Secret Garden




 2月最後の日、天の頂に太陽が輝く頃

 あなたをお誘いに参ります

 お食事はあなたとご一緒に・・・


 白い封筒の中から取り出した一枚のカードに、こう書いてあった。
 家の郵便受けに直接入れたのだろう。
 封筒の宛名には『不二周助様』とだけ書かれている。
 差出人は封筒にもカードにも書かれていない。
 けれど、不二には差出人が誰なのかすぐにわかった。
 大きさの揃った丁寧な文字は、彼の恋人の筆跡と全く同じ。
「…楽しみにしているよ」
 そう呟くと、口元を緩めて微笑した。
 彼女を誘うのもいいけれど、彼女が迎えに来てくれるのも悪くない。



 2月最後の日。
 不二は約束通り家で恋人を待っていた。
 天の頂に太陽が輝く頃というのは、正午のことだろう。
 時刻はまもなく11時半。食事は一緒にということは、正午前に来る筈だ。
 そろそろかな、とリビングのソファから立ち上がった不二の耳にチャイムが聴こえた。
 不二は壁のインターフォンを手に取る。
「はい」
「周ちゃん?私…です」
「待ってたよ。いま行くから」
 インターフォンを戻しジャケットを羽織ると玄関へ向かった。
「わ、周ちゃん早い」
 数秒で家から出てきた不二に驚いて、の黒い瞳が丸くなる。
 そんな彼女に不二はクスッと笑った。
を待たせたくないからね」
 の絹糸のような髪に触れると、ほんのり赤く染まっていた頬が更に赤く染まる。
 それでも黒い瞳は不二から逸らされることはなく、は嬉しそうに笑った。


 少し遠いんだけど…と言って、に連れられて訪れたのは、隣駅にある一軒家だった。
 彼女の家は不二家の隣なので、彼女の家でないのは確かだ。
 は呼び鈴を押すこともなく大きな門を開けて、くぐっていく。不二は彼女のあとに続いた。
 庭が丁寧に整えられているということは、空家ではないだろう。空家の庭を手入れする物好きはそうそういない。
 が好きそうな家だな、と思いながら不二は口を開く。
「ここは?」
 疑問を口に出すと、は彼を見上げて微笑んだ。
「お母さんの実家なの。あとは秘密」
 周ちゃん、こっちだよ、と手を引くに不二は黙ってついていった。
 少し歩くと花々で溢れた庭先へたどり着いた。
 一面とまではいかないが、花畑に劣らない程の様々な花が咲いている。
 庭には小さな東屋があり、ベージュがかった白いテーブルとイスが置かれている。そこは柔らかな陽射しが差し込んでおり、温かそうだ。
 日本なのに、外国にいるような気分だ。実際、庭のどこにも日本らしさはない。
 屋敷も洋風なのを見ると、ココに住む人物は洋風な作りが好みなのだろう。
 外国の庭園や公園とまではいかないが、滅多に見られる庭ではない。
「・・・きれいな庭だね」
 僅かに感嘆が混じった声を上げた不二をが振り返って見つめる。
「周ちゃん、驚いた?」
「クスッ。うん、驚いたよ」
「じゃあ成功…かな」
 弾むような笑顔を向けてくる恋人に不二はクスクス笑った。
 彼女には驚かされてばかりだ。
 振り返れば、一昨年もそうだった。
 キスの後で真っ赤になってしまったはすごく可愛かった。
 ファーストキスを僕に、なんて嬉しいプレゼントだったな。
 そう言えば、僕のバースデイ以来、からキスしてくれないよね。
 そんなことを考えていると、名前を呼ばれた。
「お料理運んでくるから、あそこで待ってて?」
「うん、待ってるよ」
「すぐに戻ってくるから」
 そうしては屋敷へ走っていった。
 彼女の後姿が見えなくなるまで見送り、彼女が指を指した場所へ移動する。
 白亜の東屋に入り、不二はイスに腰掛けた。
 しばらく庭を眺めていると、物音がした。
 不二の色素の薄い瞳に、銀色の小さなワゴンを引くの姿が映る。
「周ちゃんお待たせしました」
 の細い手が銀色のドームを取り上げると、中にはいくつもの料理が並んでいた。
「頑張って作ったんだけど、美味しくなかったらごめんね?」
 ワゴンからテーブルへ料理を移しながら、不安な表情で不二を見る。
「そんな心配はいらないよ、。君が作ってくれるものならなんでも美味しいから」
 優しく微笑む彼には照れたように笑う。
 まだワゴンに乗っている料理を全てテーブルに移すと、は不二の向かいに座った。
 そしてテーブルの中央に置いたイチゴショートケーキに15本のろうそくを立て、それにマッチで火をつける。
「周ちゃん」
 不二は名前を呼ぶに微笑みで応えて、ろうそくの火をふっと吹き消した。
「お誕生日おめでとう、周ちゃん」
「ありがとう」
「冷めないうちに食べて?」
「うん。 いただきます」
 フォークとナイフを優雅に使ってローストビーフを切り、それを口へ運ぶ。
 柔らかな肉に芳香なソースが絡まって、とても美味しい。
「・・・すごく美味しいよ。また料理の腕を上げたね、
 にっこり笑う不二には顔を綻ばせた。
「周ちゃんがそう言ってくれると嬉しい」
 そんな彼女が可愛らしくてクスッと笑みが零れる。
 褒めてもらって安心したは、フォークとナイフをを持って、自分も料理を食べ始めた。
 不二はクスッと笑って、クロワッサンを手に取った。
「ねえ、この庭ってが花を植えたでしょ」
「えっ、なんでわかるの?」
 黒曜の瞳が驚きに瞠られる。
 母の実家だとは言ったけれど、それ以上は言ってないのに。
 そんな彼女の呟きが聞こえているかのように、不二はフフッと微笑んで。
の好きな花ばかりだから。スノードロップ、ヒースにアムール・アドニス。 ね、の好きな花でしょ」
 小高木は元から植えてありそうだけど。
 不二はそう付け加えた。
 確かに不二の言った通り、桜や林檎、オレンジなどの木は元々植えられていた。そして、東屋も建てられていた。
 だがそれだけの庭では寂しかったので、それを祖父に言ったら「好きにしていいよ」と許可をくれた。
 だからは時間を作りここへ来て、少しづつ自分のシークレット・ガーデンを作ったのだった。
「周ちゃんの好きな花も植えたかったけどわからなかったから」
「それなら聞いてくれたらよかったのに」
「ダメ!だって訊いたらバレちゃうじゃない。周ちゃん鋭いから」
「そうかな?」
「そうなの」
 でも、もう周ちゃんにプレゼントできたから訊いてもいいかなあ?
 は口の中で小さく呟いたつもりだろうが、不二にはしっかり聞こえていた。
 けれど、不二は聞いていないフリをする。
「ねえ、周ちゃん。周ちゃんの好きな花教えて?一緒に植えたいの」
「教えるのはいいけど、一緒には植えられないと思うよ」
「どうして?あ、日本じゃ育てられないとか?」
「そんなことはないよ。だけど、育てられるのは僕だけかな」
 謎かけのような言葉でにはさっぱりわからない。
 一緒に植えられなくて彼だけが育てられる花。
 なんて、うまくはぐらかされているだけかも、とは思った。
 男の人は口で女の人に勝てないというけれど、目の前にいる彼は例外みたいだ、と頭の片隅で考えながら口を開く。
「それじゃ全然わからない。誤魔化さないで教えて、周ちゃん」
「誤魔化してはいないけど…ね。 教えてあげるから、こっちにおいで」
 手招きする不二には首を傾けた。
 声が聞こえる距離にいるのだから、傍に行く理由がどこにあるのだろう。
 彼女の表情からそれを読み取った不二はクスッと小さく笑って。
がこっちに来たら教えてあげる」
 そう言われたら、気になるのだから行くしかない。
 大切にしているシークレット・ガーデンだから、大好きな彼の花を一緒に植えたい。
 そしてそれを二人で見られたら絶対に嬉しい。
 だから知りたい。
「教えて?」
 不二の前に立ってが首を傾ける。
 すると不二の腕がすっと伸びて、の細い腰に回された。
 そのまま引き寄せられて、気づいた時には彼の膝の上に乗せられていた。
「しゅ、周ちゃん?」
 の白い頬が赤く染まっていく。
 けれど不二は腕の力は緩めずに、更にぎゅっと抱き寄せた。
「約束だから教えてあげる」
「あ、うん」
「僕の好きな花はね・・・だよ」
 色素の薄い瞳を細めると、耳元で少し掠れた甘い声で囁いた。
 えっ、と声を上げた彼女に不二はクスッとイタズラが成功したかのように微笑む。
 そして、の赤く染まった頬に右手で触れながら。
「好きだよ、
 黒曜の瞳を見つめて熱く囁いて、可愛らしい唇に優しくて甘いキスをした。



 ―――近い将来、二人だけのシークレット・ガーデンでお祝いしようね


 その言葉はどちらの声だったのか

 あるいは二人の声だったのか

 それを知っているのは、風に揺れる花々だけ――。




END



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