Rose Garden




 薔薇の咲き乱れる庭は、甘い薫りで満たされている。
 実は、こういう庭に憧れていた。
 実際に自分でやるとなると、手入れは凄く大変なんだろうと思う。
 おそらく、自分が生まれ育った国一一一日本で目の前に広がる光景を見られる所はないだろう。
 そう考えると、人生は不思議だと思う。

 今こうしてココにいるのは、周助と生きてゆくと決めたから一一一。

 

『僕の隣で僕を支えて欲しい。他の誰でもなく、 に支えて欲しいんだ。

  一一一。僕のプロポーズを受けてくれる?』



 大学を卒業した周助は、最愛の人の誕生日にプロポーズをした。
 そして、 は彼のプロポーズを受けた。
 周助の望みは の望みでもあるから。


 色とりどりの薔薇が咲き乱れる中で、 の瞳を惹き付けているのは、真っ赤なイングリッシュローズでも、
桜貝色のルーシュでも、鮮やかな黄色のゴールデンボーダーでも、杏色のアンブリッジ・ローズでもない。
 結婚式を挙げた教会の庭に咲いていた、真っ白く可憐なプリンセス・オブ・ウェールズ。
 
「いつ見てもホントにキレイ‥‥」

 薔薇は言うまでもなく、彫刻や樹木、噴水の配置など細部に至るまでとても綺麗に整えられた、
イングリッシュ・ガーデンと呼ぶに相応しい庭園の一角。
 一面に広がる緑の芝生の上に、白いテーブルとチェアが置かれている場所がある。
 年間を通して雨の多い国なのだが、今日はスカイブルーの空が広がっている。
 そこのチェアに座り、 は薔薇に酔ったようにうっとりした溜息を零した。
 ロンドン郊外に位置するこの庭園は、彼女のお気に入りの場所だ。
 周助と結婚してイギリスに住むようになってから、早いもので三年の月日が流れていた。
 この季節一一一6月になると、毎年二人はこの庭園を訪れている。
 それは、薔薇が一番美しい時期だから。
 
「フフッ。毎年来ても飽きない?」

 細い身体を背後から優しく抱きしめて、秀麗な顔に笑みを浮かべて周助が訊く。
 その声に頷いて、 は後ろを振り向いた。
 腰に届くほど長く艶やかな黒髪がサラリと流れる。

「周助は飽きちゃった?もう来たくない?」

 首を傾けて訊いた の黒真珠のような瞳は、不安そうに揺れている。
 そんな愛妻に周助はクスッと笑って、彼女の目元にキスをして。

「そんなコトないよ。
 薔薇を愛でる君はすごくカワイイから、ココに来るのは好きだよ」

 フフッと口元に笑みを受かべて言った周助に、 は仕方ないとばかりに溜息をついて。
 白い頬を拗ねたように少しだけ膨らませた。

「そう言うことを聞いてるワケじゃないの」

 周助の言葉に、 は形のいい眉を少しだけ顰めて反論した。
 すると周助は愉しそうに微笑みながら、 の額に触れるだけのキスを落とした。

「僕の世界に色があるのは、 がいるからだ。
 だから、どんなキレイな場所でも が一緒でなければ意味がない」

 とても遠回しな言い方ではあるが、飽きてはいないという解釈でいいのだろうか。
 言葉を素直に受け取れば、それで間違いはない筈。
  は頭の中で言葉を整理して、首を傾けながら口を開いた。
 
「それは来年も一緒に来てくれるっていうコト?」

 周助の顔を覗き込むようにして訊くと、彼は首肯した。
 そして、 を抱きしめている腕に僅かに力を込めて、細い身体を抱きしめ直して。

が望むならね。誓ったでしょ?永遠に一緒にいるって」

 三年前の今日、二人は永遠の愛を誓った。
 いまでも鮮明に想い出せる。どれほど月日が流れようと、色褪せることはない。
 祝福してくれる人がいなくても、最愛の人が隣にいるならそれでいい、と。
 二人きりで挙げた結婚式。
 周助の知り合いのカメラマンが教会の前で撮ってくれた写真は、自宅のリビングに大切に飾ってある。


 周助の言葉に は薔薇の大輪が花開くように、嬉しそうに微笑んだ。
 それを見て、色素の薄い瞳がスッと細められる。

「愛してるよ」

「‥‥‥私も愛してる」

 頬を深紅の薔薇のように染めあげて、 はそっと瞳を閉じた。
 周助は彼女の頬を両手で優しく包み込んで、柔らかな唇に甘いキスを落とした。

 周助はキスから を解放すると、包み込むように優しく彼女の身体を抱きしめた。
 すると、 は周助に甘えるように、安心できる胸に頭を預けて。

「一一一周助」

  がいつもより心なしか固い声で夫の名を呼んだ。
 周助は訝し気に思い、首を傾けた。

「どうかした?」

 訊くと、 は周助のシャツの胸の辺りを細い指先でぎゅっと握った。

「あのね‥‥周助は……周助って……」

 言葉を探すように言い倦ねる を安心させるように、周助は柔らかな黒髪をそっと梳いた。

「僕がどうかした?」

「あの…ね、周助は…好き?」

のこと?もちろん好きだよ。誰より愛してる」

 そう言うと、 は首を横に振った。
 彼女が訊きたかった答えではなかったようだ。
 けれど、それなら『好き』というのは何を指しているのだろう。
 
は何を訊きたいの?」

 優しく声をかけると、 は顔をゆっくり上げた。
 そして、周助の切れ長の瞳を見つめて。

「‥‥しゅ、周助は男の子と女の子どっちが好き?」

 白い頬を染めて突然そう言った に、周助は驚いて目を瞠った。
  は普段の生活に全く変化がなかったから、気付かなかったけれど。

 彼女の質問とこの様子は、もしかして一一一。

、もしかして・・・」

 訊くと、 は恥ずかしそうに耳まで真っ赤に染めてコクンと頷いた。
 そして、上目遣いで周助の秀麗な顔を見つめながら。

「少し前からおかしいなって思ってて‥‥昨日病院に行ったの。
 そうしたら、『二ヶ月ですね』って」

 その言葉に周助は心底嬉しそうに笑って。
  の柔らかな唇にキスを落とした。

「ありがとう、 。すごく嬉しいよ」

「周助が喜んでくれて私も嬉しい」

 頬を赤く染めて微笑んだ を周助は大切に抱きしめて。

「僕は男でも女でも、どっちでもかまわない。元気で生まれてくれれば、それでいい」

 周助が先程の問いにそう答えると、 はコクンと頷いた。

「うん、そうよね。周助ならそう言うと思った」

 言って、 は嬉しそうに、くすっと笑った。
 そんな彼女を周助は色素の薄い瞳を細めて見つめて。

もこれから生まれてくる赤ちゃんも、僕が必ず守ってみせる」

  は黒真珠のような瞳の目元に微かに涙を浮かべて頷いた。
 そして、ゆっくりと瞳を伏せた。


「愛してる、

 周助は甘い声で囁いて、ゆっくりと唇を重ねた。




 薔薇の薫りを乗せた風が、二人の更なる幸せを祝福するように優しく吹いた。











END


Thank you for the third anniversary.
Put much gratitude.


【Anjelic Smile】Ayase Mori   2005.06.18

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