶やかな黒髪がサラリと揺れた。
 僕はとても嬉しそうに笑う彼女に笑い返して。

「フフッ。着くまで秘密だよ」

 そう言うと、 は不満そうに眉を顰めた。

「どうして?」

「言っちゃったら、つまらないでしょ」

「それは…そうかもしれないけど……」

が喜ぶ所だよ。ほら、行こう」

 強引に話を終わらせると、白く細い手を捕えて、そっと引き寄せた。
 僕の行動から話す気はないらしいと判断した は、「全く…」と呟いて、僕の手に細い指を絡めた。

「三週間振りのデートなのに・・・」

 不機嫌そうな声色が聴こえて、彼女の顔を覗きこむと、黒い瞳は悲しそうに揺れていた。

「ごめん。君を悲しませるつもりはなかった」

 そっと彼女の細い身体を引き寄せ、額にキスを落とした。
 今日は彼女を驚かせたくて、行き先を言わなかった。
 言ってしまたら、彼女は照れてしまって、一緒に来てくれなくなると思ったから。
 でも、 を悲しませたまま連れて行っても意味がない。

「今日はね、 を写真館に連れて行きたいんだ」

「写真館?周助の好きな写真家の個展でもやってるの?」

「そうだよ…っていいたいとこだけど、それは後日ね」

「じゃあ、なに?」

 再度そう訊かれたけど、真実を言うわけにはいかない。
  を誤摩化すことができないわけじゃないけど、悲しませたくないし。
 今日のデートが三週間振りじゃなければ、 は追求しなかったかもしれないけど、
そんなのは今更だし。

「姉さんの友人がカメラマンでね、撮影している所を見せてくれるんだって。
 少し前に撮影風景を見てみたいって言ってたじゃない。
 だから二人で見学できるように姉さんに…ね」

「それなら初めからそう言ってくれたらいいのに」

 そう言って、 は花が咲くようにふわっと微笑んだ。
 でも、僕が言ったことは嘘じゃないけど、ホントのことでもないんだよね。
 これからのことは君には秘密にしておかないといけないから。


 
 
 青春台駅から歩いて15分。
 僕たちは目的地である写真館へ着いた。
 写真館は3階立てで、1階と2階がギャラリーになっている。
 プロ、アマチュア問わずに解放されていて、誰でも気軽に利用できるようになっている。
 今はギリシア・エーゲ海の風景写真展をやっていると、入口の看板にあった。
 そして3階は撮影所になっていて、ファション雑誌などの写真撮影に使用されている。
 ビルの中へ入ってエレベーターに乗り、3階まで上がった。


「あ、周助君。いらっしゃい」

 エレベーターから降りると、そこには姉さんの友人の美沙都さんが僕たちを待っていた。
 彼女は今日の協力者の一人だ。

「こんにちは、美沙都さん。今日はよろしくお願いします」

「ええ、任せて」

 そう言って、美沙都さんは優雅に微笑んだ。
 そして視線を僕から に移して。

「あなたが さんね。今日は宜しくね」

「え…ええ、よろしく」

  は歯切れ悪くそう言った。
 彼女の黒い瞳は見るからに戸惑っていて、美沙都さんの言葉に疑問感じていることは明白だった。
 するとそれに気付いたのだろう。美沙都さんは の白く細い手を取って。

「じゃあ、行きましょうか?」

「え?あの…っ?」

  の黒い瞳が僕を捕えた。
 そして。

「周助?」

 困惑した表情で が僕を呼ぶ。
 僕は を安心させるように微笑んで。

「行っておいで。また後でね」

 そして は美沙都さんに引きずられるようにして、スタジオの隣の控え室へ。
 僕は が入った部屋の隣の控え室に入った。


 用意されていた服に着替えた僕は、部屋のイスに腰掛けた。
 僕はタキシードだからそれほど時間がかからずに着替えられたけど、 の方はそうもいかないだろうから、時間を見計らってから隣部屋に向かう方がいいだろう。
 壁の向こうから話声が聞こえる。 と美沙都さんの声だ。
 しばらくして
話声が聞こえなくなってから部屋を出た。
 白い扉を軽くノックする。

「周助君?ちょうどよかったわ。 さんの支度、終わったわよ」

 美沙都さんの声が扉の向こうから聞こえた。
 僕はそっと扉を開けた。
 すると一一一。


「周助」

 純白のドレスを身に纏った が部屋の中央に立っている。
 僕は思わず息を飲んだ。
 想像していた以上にウエディングドレスを纏った は美しくて。

 抱きしめてキスしたい。

 そんな衝動にかられる程にキレイで眩しくて、目眩がする。
 僕が から目を逸らせずに見つめていると。

「周助君、驚いて声も出ないみたいね。
 私は先にスタジオに行ってるわ。少しだけ二人きりにしてあげる。
 でも、キスはほどほどにね。口紅が付いた新郎はダメよ?」

 愉しそうに言って、美沙都さんは僕の肩を叩くと部屋を出て行った。
 扉が閉まり、暫し部屋に静寂が広がる。
 その沈黙を破ったのは だった。

「あの…周助? おかしいかな?」

 首を傾けて、不安そうな瞳で が僕を見つめる。

「まさか。その逆だよ。  、すごくキレイだ」

  の傍に行き、白い頬に指先を当てて言った。
 すると、見る間に白い頬が桜色に染まった。
 
「クスッ。 、可愛い」

 耳元で囁いて、俯いてしまった の桜色に染まった頬を両手で捕える。
 そうして の黒い瞳に僕が映るようにして。
 ゆっくりと顔を近付けると、 は恥ずかしそうに瞳を伏せた。

、愛してる」

 柔らかな唇に軽く触れるだけじゃ足りなくて、少しだけ深いキスを落とした。

「・・・周助、付いてるわ」

 唇を離すと、恥ずかしそうにくすっと笑って言った。
 そして白く細い指が僕の唇に触れた。
  が唇に付いた口紅を取ろうとしているのが解ったから、そっと細い手を捕えて。

「ダメだよ。君の手が汚れる」

 言うと、 は一瞬だけど黒い瞳を瞠って、くすっと笑った。

「そんなの構わないのに」

「僕が構う。 でも、 も人のコト笑えないよね」

「え?」

「口紅が落ちてる」

 赤く色付く唇を指先でそっとなぞる。
 すると は少し唇を尖らせて。

「周助のせいでしょ」

「フフッ…そうだね。だけど、 が目を瞑るから。
 それに、嫌がらなかったじゃない」

「・・・当たり前でしょ…ばか」

 そんなに真っ赤な顔で言われても説得力に欠けるんだけど。
 それには全く気付いてないだろうね。

「ねえ、 。もう一回してイイ?」

 囁いて、 の返事を聞くより先に、柔らかな唇を深く奪った。








「二人とも、目線こっちに向けて」

 カメラのファインダーを覗き込みながら、奈津さんが指示を出す。
 その傍らには美沙都さんがいて、撮影の補佐をしている。
 奈津さんと美沙都さん、二人とも姉さんの友人で、業界では有名な組み合わせらしい。
 なんでも二人が組んで撮影したものは、必ずヒットするというジンクスまであるらしい。
 それを知っているのは姉さんからそれを聞かされた僕だけで、 は知らない。
 撮影前に話したらきっと緊張してしまうだろうと思ったから。

 青白い光と一緒に、カシャカシャとシャッターを切る音が響く。
 
「周助君、もう少し さんの傍に寄って」

 言われるままに、ほんの少し距離を縮める。
 そしてまたシャッターを切る音が響く。

 撮影を始めて数分が過ぎると緊張もなくなってきたようで、 の笑顔が柔らかくなっていた。
 おそらくそれはプロである奈津さんは当に気付いていただろう。

「うん、いい感じになってきたわ。そのまま動かないで」

 再びシャッターを切った奈津さんは、そこでカメラのファインダーから目を離した。
 そして僕に向かってにっこり笑って。

「周助君。次、いいわよ」

「ありがとうございます」

 そう答えると、 が僕を見上げて首を傾けた。
 それには答えずに、華奢な身体を抱き上げた。

「本番前にリハーサルだよ」

 言ってクスッと笑うと、 は頬を桜色に染めて。

「は、恥ずかしいから降ろしてっ」

「暴れたら危ないよ、 。 ほら」

 わざと片手を離す。

「きゃあっ」

 小さな悲鳴を上げて、 が僕に抱きつく。
 僕が大事な恋人を落とすわけないけど、彼女は身体が一瞬でも落ちたのが恐かったのだろう。
 細い腕を僕の首に巻き付けている。

「クスッ。僕が を落とす訳ないでしょ」

「なっ………っ」

「二人とも後で好きなだけイチャイチャしていいから、先に撮らせて」

 そう声がかかって。 は僕に何か言いたそうな顔をしていたけど、奈津さんの有無を言わせない穏やかなのに強い口調に反論を諦めたようだった。
 そして、何枚か撮ったあと、撮影は終わった。




「お疲れ様。 現像したら引き延ばして送るわね」

「奈津、送るだけじゃないでしょ?雑誌と展覧会のことも話さないとだめじゃない」

「え?もう話してあるわよ?」

「周助君に、でしょ。 さんには言ってないわよ」

「あ、そうだったわね」

  の顔を覗き込むと、呆然とした表情をしていた。
 まあ、無理ないよね。
 だって撮影前に奈津さんと美沙都さんから言われていたから。

『張り切って撮らせてもらうわ。あ、緊張しなくていいわよ』

『そうそう。普通のスナップ写真だから、気楽にしてて平気よ』

 二人の言葉を思い出して、思わず苦笑する。
 十中八九、 を緊張させないためだったのは解るけど…ね。

「・・・周助は知ってたのね?」

 捨てられた子猫のように、黒い瞳が揺れていた。
 可愛い声も少し震えていて、 は今にも泣き出しそうだった。
 
さん、ごめんなさいね。
 私達が周助君にあなたに言わないように口止めしてたの」

 美沙都さんがそう言うと、そのあとを奈津さんが継いで。

「仕事のことは関係なく、いい写真を撮りたかったのよ。
 付き合って五年目の記念日だって言うじゃない。
 周助君がとても幸せそうにあなたの話をするものだから、それなら…って思ったのよ」

「だから、周助君を責めないであげて?」

 美沙都さんの言葉に が微かに頷いたのが解った。
 そして一一一。

「周助、ありがとう。一一一私、すごく幸せよ」

 黒い瞳を涙で濡らして、 が微笑んだ。
 そんな彼女がとても愛しくて、細い身体を抱きしめた。
 その直後に、スタジオの扉が閉まる音がした。
 気を遣って二人きりにしてくれたのだろう。奈津さんと美沙都さんに心の中で感謝して。



「半年後一一一僕が大学を卒業したら・・・式を挙げよう」

 付き合って五年目の今日、 に言おうとずっと心に決めていた言葉。

「え?な…に?いま・・なんて言っ…たの?」

 震える声で確認するかのように言う に微笑みかけて。
 額にそっとキスを落として。


「結婚しよう。もう片時も を離したくないんだ」

「しゅう…すけ…ホントに?」

「うん」

「夢…だったりしない?」

「しないよ」

 言って、 の唇にキスをした。
 すると黒い瞳から透明な雫が一筋、白い頬を伝った。

「ずっと、僕の隣にいて欲しい。  、愛してる」

「私も‥‥愛してる」

 涙で濡れた瞳で微笑んだ を少しだけ力を強めて抱きしめ直して。


「愛してる。僕の 一一一」


 想いの全てが伝わるように、何度も熱いキスを柔らかな唇に落とした。
 


 

 

 

 

END

 

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