「今年の不二の誕生日はサプライズパーティーにしようぜ」
 菊丸がそう発言したのは、寒さの残る2月上旬のことだった。




Birthday




「・・・普通さあ、主役って最後までいるもんなんじゃないの?」
 いちごチョコのついたポッキーを口に入れ一気に食べる。
 菊丸は隣に座る桃城へ視線を向けた。菊丸の顔には『つまらない』と書いてあるのが誰の目にも見て取れた。
 今年で自分たち三年生は卒業で、仲の良い後輩達と過ごせるのも、あと数日。
 皆で盛り上がりたくて、今日、不二の誕生日に合わせてパーティーを企画したのだ。
 それなのに。
 パーティーを始めて30分ほど経過した頃。
「悪いけど、僕はこれで失礼させてもらうよ。 今日は大切な約束があるんだ」
 大切な約束、という言葉を強調して。
 不二は否を言わせない笑みを口元に浮かべて、部室を出ていってしまった。
「まあ普通はそっすね」
 菊丸の不満気な声に、桃城が腕を組んで答えた。
 すると桃城の隣に座り、テーブルに片手で頬杖をついた越前が呟いた。
「仕方ないんじゃないスか?不二先輩って帰国したの一週間前でしたよね」
「ああ」
 越前の言葉に頷いた海堂のあとを継ぐように、河村が口を開く。
「それに、不二の用事がないことを確認しなかった俺たちも悪かったんじゃないかなあ」
「確かにタカさんの言う通りだ」
「でも大石ー」
 ぶすっと不機嫌を絵に描いたような態度の菊丸に大石は肩を竦めて。
 やれやれといった風に、微かな溜息をついた。
「俺は不二が30分もいたことのほうが奇跡だと思うぞ」
 パーティーの時までノートかよ。
 誰もがそう思ったが、胸の内で呟くだけで声にしない。
 その変わりに。
「気づいていたのか、乾」
 ごく僅かに片眉を上げて、手塚が驚きを見せた。
 手塚は偶然あの場面を目撃して、不二から詳細を聞いていた。
 だから不二に約束があるのを知っていた。
 けれどそれを口にせず黙っていたのは、不二の話を口外しないため。
 それから、張り切って準備をしている皆に水を差したくなかったのと、皆とわいわい過ごすのも最後だからという思いからきていた。
「いや、詳細は知らない。だが、不二はこのところ落ち着かない様子だったからな」
「そうか・・・」
「ああ。 だが、不二なら大丈夫だろう」
「フッ…そうだな」



「周助?」
 インターフォンを鳴らしてすぐに聴こえた柔らかな声に、自然に頬が緩む。
「うん、当たり」
「ふふっ。今開けるわ」
 小さな足音が近付いて、ガチャという音とともに扉が開く。
「いらっしゃい、周助」
 凛とした声で僕を迎えてくれた は、ふわっと微笑んだ。
 その笑顔は初めて逢った時と少しも変わらない。
「上がって?」
「うん、お邪魔します」
 リビングのローテーブルには の好きな白いフリージアが飾られていて、いい香りが部屋の中を満たしていた。この花を見ると、いつも みたいだと思う。
 白いフリージアの花言葉は、『あどけなさ』。
 無邪気に微笑む君みたいだよ。
「座って待ってて」 
「手伝うよ」
 カットソーの袖を捲りながら言った に声をかけた。
 すると は首を傾げて微笑んで。
「大丈夫よ。もう準備はほとんどしてあるの」
「わかった。おとなしく待ってるよ」
 言うと、 は嬉しそうな顔でキッチンへ姿を消した。
  が運んでくる料理を受け取って、テーブルの上に並べていく。
 エビのサラダ、カンパーニュ、チキンのクリームシチュー。そして、ガトーショコラ。
「ダージリンでよかった?」
「うん」
 紅茶のカップを置きながら訊いてくる に頷く。
  は僕の隣に座った。
「周助、18歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとう、
 柔らかな頬に手を添えて、赤く色付く唇にキスをする。
 触れただけでは足りなくて、深いキスを交わしてから唇を離した。
「・・・ねえ、ホントによかったの?」
「うん。僕は が祝ってくれるだけでいい。君が一緒にいてくれることが、なによりのプレゼントだよ」
 三年の春からアメリカにテニス留学していて、帰国したのは一週間前。
 その時、空港まで迎えにきてくれた に、誕生日に何が欲しいか訊かれた。
 僕は がくれるものなら、例え道端に転がっている石だとしても嬉しい。
 まあ、これは極端すぎるかもしれないけれど。
 でもそのくらい僕の中の の存在は大きくて。
 そして、僕の欲しいものは だから。
 ――君の手料理と君といる時間が欲しい
 そう答えると、 は黒い瞳を瞬きさせて眉間に微かに皺を寄せた。
 ―‐でも、バレンタインだって何もあげられなかったのに
 呟いて、指先を唇に当てた。
 ――何言ってるの。チョコレート贈ってくれたじゃない
 チョコレートにはカードも添えられていたし、 の気持ちはちゃんと受け取った。
 ――市販のものだわ。そんなの贈り物なんて言えない
 黒い瞳が悲し気に揺れる。
 君からの贈り物だってことが重要で、手作りか手作りじゃないかは関係ない。
 でも はバレンタインから今日まで心の中で引きずっていたのだろう。
 それが僕の言葉で表にでたのかもしれない。
 手作りだと日持ちしないから今年は…ってカードに書いてあったから、僕はそれで納得していた。
 どちらがいいかって訊かれたら手作りと答えるけど、時間や距離を考えたら仕方ないと思う。

 僕にとって重要なのは、君からのチョコだってことだよ。
 どういうチョコだって君からでなければ意味がない。

 そうストレートに言っても、君は納得しないだろうね。
 君は意外と頑固だから。

 ―― の作ったガトーショコラ久々に食べたいんだけど、作ってくれない?あと、君の得意なチキンのクリームシチューがいいな
 ――え・・・?
 ――えってイヤだなあ。誕生日プレゼント、くれるんでしょ?だからリクエストしてるんだよ



「ねえ、 。食事の前に話があるんだけど、聴いてくれる?」
 言うと、 は不思議そうに首を傾けた。
「ええ。でも、改まって言うなんて初めて…よね」
 黒曜石のような瞳がまっすぐに僕を見つめる。

 このまっすぐな瞳に僕は惹かれた・・・
 その黒い瞳に僕だけを映して欲しい

 絹のように艶やかな黒髪も
 滑らかな白い肌も
 赤く色付く唇も
 君の纏う空気も

 なにもかも全部――


 僕のものにしたい


 そうすることを今日なら叶えることができる



、君を愛してる。 僕と結婚して欲しい」
「・・・・・・」
  は一瞬黒い瞳を瞠って、ゆっくり瞳を閉じた。
 そして、再びゆっくり開いて、僕を見つめた。
 それは数秒に過ぎない時間だったと思うけど、僕にはそれがとても長い時間のように感じた。
「・・・・・・私、周助より8歳も年上よ?それでもいいの?」
 僕をまっすぐに見つめる瞳とは裏腹に、声は掠れ震えている。
 よく見れば細い肩も微かに震えていて。
 それが の気持ちを代弁しているように見えた。
「歳は関係ない。君だからそうしたい。 僕は しか欲しくない」
 他の何も見えなくなるほど、君を愛してる
 過去も現在も未来も――
 僕の隣に居て欲しい
「・・・後悔しない?」
「する筈ないだろ。君だけを愛してるんだから」
「周・・・助・・っ」
 瞳から涙を零して、 が縋るように抱きついてきた。
 細い身体をぎゅっと抱きしめると、嗚咽混じりの小さな声が耳に届いた。
「試すよ・・・・なこと・・して・・・ごめ・・・なさ・・・い。しゅ・・・すけ・・・・有名になった・・から・・・私っ・・」
「不安になった?」
 訊くと、こくんと頷いた。
「僕が愛してるのは、過去も現在も未来も君だけだよ。世界のどこにいても、僕の還る場所は の隣だ」
 白い頬を両手で包んで、 の瞳を見つめる。
「ずっと傍にいたい・・・周助を愛してるの」
 涙で潤んだ瞳で微笑む に優しいキスを落とす。
 僕が映るまっすぐな優しい瞳を見つめた。
――もう離さないよ」
  の左手を取って、薬指に銀色に輝く指環をはめた。
 指にはまった指環を見つめて、 は花の蕾みが開くように微笑んだ。

「私、すごく幸せ・・・」
 頬を桜色に染める に顔を近づけると、黒い瞳がそっと閉じられた。




END



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