幸せのカタチ



 それがどんなに些細なコトでも
 どんなに小さなコトでも


 幸せを噛締めずにはいられない



 世界で一番大好きで大切なコトだから一一一






 12月上旬、放課後の教室で、 は不二を待っていた。
 文化祭が終わって部を引退した は、これまでと同じように不二と登下校と共にしている。
 ホームルームが終わってすぐに帰る約束だったのだが、不二がテニス部の後輩に呼ばれたため、
は教室の自分の席に座り、彼を待っている。
  以外に教室に残っているのは、ほんの数人。
 机に頬杖をついて、窓に目を遣った。傾きかけた夕日が、空をオレンジ色に染めている。
 それをぼんやりと見ていると、ふいに後ろから抱き締められた。

。待たせてごめん」

 耳元で囁かれ、 はくすぐったくて少しだけ身を捩った。

「もう帰れるの?」

「うん。帰ろう」

 言って、不二は細い身体を解放した。



「ねえ、 。これから時間ある?」

 昇降口を出て正門に向かって歩きながら、不二が訊いた。
 外は寒いが、繋いでいる手はとても温かい。

「大丈夫だけど、どうして?」

に作ってもらいたいものがあるんだ」

 あまりに意外な答えで、 は黒曜石のような瞳を数回瞬きさせて。
 答えを待つかのように、緩く首を傾けた。

が作ったフライドポテトが食べたいんだけど、作ってくれる?」

「え?フライドポテト?」

 不二の『作って欲しい』イコール『料理』という図式が の中にあった。
 けれど彼の口から出た言葉は全く違った。

「ダメかな?」

 ブラウンの瞳で の顔を覗き込みながら、不二は訊いた。
 すると は慌てて首を横に振った。

「ダメじゃないわ。ただ、ちょっと驚いた…」

 思ったまま口に出すと、頭上からクスッと笑う声がした。
 不二は繋いでいる手に少し力を入れて、細い指先を優しく絡めとって。

「理由が知りたいって顔してる」

 言われて、 は黒い瞳を丸くして、ついで困ったように笑った。

「周くんに隠しごとはできないね」

「フフッ。それはね、 が素直だからだよ」

「そ、そんなことはない‥‥と思うけど」

 心当たりがあるのか、自信がなさそうに は言った。
 そんな彼女を不二は愛しそうに瞳を細めて見つめて。

「やっぱり は可愛いね」

 囁かれて、ドクンと鼓動が高鳴る。
  は赤く染まった頬を恥ずかしそうに手で押さえて。
 それを誤摩化すように、口を開く。

「どうしてフライドポテトなのか訊いていい?」

「クスッ。それはね一一一」



 そうして不二は、 にフライドポテトを作って欲しいと言った経緯を話し出した。


 放課後、3年6組の教室へやってきたのは、二年生の桃城と一年生の越前だった。
 彼らは不二と菊丸に聞きたいことがあると二人を部室へ呼んだ。
 その聞きたい事とは、下らないとも言える内容だったわけだが、当人たちには重大なことだった。
 常日頃から仲のいい桃城と越前が、単純な理由と言えどケンカしている。
 頼ってきた後輩を見捨てることはできずに、不二と菊丸は男子テニス部部室に向かった。



「フライドポテトは熱々なのが上手いんすよ!それなのにコイツ」

「そんなの好き好きじゃないっスか。別に俺は冷めていてもいいっス」

「昨日ハンバーガーを食いにいった時は、揚げ立てが上手いって言ってただろ」

「言ったっスよ。でも、冷めてても上手いものは上手いまま一一一」

「お前わかってねぇな、わかってねぇよ」

 まもなく部活動の時間だというのに、放っておけばいつまでも口論は続きそうだ。
 かと言って、小学生のようなケンカに口出しするのはどうだろう。
 いや、むしろ、何故自分たち二人を呼びに来たんだよ。
 菊丸の心境はまさにそれだった。
 大袈裟に溜息を吐き出して、菊丸は隣にいる不二に視線を向けた。
 その視線に気付いた不二は切れ長の瞳を菊丸に向けて。

「英二」

「ほえ?なに?」

「僕、 を待たせてるから帰るよ」

 にっこりと笑って、不二は部室のドアに向かって歩き出そうとした。
 菊丸は慌てて不二の左腕を掴んで、それを阻止して。

「待てって!あの二人どうするんだよ?」

 至極もっともな問いかけに、不二は顔に不敵な笑みを浮かべて。

「放っておいていいんじゃない?」

「いや、でも相談されたんだし」

「じゃあ、英二がなんとかしてくれない?僕、いいかげん帰りたいんだよね」

「できるならしてるって」

 俺の変わりに止めてくれ。

 菊丸の視線はそう語っていて。
 不二は仕方無さそうに溜息を吐き出した。

「どっちの言い分も解るけど、巻き込むのはやめて欲しいな。
 それからフライドポテトは辛くて熱々のやつが一番オイシイと思うよ。
 もちろん が揚げたフライドポテトに限るね」

 桃城と越前の視線を自分に向かせて、不二は言った。
 声のトーンはいつもと同じだが、普段穏やかな瞳は笑っておらず、さらに纏う空気も冷たい。
 不二の雰囲気に気押された桃城と越前は仲良く首を縦に振って。

「「ハ、ハイ!」」








「周くん、それホントなの?」

「クスッ。さあ、どうかな?」

「‥‥ホントのコト言ってくれないなら、揚げてあげない」

「それは困るな。 どうしても、 のが食べたくて仕方ないんだけど?」

「じゃあ、教えて?」

「                     」

 真実を話すと、 は楽しそうに笑って。
 そして、嬉しそうに不二を見上げた。

「約束通りに、 特製激辛フライドポテト作ってあげるね」

「フフッ、ありがとう。 僕の家でいい?」

「うん、私は構わないわ。 けど、キッチンを勝手にお借りしていいのかな?」

 いくら恋人の家とはいえ、他所様のキッチンを無断で借りることに戸惑いを覚える。
  は 口元に指先を当て考え込むように首を傾けた。

「大丈夫だよ。 さっき電話して母さんには許可を貰ってあるから」

 笑顔を浮かべて不二は言ったが、その言葉は軽く聞き流すべきか否か。
 おそらく、聞き流すのが吉であろう。
 でも一一一
 疑問を黒い瞳に乗せて恋人を見上げた。
 すると不二はクスッと微笑んで。

は優しいから、お願いすれば聞いてくれると思ってさ。
 卑怯なテなのは解っていたけど、どうしても‥ね」




 そしてその後。
 不二は恋人が愛を込めて揚げた激辛フライドポテトを食べながら、甘い時間を送ったのだった。





 



 こうして二人でいられる時間がなによりも大切で


 一番幸せを感じる



 たとえそれがどんな小さなコトでも


 どんなに些細なコトだとしても


 君がいるからもっと幸せな時間になるんだ





 幸せのカタチは目に見えないけど



  が隣で笑っていてくいれるから



 いつでもそれを感じることができるんだ




















END


真相は謎のままということで(笑)
ジャンフェスでヤバイほど真っ赤なフライドポテトを食べていた人物を見かけていたら、
それは私かもしれません。
ご一緒した某様も辛党ですが、私の一味唐辛子のかけっぷりには驚いてました;  
真っ赤でも美味しかったけど^^;

 

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