青空に白い雲が浮かんでいる。
 梅雨を抜けて、気温が上昇し始めたせいだろう。
 眩しいほどの日射しは、とても暑い。
 けれど、今日は晴れていてよかったと は思う。
 それは今日が七夕だから。
 
(これなら雨の心配はなさそうね。ふふっ、よかった)

 6限目の現国の授業を受けながら、 は嬉しそうな笑みを浮かべた。
 



Milky Wayに囁いて



、お待たせ」

 教室の扉を開けて、愛しい恋人に声をかける。
 その声に は読んでいる本から視線を上げて。

「周助くん。お疲れさま」

 柔らかな笑みを浮かべて言うと、読んでいた本を鞄にしまって椅子から立ち上がった。
 そして軽い足音をたてながら、不二の元へ向かう。

「今日は早くない?」

 時刻は午後5時。
 来月の全国大会へ向けて、テニス部は午後6時を過ぎる頃まで練習している。
 それなのに今日は5時に不二は迎えに来た。
 不思議そうに首を傾けて答えを待つ彼女に、不二はクスッと笑って。

「嬉しいでしょ?」

 耳元で囁くと、 は拗ねたようにそっぽを向いた。
 不二と付き合い始めて一年と三ヶ月。
 彼の揶揄するような言い方には慣れた一一一つもりだった。
 
「一一一イジワルなんだから」

 呟くと、不二はフフッと笑った。
 そして小さな子をあやすように、 の頭を優しく撫でて。

「ごめんね?」

「‥‥ヤダって言ったらどうするの?」

 上目遣いで訊くと、不二は困ったように眉を顰めた。
 だがそれは一瞬のコトで、不二は不敵な笑みを秀麗な顔に浮かべて。

が許すって言ってくれるまでキスする‥‥かな」

 その言葉に、 の顔が一瞬にして熟したトマトのように赤く染まった。
 一方、言った不二の方に恥ずかしさは微塵もみられない。
 ニコニコと笑顔のまま、 の反応を楽しんでいるかのようだ。

「もっ‥‥周助くんなんか知らないッ」

「ごめん、

「一一一周助くん‥‥ズルイ」

 そんな悲しそうに少し掠れた声で言われたら、許さないなんて言えないじゃない。

 消え入りそうに小さな声で紡がれた言葉に、周助は愛しそうに色素の薄い瞳を細めて。
  の細い身体をギュッと抱きしめた。

「イタズラが過ぎたね‥‥ホントにごめん。
 一一一 と七夕にデートできるの楽しみにしてたんだ。
 だから‥‥嬉しいのは僕の方だよ」

 去年の今頃は一緒にいることができなかった。
  が発作を起こし大学病院に入院していた時だったから。
 一緒に行こうという菊丸の誘いを断り、不二は の傍を離れなかった。
 彼女の意志を信じていなかったのではない。
  の傍にいたかった。戦っている彼女を少しでも支えたくて。
 短冊に願うことも考えなかったワケじゃない。
 けれど。
 七夕祭りに行くのなら、他の誰でもない と一緒に行きたかった。
 そしてようやく、願いの叶う日が来たのだ。
 
「‥‥‥周助くんも浴衣着て」

 耳に届いた小さな声に、不二は笑顔で頷いた。
 浴衣を着ることで許してくれるらしい。
 そういう可愛い条件を出す所が らしくて、不二は瞳を僅かに細めた。

「着替えたら を迎えに行く。けど、まずは帰らないとね」

 不二は白く細い手を優しく捕らえて、細い指に自らのそれを絡めた。















 浴衣に着替えて迎えに来てくれた恋人と手を繋いで、祭りで賑わう商店街へ向かう。

「不二先輩!」

 焼そばを売っている露店の前を横切った時、背後から聞き覚えのある声が聴こえた。
 振り向くと、そこにはテニス部の後輩である桃城武がいた。
 学校からそのまま直行してきたらしく、桃城は学ランにテニスバッグという姿だった。

「桃‥‥と越前か。 僕たちに何か用?」

 口元には笑みが浮かんでいるが、色素の薄い瞳は笑っていない。
 笑っていないどころか、薄氷にも似た光が宿っているような気がする。

「だから止めようって言ったのに」

「んなこと言ったってかけちまったモンは仕方ねえよ」

「俺まで巻き込まないでよね」

「お前、先輩を見捨てる気か?」


「行こう、

 ボソボソと会話を続ける後輩たちを無視して、不二は の手を引いた。

「え?でも二人は?」

 歩きながら気にするように、 が後ろを振り向く。
 そんな彼女の華奢な肩に不二は腕を回して、自分の方へ引き寄せた。

「放っておいていいよ。僕は とデートしてるんだからさ」

 その言葉に は黒い瞳を瞠って。

「周助くんて独占欲強い?」

に関してだけね。 イヤ?」

 恋人の顔を覗き込んで訊くと、 は首を横に振った。
 それを肯定だと裏付けるように、白い頬が赤く染まっていく。

「フフッ、よかった」

 不二は幸せそうな笑みを浮かべてそう言った。






「わあ‥‥すごい。周助くん、こんな場所よく知ってたね」

 嬉しそうに両手を宙に向かって伸ばして、 が弾んだ声を出す。
 その仕種が可愛らしくて、不二はクスッと笑って。

「お気に召していただけましたか?僕の姫君」

「はい、とっても」

 頬を僅かに赤く染めて言った の細い身体を不二は腕の中に閉じ込めて。
  の耳元へそっと唇を寄せた。

「来年も再来年もその先もずっと一一一」




 二人きりで天の川を観に来ようね




「しゅう‥すけくん?」

 黒い瞳を見開いて、呆然としたように恋人の名前を呼んだ。
 そんな彼女の形のいい額に不二は触れるだけのキスを落として。

「僕は君を手放すつもりはない。これからもずっと、僕は だけを愛し続けるから」

「そんなコト言っていいの? ホントに信じちゃうよ?」

 瞳を潤ませて言う を不二は少しだけ腕に力を込めて抱きしめ直して。
 彼女の瞳に自分の顔が映っているのが解る位、顔を近付けた。

「約束しただろ。 をずっと離さないって」

「一一一離さないで‥‥傍に…いて」

 背中に回された細い腕が不二をギュッと抱きしめた。
 不二はしなやかな指先で の顎を捕らえて。


「愛してる、 一一一」


 優しく甘い声で囁いて、柔らかな唇を熱く深いキスで塞いだ。









 願うのは唯一つ


 ずっと君といられる幸せ





 僕の願いごとを叶えられるのは だけ


  の願いごとを叶えられるのは僕だけ







 これからもずっと だけを愛してるよ









END

 

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