二月末日は大好きな人の誕生日

 そして、翌日は――




and...




 カーテンの隙間から僅かな光が部屋に差し込んでくる。
「・・・ん・・・」
 柔らかな唇から細い声が漏れ、黒い双眸がゆっくり開いていく。
 その様子を隣で幸せそうに見つめながら、不二は白い頬に長い指で触れた。
「目が覚めた?」
 訊くと、起き抜けでぼんやりとした瞳が、不二の秀麗な顔に向けられた。
「しゅう…?」
 まだ意識がはっきりしてこないのだろう。
  は細い指で目を擦っている。
「おはよう、
 不二はクスッと微笑んで、赤く色付く唇にキスを落とす。
 触れて離れて、もう一度触れて。ゆっくり唇を離した。
「起きられそう?」
 ほんのり桜色に染まった頬にかかった艶やかな黒髪を、不二はしなやかな指で梳く。
  は拗ねたような表情で恋人を見て、ぷいっと視線を逸らした。
「起きられるわけないじゃない。ばか周助」
「フフッ、だと思った」
「そう思ってるなら訊く必要ないじゃない」
 気分を害した は不二を睨みつけた。
 けれど、赤く染まった頬で言っても効果はない。
 不二は笑顔でそれをきっぱり黙殺して、ベッドから起き上がった。
「朝食は僕が作るよ。今日は君の誕生日だからね」
「それを言うなら周助も、でしょ?」
「真夜中の0時だけね。もう過ぎたからいいんだよ」
 にこやかに言われてしまっては、二の句が継げない。
 今日は3月1日だけれど、2月29日がない今年は、周助の誕生日でもある。
 でも1日は1日で、29日ではない。
 それはわかっているけれど、どうにも気持ちがすっきりしない。
「私も周助と同じ日に生まれたかったわ・・・」
 本当に心の底から思う。
 翌日ではなく同じ日に生まれていたなら、彼だけ淋しい思いをしなくていいのに。
 そう思うと自分の誕生日が憎らしく思えてくる。
「僕は が今日生まれてくれてよかったって思ってるよ。48時間君を束縛しても文句を言われないからね」
 楽しさと嬉しさを足して割ったような笑みを浮かべる不二に、 は微かに眉を顰めた。
「・・・そういう問題?」
「二人でお祝いできる日は多い方がいいじゃない」
「それはそうなんだけど・・・」
「じゃあそうゆうことで、この話はおしまい。 今度言ったらダメだよ」
 フフッと微笑む恋人の笑顔に身の危険を感じて、 はコクンと頷いた。
 納得できたようなそうでないような感じだが、どちらが正しいかなどと結論を出すのは無理だ。
「・・・周助。私も下に行くから起こして」
「無理しなくても持ってくるよ?」
「48時間一緒にって――」
 言ったじゃない。
 ぼそっと呟くと、不二は色素の薄い瞳を一瞬丸くして。
 ついで細めて、口元を僅かに上げフッと微笑した。
 なんだかんだ言いつつ、わがままを聞いてくれる彼女が愛しくて仕方ない。
「しゅ、周助…?」
 細い身体をベッドから抱き上げると、驚く声が上がった。
「一人で歩け・・・んっ」
「ダメ。 を甘やかしてあげたくなったから」
 不二はキスで の言葉を封じ、にっこり微笑む。
 柔らかな微笑みに、 の頬は見る間に赤く染まっていく。
 さらりと大胆なことを不二が言うのは初めてではないが、慣れることはない。
「そ、それは嬉しいけどっ…私、シャツしか着てないのに」
 自分で着た覚えのない、水色のワイシャツ。
 それは昨日、不二が着ていたワイシャツで、情事のあと不二が に着せたものだ。
 だから はワイシャツの下に何も着ていない。もっとも、不二の手で下着を着せられていたら大騒ぎになっているだろうけれど。
 ともかく、シャツ一枚で歩き回るのは避けたい。
「僕しか見てないよ」
「それでも恥ずかしいわよ」
 耳まで真っ赤に染めて言うと、不二は意味ありげにクスッと笑って。
「着替えるのはシャワー浴びたあとでいいよね?」
「…え?」
  はぴたりと動きを止めて、瞳を瞠って不二を見上げた。
「下に行くならシャワーを浴びてから食事がいいかな、って思ったんだけど?」
 クスクスと笑う不二に、 は嵌められたと思った。
 冷静になって考えてみればすぐにわかったことだ。
 不二は をからかうのが好きでも、嫌がることをする人ではない。
 だからと言って、不二が と一緒に風呂に入らないという保証はないが。
「一緒にお風呂に入って、それから食事にしよう」
 不二が言った瞬間、 は大きく首を横に振った。
「一人で入れるからっ」
「やだな、 。言ったでしょ?甘やかしてあげたくなったって。それに48時間ずっと一緒にいてくれるんでしょ?嘘はダメだよ」
「た、確かに言ったけど…っ」
 早まった。
 そう思ったが、すでに手後れだった。
  を言い包めながら、不二はバスルームへ向かっている。
 見上げた彼の顔が嬉しそうに見えるのは、きっと気のせいではない。




 そして今日も。
 甘くて蕩けるような一日が始まろうとしていた。




END



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