2月29日一一一正確には違うが、周助の誕生日から6日たった日曜日、天気のいい昼下がり。
 周助は息子の颯と庭で一緒に花の苗を植えていた。

「おとうさん、どんなおはながさくの?」

 颯は小さな手に園芸用の銀色のスコップを持って、 譲りの黒い瞳を輝かせている。
 楽しそうに笑う颯につられ、周助の顔にも自然と笑みが浮かぶ。

「水色の小さな花と黄色とオレンジ色の可愛い花だよ」

 言うと、颯が小首を傾けた。
  が何かを聞きたいときにする仕種と同じだ。
 
「おかあさんがすきなおはな?」

「クスッ、そうだよ」

 答えると、颯はにっこり笑った。
 そして。

「おかあさんよろこんでくれるといいね」

「フフッ。きっと喜ぶよ」

 そんな会話をしながら、颯が掘った穴に周助は苗を植えていく。
 花壇の左側にデルフィブルーの苗を、右側にデイジーの苗を植える。
  が好きなのは桔梗だけれど、まだ季節ではない。
 だから周助は、二人の結婚式の時、 がウェディングブーケに使ったデルフィブルーと、色鮮やかなデイジーを選んだ。「どんな花も好き」と は言うけど、植えるなら彼女が喜ぶものにしたい。
 それは、彼女に永遠の愛を誓った時と変わらず、彼女を幸せにするという周助の誓いの表れでもある。
 そして、それはきっと颯も同じ想いだろう。
  曰く、「周助と颯は性格がそっくり」らしいから。

(颯に好きなコができるまで、颯の一番は かな?)

 横目で自分にそっくりの息子を見て、周助はフッと口元を微かに上げた。

 苗を植えて軽く土を被せる。
 あとは少し水をやれば終わりだ。

「おとうさん、もういい?」

 颯が被せた土を掌でポンポン叩きながら言った。

「うん、いいよ」

「おしまい?」

「もう少しだよ。苗に水をやったらおしまい」

「みず?」

「うん。ジョウロに水を汲んでこよう」

「うんっ」

 外の水道場でジョウロに水を汲んで、花壇に戻った。
 土を湿らせる程度に二人で水をやる。

「はやくさいてね、おはなさん」

 言いながら、颯が植えた苗に笑いかける。
 こういう可愛い所は に似てるな、と周助が思っていると。

「周助、颯」

 愛しい妻の声が聴こえて。
 振り返ると が縁側の窓を開けて、手を振っていた。

「植え終わった?」

「ああ、終わったよ」

 言うと、 はふわっと微笑んで。

「ふふっ、よかった。もうすぐ焼けるから呼びにきたの」

「わぁい。 おかあさん、きょうのおやつはなに?」

「颯が好きなアップルパイよ。 手をちゃんと洗ってから、ね?」

 言って、 の黒曜石のような瞳が周助を捕えた。
 周助は返事の代わりに首肯して。

「お片付けして、おやつにしようね、颯」

「うん」

 颯が元気よく返事をすると、 はくすっと楽しそうに笑って。
 窓を閉めて、部屋の中へ入っていった。
 周助はそれを見届けてから。

「ねえ、颯。来週の日曜日、苺狩りに行こうか」

「いちごがり?」

「うん。この前、お母さんがチョコレートケーキを焼いてくれたでしょ?」

「うんっ。すっごくおいしかった」

「だからね、二人で一緒にお母さんにお礼をしよう」

「うんっ!」

「でも、お母さんには内緒だよ」

「どうして?」

 驚かせたいから。

 それが本音だけど、それを颯に言うワケにはいかない。
 僕が言うのもなんだけど、イタズラ好きになっても困るしね。

「お母さんが喜んでくれるようにだよ」

 そう言うと、颯は生真面目な表情でコクンと首を縦に振った。








Strawberry Kiss



 


 洗濯も掃除も午前中にすでに終わらせていたので、これといってなにかすることもない。
 リビングのソファに座って、 はぼんやりとテレビを観ていた。
 映像は目に映っているけれど、内容は頭に入ってこない。

「二人がいないと静かね」

 呟いて、 はふぅと息を吐き出した。

 今から二時間前のコト。
 夫の周助と息子の颯が買い物にでかけると出ていった。
 当然、 も行くと行ったのだが一一一

『たまにはゆっくり休んでて?すぐに戻るから』

 
一一一昨夜も無理させちゃったから、ね。


  の耳元でそう付け加えて。
 周助は頬を真っ赤に染めた の額にキスを落として、颯と出掛けていったのだった。

「‥‥お茶でも淹れよ」

 リモコンでテレビを消すと、部屋は更に静寂に包まれる。
 なんとなく淋しくなって、もう一度テレビの電源を入れた。
 さきほど流れていたニュース番組が再び流れ出す。

 紅茶を淹れるためにガス台で湯を沸かしながら、 はカウンターキッチンからリビングのテレビに目を遣る。
 いつもなら、ソファに周助と颯がいて。
 楽しそうにしている二人の姿が見えるのに。
 ことに周助は のコトに対して敏感なため、彼女の視線に気付くと振り向いてくれる。
 そして、極上の笑みを向けてくれる。

「早く帰ってこないかしら」

 再び が溜息を吐くのと、車のエンジンの音がしたのは、ほぼ同時だった。
  は無意識のうちに玄関へ向かっていた。

「わっ‥‥びっくりした。 どうしたの?

 周助が扉を開けようとした瞬間、扉が開いて。
 そして細い身体が飛び込んできた。それを周助はなんなく受け止めた。
 周助は息子に家の中へ入るように目で促し、愛妻を抱き上げて自分も家の中へ入って扉を閉めた。

?どうしたの?」

 艶やかな黒髪を優しく梳きながら、再度訊く。

「‥‥なんでもないわ。驚かせてごめんなさい」

 その言葉に、周助は切れ長の瞳をスッと細めて。

「嘘つきだね、 は。いまにも泣きそうな顔してる」

 白い頬を大きな手で優しく包み込んで言った。
 そして。

「一人にしてごめん」

「えっ?」

 心を見すかされたように言われて、 は黒い瞳を丸くした。
 周助はそれに困ったように微笑んで。

「淋しかった? でも、今日はどうしても‥‥ね」

 色素の薄い瞳を周助は息子へ向けた。
 その視線を の黒い瞳が追う。
 すると、周助そっくりの顔で颯が嬉しそうに笑って。
 両手で持っているものを母に差し出した。

「おかあさん、ぼくとおとうさんからぷれぜんとだよ」

「え‥‥これって‥‥」

 袋の中には真っ赤に熟れたイチゴがいくつも入っていた。
 周助と颯が のためにとってきたものだ。

「あまくておいしかったよ。ね、おとうさん」

  が驚いたことが嬉しかったのかどうかは不明だが、颯は周助に笑いかけた。
 周助は「うん」と答えて。
 まだ息子の手にある袋からイチゴを一粒取り出して。

「はい、あーんして?」

 周助が の口元にイチゴを持っていくと、さすがに も我に返って。
 慌てたように首を横に振った。
 それに周助はクスッと不敵に笑うと、手にしたイチゴを一口齧った。
 そして素早く腕の中にいる にキスを落として、口移しで彼女の口にイチゴを押し込めた。

「ね?甘いでしょ?」

 楽しそうに周助が笑うのを、 は真っ赤な顔で見つめて。
 声にならない声を出す。

「なっ‥‥なに‥っ」

「クスッ。 チョコレートのお返しだよ。颯と僕からはイチゴ。
 それから一一一僕からはもうひとつ‥‥ね」

  、イチゴの香りがするね一一一


 そう甘い声で囁いて、周助は再び の赤く色付く唇にキスを落とした。

 重なる唇からは、まだほのかにイチゴの味がした。











END

 

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