サボテン


 終業式を間近に控えた、2月末日。
 放課後の部活を終えた僕は、 の暮らすアパートに向かった。
 数日前にテニス部の友人たちが僕のバースデーパーティーを開こうと言ってくれたのだが、それは明日にしてもらった。
 今年は閏年ではないから29日はない。でも、真夜中の0時は28日でも1日でもないから。
 誰よりも大切な彼女と過ごしたい。
 それは も同じ想いだったらしく、誘ってくれたのは彼女からだった。
 僕たちは幼馴染みで家も隣だったから、小さな頃は毎年家族ぐるみで誕生日を祝っていた。
 だけど僕が中学に入学した年に、 はオーストラリアに留学してしまったから、その時から数えると5年振り。
 そして、恋人という関係になって初めて迎える僕の誕生日。
  は僕のために仕事の休みを取ってくれた。

 嬉しくないわけがない。

 お互いの気持ちを伝えて付き合って、まだ一年にも満たない。
 でも、17歳になる今日。僕は決心していることがある。
 まだ早いことは充分にわかっている。
 だけど、僕は君を誰にも渡したくない。
 



 
『もうすぐ着くよ』

 着く頃になったら連絡して。
 昨夜、彼女が言ったから、メールを送った。
 電話にしようかどうか悩んだけど、手が離せない状態かもしれないから。


 チャイムを鳴らすとすぐに扉が開いて。
 ギャルソン姿の が姿を見せた。

「いらっしゃい。早かったのね」

「ああ、部活が早く終わったんだ」

 柔らかく微笑む に答えて、靴を脱いで家に上がった。

「お邪魔します」

「今日はゆっくりしていける?」

 首を傾むけて訊いてくる に頷く。
 すると「よかった」と嬉しそうに笑った。

、キレイになったね」

「と、とつぜんどうしたの?」

「ん?そう思ったから言っただけだよ」

 仕種や微笑みが可愛いのは昔から変わらないけど。
 でも、最近になって思うんだ。
 君がとてもキレイになったなって。

「それはきっと・・・周助がいるからよ」

 耳まで真っ赤に染めて、恥ずかしそうに僕から視線を逸らす。
 そして。

「座って待ってて。すぐに用意するから」

 肩ごしに振り返りそう言って、 はキッチンへ姿を消した。
 沸き起こる嬉しさに思わず笑みが溢れる。
 僕といるからキレイになった、なんて。
 君の口からそんなに可愛く口説かれたら、答えるしかないと思わない?


 リビングのテーブルの前で座って待っていると、料理を乗せたトレイを両手に持って、 がキッチンから出てきた。
 
「ごめんね、周助。まだメインが出来てないの」

 テーブルに料理を並べながら、 が申し訳なさそうに言った。
 サーモンサラダ、ガンボスープ、ペペロンチーノにキッシュパイ。
 そして、紅茶のシフォンケーキ。
 これだけ料理があって、メインもこれから出てくるらしい。
 僕は驚きが隠せなくて、思わず を見つめてしまう。

「ふふっ。驚いてくれて嬉しいわ」

 参ったな・・・。
 そんなに可愛く微笑まれたら、我慢できなくなるよ。
 君を傷つけたくないから。
 君が望むように、結婚するまでは抱かないって決めてるのに。
 僕の愛を確かめてるの?なんて、イジワルを言いたくなってしまうよ。
 いっそ口にしてみようかと思う僕は、ひねくれているんだろうか。

「周助?どうかした?」

「あまり無防備にされると、約束を守れそうにないなって考えてただけ」

 言うと、 はきょとんとして。
 少し間をあけて、顔中を真っ赤に染めた。
 どうやら思い出したらしい。

「あ、あの時はそう言ったけど…でも、今は違うの」

「・・・それはどういう意味にとったらいいのかな?」

 なんとなく言いたいコトはわかっている。
 でもわたわたと慌てる は滅多に見られないから。
 
「え…ええっ?今言わないとダメ?」

「ダメ。僕をヤキモキさせたんだから…ね」

「・・・しゅ・・・周助なら・・結婚する前でもいいかな・・・て」

「いいんだ?」

「ま、まだダメ!心の準備とかできてないし…は…じめて…だし」

 ちょっとやりすぎたかな。
 泣き出しそうな声してる。

「今は僕とならって思ってくれただけで充分だよ。
 でも一一一来年の僕の誕生日には、考えていて欲しいな」

  の顔が弾かれたように上がって、黒い瞳が僕を見つめた。
 僕は何も言わずに細い腰に腕を回して、細い身体をしっかり抱きしめて。
  の瞳をじっと見つめた。

「僕は来年18歳になる。だから、約束してくれない?」

「約束…て?」

「僕が正式にプロポーズするまで、誰のプロポーズも受けないって。
 そう約束して欲しいんだ」

 誰にも君を渡したくない。
 僕以外の男に触れさせたくない。

「…待ってるから、きっとよ?」

 頬を赤く染めて言ってくれた の左手を取って、薬指に約束のキスをして。
 制服のポケットから小さな濃紺色の箱を出した。

「モノで君を縛りたくないんだけど…」

 いつも傍にいられないから、これを君に。

 細い首に、ピンキーリングを通したシルバーネックレスをつけた。
  の黒曜石のような瞳が潤んでいく。

「左手の薬指は、来年の僕の誕生日に…ね」
 
「うん。 嬉しい…ありがとう、周助」

 大切そうにネックレスを両手で包む に僕は身体の力を抜いた。
 自分で思っていた以上に緊張していたらしい。

 その時。
 幸せな雰囲気を邪魔するようにチンという音が部屋に響いた。

「あっ、忘れてた!」

 そう言えば、メインが出来てないって言ってたっけ。
 今のは多分オーブンの音だから、もし焦げていたら一一一。

「僕のせいになるよね」

 ホントは の手料理をご馳走になって。
 帰る間際にって考えていた筈なのに。

 そんなコトをぼんやり考えていると、 がキッチンから戻ってきた。
 彼女の手には黄金色に焼けたローストチキンが盛られた皿がある。
 それをテーブルに置いて、 は再びキッチンへ行って。
 戻ってきた時には、何かを手に持っていた。



「17歳のお誕生日おめでとう、周助」

 僕の隣に座って、 が『何か』を差し出した。

「ありがとう、 。開けてみていいかな?」

「うん、開けてみて」

 サファイアブルーのフィルムを束ねているシルバーのリボンを解く。
 その中に入っていたのはサボテンだった。
 でも、それはただのサボテンじゃない。
  のお祖母さんが大切に育てていたという、形見のサボテン。
 毎年夏が近付くと花をつけるコレを、僕が妬いてしまうくらい大切にしていたのを知っている。
 水をやって可愛がって。花を見て微笑んでいたのを見てきた。
 一一一恋人という関係になる前から、ずっと。

「ありがとう。大切に育てるよ」

「うん。花が咲いたら教えてね。・・・きっと今年だけだけど」

 小さな声で付け足された言葉に目を瞠って。
 僕は嬉しさにクスッと笑った。





 それから の作った手料理を堪能して。
 夜は愛しい人を抱きしめて、眠りについた。



 傍にいるだけで安らぎをくれる君は一一一



「僕の女神だよ」


 
 微かな寝息を立てて眠る君の耳元で囁いて。
 光の射し込むベッドの上で、腕の中の女神が目覚めるのを静かに待った。







END

 

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