Cake




「…これでいいかな?」
 スポンジもきれいに焼けたし、生クリームのデコレーションも上手くできた。味見ができないから多少不安だけれど、いつもどおりに作っているから大丈夫な筈。
 飾りつけに半分にカットした真っ赤なイチゴをのせて、ナイフで削ったダークチョコでアクセントを出す。
「できた!」
 ケーキが完成すると、は両手をぱちんと合わせて嬉しそうに笑った。
 あとは食べる直前まで冷蔵庫で落ち着かせればいい。
「…こうだったよね」
 パレットナイフの先をケーキと回転台の間に浅く差し入れ、回転台を回し、台と底側のクリームを離れやすくする。
 今日は一緒に暮らしている婚約者の誕生日。去年は彼の家族と一緒にお祝いしたのだが、今年は二人だけで過ごそうと周助が言った。だからケーキを手作りして、料理も頑張って作って、彼を驚かせようと思った。だが、料理はともかく、菓子作りなどしたことがなかったは、お菓子作りが得意だという周助の姉に教えてもらうことにした。
 それが一週間前のことで、その時に由美子が、冷やす前にこうしておくといいのよ、と教えてくれたのだ。
 スポンジケーキの他にも簡単に作れる菓子などを教えてくれて楽しかったことを思い出し、はくすっと笑った。
 にとって、由美子は憧れの存在だ。料理も菓子作りも上手で、優しくて温かくて、とてもきれいな人。あんな女性になりたいと密かに思っていたりする。
 完成したケーキが乾かないようにドームをかぶせ、冷蔵庫に入れる。
 料理は下ごしらえは終わってるから、彼が帰宅したら作ればいいかな。
 プレゼントの用意も出来てるし。
 あ、周助さんが帰ってくる前にここを片付けておかなきゃ。
 そんなことを考えていると、玄関の鍵が開く音がした。
「ただいま」
「周助さん、おかえりなさい」
 帰宅した周助を出迎えて、は微笑んだ。
 周助は微笑み返して、柔らかな唇に優しいキスを落とした。
「…、甘い香りがするね」
「う…やっぱりわかる?」
 内緒にしたかったのにな…、と口の中でぼそっと呟く。
 眉間に皺を寄せる彼女にクスッと笑って、胡桃色の髪をくしゃりと撫でた。
「うん。明日は卒業式だから仕方ないけど…ってところかな?」
 見事に自分の考えを見抜かれて、は少しだけ唇を尖らせる。
 なんでもお見通しでズルイという視線で周助を見るが、柔らかな笑みで一蹴された。
 こういう笑みに自分が弱いということを知っていて彼がやっているのをわかっているのに、何も言えなくなってしまう。
「嬉しいよ、。ありがとう」
「……うん」
 頬に優しくキスされて微笑まれたら、頷くしかできない。
 結局、ズルイ彼も優しい彼も、どんな彼も好きだから。
 「あ、そうだ。これ、姉さんからに渡してって頼まれたんだ」
 周助は鞄の中から小さな包みを取り出して、に差し出した。
 は不思議に思いながらもその包みを受け取る。
「なにかしら?」
「僕も中身は知らないんだ。開けてみたら?」
 周助の言葉に頷いて、はラッピングを解く。袋の中からでてきたのは、桜色の小さな小瓶。先日、テレビで観たものと似ている。ガラスが光を弾き輝いていてキレイだなと思ったそれは、香水瓶だった。
「可愛い…」
 が胡桃色の瞳を細めて、嬉しそうに微笑む。けれど、その笑顔は数秒で消えて、は周助を見上げた。
「将来の義妹
(いもうと)へお土産だってさ」
 の視線の意味を悟った周助がにっこり微笑んで言った。
「…ッ」
 周助の言葉にの白い頬が真っ赤に染まる。
 周助にプロポーズされてそれを受けたから、自分は彼の婚約者。その証の婚約指輪は今もチェーンに通して首にかけている。
 けれど、周助の身内とは言え、改めて言われるとものすごく恥ずかしい。
 由美子や彼の家族が認めてくれているのは嬉しいことだが、それとこれとは別問題だ。
「フフッ、そんなに照れなくてもいいのに」
「周助さんのせいですっ!」
 ぷいっと横を向いたに周助は小さく笑う。
「僕は姉さんが言ったことをそのまま伝えただけだよ。嘘だと思うなら、今度姉さんに確認してごらん」
「…いい」
 というか、無理。そう心の中で呟いた。
 彼は嘘は言わないから、由美子が言ったというのは本当なのだろう。だとしたら、また言われる可能性は高い訳で、遠慮したいとしては、この話はこれで終わりにしたい。
「ちょっと着替えてくるよ」
「あっ、周助さん」
 呼び止めると、周助は振り向いて首を傾げた。
「まだ片付いてなくて、時間かかりそうなの」
 製菓用器具がシンクに置きっぱなしで、まだ洗えていない。更に、テーブルの上も散乱しているから、片付けて拭く必要がある。
「そうなんだ?じゃあ僕も手伝うよ」
「でも今日は周助さんの…」
 戸惑いを隠せないに、周助は柔らかく微笑む。
「気にしなくていいよ。君の気持ちがなによりも嬉しいから、ね」
「周助さん…」
 優しい声に胸がきゅんとなる。
 こういう時、すごく大事にされている、と思う。
 そして、この人がとても好きで、これからも隣にいたいと願う。
の愛情がたっぷりのケーキ楽しみだから、早く食べたいし」
「周助さんたら…」
 くすくす小さく笑うに、周助は瞳を細めて微笑んだ。


 今夜のメニューは、チキンのチリソース煮、ブロッコリーとコーンのサラダ、マッシュポテト、ライ麦パン。
 来年までにはケイジャン料理のフルコースが作れるようになりたいなあ、と料理しながら思っていたのは、周助には内緒だ。
 二人で協力して作った料理をダイニングテーブルに並べて、はその中央に回転台からタルトプレートに移したケーキを置いた。
「周助さん、お誕生日おめでとう」
 笑みを浮かべて言ったに、周助も笑みを返す。
「ありがとう、。君に祝ってもらえて嬉しいよ」
 見詰め合って、お互いに幸せそうに微笑む。

 嬉しいのは、あなたの誕生日を一緒にお祝いできること。
 きっとずっと…それは変わらない。
 いつも恥ずかしくて言えないけど、今日は特別な日だから。
 伝えよう、あなたに。

「周助さんに恋してよかった。だって私、すごく幸せだから」

 白い頬を赤く染めて、嬉しそうには言った。
 周助は色素の薄い瞳を細めて、嬉しそうに微笑んだ。


 そして、ショートケーキよりも甘い時間が、ゆっくり過ぎていった。




END



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