あなたを愛しいと

 傍にいて欲しいと

 そう願うようになったのは


 僕が僕であるために

 あなたが必要なのだと

 あなたを愛していると自覚したのは






僕が僕であるために 〜 Right by your side 〜





 一度目の出会いは偶然

 二度目の出会いは必然

 そして、三度目の出会いは一一一運命




 白い花弁が空から舞い降りている。否、花ではなく雪だ。
 花弁だと思ったのは、それを見つめる人が空を見上げて、静かに微笑んでいたから。
 肩より少し長めの緩いウェーブのかかった黒い髪が、微かに吹く風に踊る。
 彼女のいる空間だけが、ココとは違う切り離された空間のように思える。

 ふいに空を見上げていた黒曜のような瞳が、学ラン姿の周助をとらえた。
  は驚いた表情で瞠目した。けれど、すぐにふわっと優しい顔を見せた。
 まるで彼女のいる場所だけが春の日射しが注いでいるかのようで、周助は地面に両足を縫い止められたかのように、動くことができないでいた。

 一度目は、朝のラッシュで込み合う駅のホーム。

 二度目は、静寂に満ちた図書館。

 そして、三度目は一一一。




「こんにちは。また逢いましたね」

 周助の傍に歩み寄って、首を傾けながら が微笑む。
 彼女の雪のように白い頬に、朱がさしている。随分と長い間ここにいたのだろう。
 とはいえ、 はベージュのロングコートに手袋、白いハイネックといった格好だから、防寒対策はしているといえた。

「こんにちは。ここへはよく来るんですか?」

 何か気のきいた言葉をかけたいのだが、口をついて出たのはありふれた言葉。
 周助は内心で溜息を吐きながら、表面に出ないように顔に笑みを浮かべた。

「どうかしました?」

「え?」

 問いかけに問いかけで返されて、周助は瞠目して を見つめた。
 すると、彼女は口元に指先を当て、口を開いた。

「なんとなく…ね、あなたの笑顔が悲しそうだから、何かあったのかと思って。
 ごめんなさい。余計なお世話よね」

 身体の奥底で何かが沸き起こるのを周助は感じた。
 それと同時に、なんとも言えない幸福感が満ちていくような気がした。

「どうしてわかったんですか?僕の笑顔が悲しい、と」

 少しの期待と僅かな緊張に、周助の胸が膨らむ。

「わかったワケじゃないの。そう感じただけ。
 あなたの瞳に切なさが浮かんでいるように見えたから。だから‥‥。
 ごめんなさい、上手く言葉に出来ないわ」

  は困ったように眉を顰めた。
 そんな彼女に、周助は首を横に振って。

「いえ、僕こそおかしなコトを訊いてしまって。
 気を悪くしていませんか?」

「してないわ。私がおかしなコトを訊いてしまったのだから。
 一一一駅のホームで初めて逢った時、優しく笑う人なんだなって思った。
 それから5日後の日曜日、偶然に図書館で逢った。その時、よく聴く音楽の話をした‥‥のをあなたが覚えているかわからないけれど。クラシックやジャズの魅力を話す笑顔は嬉しそうで穏やかだった。
 優しく笑うあなたの笑顔が印象的だったから、その‥‥さっきみたいな何かを秘めたような笑顔を見たのが初めてだったから、驚いたのかもしれないわ」


 駅のホームで がパスケースを落とした所を周助が見たのは、本当に偶然だった。
 届けたパスケースを受け取った が、「ありがとう」と言って微笑んだ。
 恥ずかしそうに頬を僅かに染めた の微笑みは春の日射しのようで、こっちまで嬉しくなるような笑顔だった。
 それから5日後の日曜日、休日練習の帰りに調べものをするために図書館を訪れて。
 夕暮れに染まる窓際の席で本を読んでいる がいた。
 オレンジ色の夕日に照らされた彼女の横顔はとても美しくて、まるで一枚の絵画のようだった。
 読書の邪魔をしては悪いと思ったのに、気付いたら彼女に声をかけていた。
 けれど、彼女は怒ることなく穏やかに微笑んで。

『この前パスケースを拾ってくださった方ね。あの時は本当にありがとう。
 急いでいたから落としたコトに気付かなくて』

『あなたが落としたのを偶然見たから届けただけで、たいしたコトしてませんよ』

『ふふっ。あなたにとってたいしたコトじゃなくても、私にはたいしたコトだったの。
 もしよかったら、なんだけど一一一この前のお礼にお茶をご馳走させてくれない?
 美味しい紅茶を淹れてくれるお店があるの』

『え?』

『あ、ごめんなさい。迷惑よね。聞かなかったことにして』

 そう言うなり、 は席を立って読みかけの本とコートとバッグを手にして、その場を去ろうとした。
 椅子のガタンと動く音に、彼女の言葉が聞き間違いでないと解った周助が白く細い手を掴んだ。

『待って! 迷惑じゃない。突然で驚いただけだから。 お言葉に甘えてご馳走になります』

 そう言うと、 はホッとしたように微笑んだ。

『よかった。あ、でも‥‥』

『でも?』

『男の人って紅茶よりコーヒーの方がいいのかしら?』

  の黒曜のような瞳はとても真剣で、本心からの言葉であることを裏付けていた。
 ほんの些細な気遣いであるかもしれない。
 でもそれは、周助を喜ばせるに充分なものだった。
  に逢ったのは、今日で二度目。
 また逢えたのは偶然ではなく、必然だと周助は思った。
 そして、自分の心が目の前の女性に向かって動いていることも、紛れもない事実。


 そして、必然を運命だと感じたのは一一一。


 彼女の春の日射しのような笑顔と、柔らかく紡がれた言葉。







 住宅街の外れにある、桜の大きな樹が目印のほどよい広さの公園。
 これと言って秀でたものがある訳でもない、どこにでもあるような公園だった。
 その日は急に降り出した雪で部活が早めに終わった。
 どこかに寄ろうと言う部活仲間の誘いを断って、周助はこの公園へ足を向けていた。
 どうしてなのかは、周助本人にも解らない。自然に足がココへ向いていた。
 そして、まだ名前すら知らない彼女に再び逢った。
 訊こうと思えば名前などすぐに訊けただろう。
 図書館で逢った時そうしなかったのは、彼女との出逢いを偶然で片付けたくないと思ったからだ。



 これが運命でなかったら、なんだと言うのだろう。







 薔薇の咲き乱れる庭を窓越しに見つめる。
 真っ赤なオールドローズ、白く可憐なプリンセス・オブ・ウェールズが咲くアーチは、先程ココに来た時に周助とくぐったばかりだ。
 時間に余裕はあったし、どうしても通りたいという の願いを周助が聞き届けてくれたから。

「とてもイイ香りだったわ。 あのブーケみたいに‥‥」

 呟いて、視線を窓辺から室内へ戻す。
  の黒曜のような瞳に、白薔薇を基調としたクレッセントブーケが映る。
 つい10分程前、フラワーショップから届けられたばかりのウェディングブーケ。
 彼女が身に纏っている淡いブルーのウェディングドレスに合うように、白い薔薇とグリーンをあしらったブーケ。
 だが、それらを束ねるのに使用しているのは、海の蒼を閉じ込めたような濃いブルーのリボンだ。
 これからの期待と緊張に胸が張り裂けてしまいそうで、 は親友から借りた白いグローブを嵌めた細い指先をぎゅっと握り合わせた。

、入ってもいいかな?」

 扉をノックする音と同時にかけられた声に、 は驚いて身を竦ませた。
 だが、それはほんの刹那で。

「はい、どうぞ」

 返事を返すと、ゆっくり扉が開いた。
 一瞬の沈黙が二人の間に流れる。

「よく似合ってる。すごくキレイだよ、

 甘く囁いて、周助のしなやかな指先が の頬に触れた。
 色素の薄い切れ長の瞳でまっすぐに見つめてくる周助の視線がとても熱くて。
  は恥ずかしさに頬を朱色に染めて俯いた。
 そんな彼女がとても愛しくて、周助の顔に笑みが浮かぶ。

「フフッ。ホントのコトなんだから、照れなくてもいいのに」

 耳元で囁いて、 の目元に軽いキスを落とす。
  は弾かれたように顔を上げた。
 すると、周助の白いタキシードの胸元を飾るブートニアが目に飛び込んだ。
 周助の顔を見て引いていった緊張が再び を襲う。

‥‥。大丈夫だよ、僕が隣にいる」

 緊張に震える細い手を優しく包み込んで、周助が優しく笑う。
 穏やかな優しい笑みに、自分の中の緊張が解れてゆくのがわかる。

「うん」

 頷いて、 は花が咲くように微笑んだ。
 それに周助はクスッと笑って。

、ちょっと動かないでね」

「え‥‥?」

 よくわからなかったが、とりあえず周助が言うようにする。
 すると、首元に氷が触れたように冷たい感触がして。
  の後ろから正面に戻った周助が、フフッと笑っていた。

「緊張を解す”おまじない”だよ」

 周助の言葉を確かめるように、 は胸元のネックレスに指先を持っていった。

「キレイなブルーね」

 瞳を輝かせて言う に、周助は満足そうに微笑んで。
 細い身体をそっと引き寄せた。

「気にいってくれてよかった」

「イヤリングとお揃いなのね」

「うん。青い宝石は他にもあるけど、 の誕生石がいいと思ってダイヤモンドにしたんだ。
 二週間前に両家で揃って食事会をしたでしょ?その後で のお母さんにイヤリングを見せてもらって、揃いになるようにしたんだよ」

 古い言い伝えで花嫁が幸福になるとされる、サムシングフォーのおまじない。

「ありがとう、周助。すごく嬉しい」

 瞳を潤ませて見つめてくる恋人を幸せそうに見つめ返して。
 柔らかな唇に優しいキスをした。

と出逢って三年が過ぎたけど一一一」

 僅かに頬を染めて話す周助を見るのは初めてかもしれない。
 そんなコトを頭の片隅で考えながら、 は彼の言葉を待った。

「僕が僕であるために、 が必要なんだ」

 式の前に に伝えたかった。

「私も‥‥私が私であるために、周助が必要よ。だから、もっと周助の隣にいたい」

「クスッ、先に言われちゃったか」

「え?」

「これから先も、 に一番近い存在でいたいと願うよ」

 不思議そうに首を傾ける の耳元で囁いた。
 周助は驚きに瞠目する彼女にクスッと笑って。


一一一。誰よりも愛してるよ」


 熱く掠れた声で甘く囁かれ、 はゆっくり瞳を閉じた。
 周助は幸せそうに色素の薄い切れ長の瞳を僅かに細めて。


「僕の 。一一一あなただけを愛してる」


 柔らかな唇を自らのそれで塞いだ。


 想いの全てを込めたキスはとても熱く深くて、周助がくれる愛に眩暈がした。








END


Thank you for the third anniversary.
Put much gratitude.


【Anjelic Smile】Ayase Mori   2005.06.18

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