Sweet



「ダメよ…!」
 放課後の教室で彼氏の手塚を待っていた は、ガタンと音を立て椅子から立ち上がった。
「・・・急にどうしたの?」
 その言葉に一呼吸おいて、 は黒真珠のような瞳を瞬きさせながら訊く。
 待っている間は暇だから、と昨日発売されたばかりのファッション雑誌を二人で見ていたのだ。
 それが急にどうしたというのだろう。
 立ち上がって言うほど、開いているページのファッションが気にいらないのだろうか。
 それとも、値段が高すぎて手が届かないと言いたいのか。
  にはさっぱりわからない。 は大概において唐突なのだ。
 まるで菊丸君みたい…と胸の内でこっそり呟くと。
が、よ!」
 びしっと人指し指で差されて、 はきょとんとした顔で首を傾けた。
 話の筋が何も見えない。
「もし渡せたら…なんて、消極的じゃダメよ!」
 その言葉で合点がいった。
 ホームルームが終わった直後。3年1組の教室を生徒会のメンバー数人が訪れた。ちょっと相談したいことがある、と生徒会の面々は「俺はもう会長ではないぞ」と渋る手塚を説得し、生徒会室へ戻っていった。
 と手塚は、ほぼ毎日一緒に下校している。二人が付き合い始めた頃、邪魔をしたくないからとは遠慮した。
 だが。
 ――手塚くんの友達も一緒なの。だから、気にしないで
 ――そうなの。だったら一緒に帰るね
 3人ではなく数人で一緒ならと思ったのだが、手塚の友人は一人だった。
 人当たりがよくて優しそうな人。
 それが手塚の友人に対する の第一印象だった。
 4人で一緒に帰るのが当たり前のようになってきて、数ヶ月が過ぎた頃。
 彼は見た目通りの人物ではないと気がついて。
 そう気がついた時には、好きな人になっていた。

 その彼の誕生日。
 閏年生まれの彼の本当の誕生日ではないけれど。
 もしいつものように手塚と不二が教室に来て一緒に帰ることができて、渡せそうだったらバースデープレゼントを渡そう。
 それを先程 と話していた。
「うん…でも、気まずくなりたくない」
  の言っていることはわかる。
 告白しないままでは前に進めなくて、現状のまま・・・気心の知れた友人のままで終わってしまう、と。 
 あと数日で卒業式。
 一緒にいられる時間は限られている。
 けれど、もし彼に避けられるようになったらと考えると恐い。
 彼の優しい微笑みが消えてしまうのが恐い。
 だから、去年も今年もバレンタインにチョコを用意していても渡せなくて、 にあげていた。勿論、理由を言って。
 不二は好きなコからしかチョコを受け取らないと、去年も今年も宣言していたから。
「・・・気まずくなってるなら、とっくになってると思うけどねえ」
「え?」
  が漏らした呟きは の耳に届かず、 は首を傾けた。
 だが、 はにっこり顔に笑みを浮かべて。
「大丈夫よ。 は本気で不二が好きでしょ?」
 その言葉に はしっかり頷いた。
「・・・ってことだから、あとはよろしくね」
 視線は に向いたまま。
 けれど、 の言葉は明らかに自分に向けられていない。
?」
 訝し気な視線を親友に投げるが、返ってくるのは優しそうな笑み。
 は益々わけがわからなくなり、困惑した表情になった。
「国光の様子を見てくるわ。すぐに戻ってくるから」
 やんわりとだが、言外に「ここにいなさい」と告げ、 は教室を出ていった。
 残された は困惑した表情のまま、ふぅと溜息をついた。
 それと同時に教室の扉が開いて、反射的に視線を向けた は息を止めた。
「不…二くん」
 黒真珠のような瞳を驚きに見開く に、不二はゆっくり近付いてくる。
  不二は のいる隣の席のイスを引いて、それに腰を下ろした。
 彼はいつもと同じ穏やかな表情をしている。
 けれど、纏う空気が違うような気がする。
 もしかして…今の話聴こえてた?
 さあっと顔から血の気が一気に引いていく。
 膝の上で固く握った手がカタカタ震える。
 不二の顔を見ていられなくて、 は俯いた。
「ずっと待ってたんだ」
「…え?」
 少し固い声色に は思わず顔を上げた。
 真剣な瞳の不二に、また少し鼓動が早くなる。
「いつになったら言ってくれるのかなって。 でも、待つのはやめた」
「不二くん?」
の言葉は僕に向けられたものなんだ」
の・・・」
 呟きながら、記憶を辿る。
 あとはよろしくね。その言葉の前は――。
 もしかしたら…と期待してしまいそうになる。
 そんな都合のいいことがある筈ないと思うのに、ドキドキが止まらない。
「僕は君が好きだ」
「・・・・・・嘘」
「本当だよ。 これ、なんだかわかる?」
 そう言って、不二は鞄の中から赤い包みを取り出した。
 それには見覚えがある。
 なぜなら――。
「私が にあげたチョコ・・・」
 不二は去年も今年も好きなコからしか受け取らないと宣言していた。
 だから、 は渡したくても渡せなかった。否、渡す勇気が出なくて、親友にあげていたのだ。
 それなのに、どうして不二が持っているのだろう。
 冷静に考えようとすればするほど、頭が混乱してくる。
 期待と混乱がない混ぜになった表情の に、不二は優しく微笑んだ。
は僕の気持ちに気づいてたからくれたんだ。本人からじゃなくて悪いけどって去年と今年の分を…ね。甘くてとても美味しかったよ。君と一緒に過ごす時間みたいに」
「・・・ホントにホントなの?」
 夢じゃないよね――。
 そんな顔で見つめてくる に、不二はクスッと笑う。
「ホントだよ。 ほら・・・」
 しなやかな長い指で の白い頬に触れる。
 そして、柔らかな頬に優しくキスを落とし、黒真珠のような瞳を覗き込んだ。
「これで信じてくれる?」
 甘く囁くと、 は頬を赤く染めて「うん」と頷いた。
「フフッ。 じゃあ帰ろうか」
「えっ、でも がまだ・・・」
「あとはよろしく」
「あっ」
 不二が のセリフを口にすると、 が小さな声を上げた。
「だから、当分戻って来ないよ」
 言いながら不二は席を立って、 の細い手を引いた。
 初めて触れた好きな人の手は大きくて温かくて。
  は嬉しさに小さく笑った。
「誕生日プレゼントに を貰ったみたいで嬉しいな」
 色素の薄い瞳を細めて微笑む不二に、 はハッとなった。
 告白されて嬉しくて、まだプレゼントを渡していないことに気がついた。
 けれど、今渡すのは間抜けではないだろうか。
 ああ、どうしよう?
 そんな の心境は顔にばっちり表れていて。
「あとでいいよ」
「えっ」
からのプレゼントは家まで楽しみにしておくから」
「ふ、不二くん?あのっ」
「僕の家に遊びに来るのはイヤかな?」
  は慌てたように首を横に振る。
「・・・嬉しい」
「僕も嬉しいよ」
 耳に届いた可愛い声に、不二は繋いだ手に少し力を入れた。
「不二くん」
「ん?」
「お誕生日おめでとう」
 プレゼントと一緒じゃなくてごめんね・・・。
 小さな声で付け加えると、不二は瞳を丸くし、ついで嬉しそうに笑った。
「ありがとう」


 そしてその後。
 二人が甘い時間を過ごしたのはいうまでもない。




END



BACK