いつの日にか



 木々が青々と茂り、日射しが暑いと感じるようになった。
 時折頬を撫でてゆく風が心地いい。

 青空の頂点に太陽が照る中、二人は手を繋いで仲良く歩いていた。

「周くん、いつから?」

  が隣を歩く不二を見上げて訊いた。

「三日後の29日から一泊だよ」

 そう答えると、 は淋しそうに黒真珠のような瞳をそっと伏せた。
 そして、彼女にしては珍しく軽く息をついた。

「そうよね。日帰りなワケないか‥‥」

「淋しい?」

 不二が長い指で柔らかな黒髪を撫でるように優しく梳いて。
 顔を覗き込むようにして訊くと、首が縦に振られた。
 そんな仕種をする が愛しくて、思わず笑みが浮かぶ。

「じゃあ、行くの止めようかな」

「‥‥え?」

 黒曜石のような色をした瞳が、驚きに見開いた。
 だが一一一。

「ダメよ。全員参加することになってるんでしょ?」

「そうだけど、 に淋しい思いをさせたくないよ」

 そう言うと、 は困惑と喜びを足して割ったように笑って。

「大丈夫。たったの一日だもの」

 言葉と裏腹に、 の黒い瞳は淋しいと語っている。
 けれど、彼女が大丈夫だと言った以上、何も言えない。
 彼女は本来の性格ゆえか、一度言ったコトを譲らない所がある。

「いつもの時間になったら電話する」

「海の上なのに?」

 彼の気持ちは嬉しいけれど、現実問題として海の上は電波がないような気がする。
 生まれてから一度も豪華客船に乗ったことはないが、おそらく電波は届いていないだろう。

「海の上でも…だよ。陸地から遠くは離れないって話だし、大丈夫だよ。
 それに、寝る前に の声を聴きたいんだ。
 『おやすみなさい、周くん』ってね」

 言いながら、サクランボのような赤く柔らかな唇をしなやかな長い指でなぞる。
 色素の薄い瞳で見つめながらそうされて、白い頬が一瞬にして赤く染まった。
 それを見て、不二の色素の薄い瞳が愛し気に細められる。

「フフッ、可愛い」

 囁いて、愛しい彼女のこめかみに触れるだけのキスを落とす。
 不意打ちのキスに驚いた は、黒い瞳を驚きに見開いた。

「しゅ‥‥周くんっ!」

 真っ赤に染まった頬で彼を睨む。
 けれど、見上げるような角度で、しかも耳までも赤く染めて言っても効果がある筈はなく。
  の抗議は不二の嬉しそうな笑顔で一蹴されてしまった。

「新婚旅行は豪華客船にしようか?」

 不二は極上の笑みを顔に貼付けたまま、 の耳元で囁いた。
 その言葉に は瞠目して、恋人の秀麗な顔を見つめた。

も乗ってみたいでしょ?」

「それは‥‥少しは憧れとかあるけど‥‥」

「じゃあ、そうしようか」

「えっ?」

 驚きに声を上げると、不二はクスッと笑って。
 繋いでいる手に僅かに力を込めた。

「半分は冗談。新婚旅行先は の希望が最優先だからね。
 卒業したら結婚するんだし、いまから考えていてもオカシクないでしょ」

 不二はフフッと楽しそうに笑う。
 オカシイとかオカシクないとか、そういうコトはこの際おいておくとして。
 不二が切り出した突然の展開に、 は思考がついていかない。
 詳細は知らないが、男子テニス部がとある大富豪に豪華客船に招待されたという話を聴いたのが先程。
 そして、いつから行くのかという話をしていただけの筈。
 どこでどうなって『新婚旅行』という話題が持ち上げるのか訳がわからない。
 わからないが、『新婚旅行』という文字が の脳内をグルグルと回っていた。

は新婚旅行で行きたい所ある?それとも、豪華客船がいいかな?」

 その言葉に、 は慌てて首を横に振った。
 このままでは新婚旅行がホントに豪華客船になってしまいそうだ。
 憧れていないと言えばウソになる。けれど、それとこれとは別問題だ。

「ご、豪華客船なんてダメ!」

「どうして?」

「だって色々と大変そうだもの。それに船酔いとかイヤだし‥‥とにかくダメ!」

 反対する理由を述べると、不二は色素の薄い瞳を僅かに細めた。
 そして口元を僅かに引き上げて。

「君が反対する理由はなんとなく読めるけど…ね。
 新婚旅行がどこだろうと、 がいれば僕はいいんだ」



  だけがココにいてくれるなら‥‥ね




 細い身体を腕の中に閉じ込め、愛しい恋人を熱い視線で見つめて。




「愛してるよ、




 熱く囁いて、柔らかな唇にキスを落とした。




END

 

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