Pumpkin Pudding




 外から鈴虫の鳴き声が聴こえてくる。
 秋らしさを感じさせるそれは、耳に心地よい。

 マッシュされたじゃがいもを小さな手で丸く作っていた颯が、母親譲りの黒い瞳で母を見つめた。

「おかあさん。おとうさんまだかなあ?」

  はリビングの時計に目を遣って、息子に優しく笑いかけた。

「もうすぐ帰ってくるわよ」

 時刻は6時半をすぎたばかりで、いつも周助が帰宅するより少し早い時間だった。
 普段は気にしないのに、どうして今日に限って気にするのか。
 その答えを は身をもって知っている。
 今日がその日であるということを颯が知っていたことには驚いたが、保育園の先生にでも聞いたのだろう。

「うんっ」

 悪戯を思い付いたように楽しそうな笑みを浮かべる息子を、 は複雑な表情で見つめた。
 
(颯って周助をまんま小さくしたみたいよね‥‥)

 颯の性格や好みが周助と似てきていると思ってはいたが、仕種まで似てくるとは思ってもみなかった。
 ふふっ、と無邪気に笑っているが、何かを企んでいるように見えたのは目の錯覚だろうか。
 星形に作っていたコロッケの種を皿に乗せて、 は軽い溜息をついた。
 考えない方が幸せのような気がする。

「どうしたの?」

 颯が心配そうな顔で覗きこんできた。
 こういう心配性なところも周助そっくりなのよね、と胸中で呟いて。

「ううん、なんでもないわ。大丈夫よ」

 笑顔で答えて、 はボウルに残っている種をまとめ、もうひとつ星形のコロッケを作った。
 そして、颯が作っていた分を受け取って。

「ありがとう、颯。助かったわ」

 にこにこと笑う颯に、お手伝いのお礼にミルクたっぷりのココアを淹れて、 はガス台に向かった。
 丸や星、俵の形をしたコロッケの種に衣をつけ揚げる準備をして。
 つけ合わせのキャベツと人参を千切りして、水気を切って冷蔵庫へ。
 あとは周助が帰宅してからコロッケを揚げて、千切り野菜とトマトを飾ればいい。
 先に皿とカトラリーだけ用意しようと、食器棚の扉を開けた瞬間。

「あっ!おとうさんだ」

 短く2回鳴ったチャイムは、周助だという合図。
 颯はココアの入ったマグカップをテーブルに置き、椅子から降りると玄関へ向かった。
 パタパタと小さな足音がキッチンから遠ざかっていくのを、 は苦笑して見送った。
 

 

 

「おかえりなさい」

 周助が玄関の扉を開けると、そこにいたのは妻ではなく息子だった。
 二人が一緒にいるのはいつものことだが、颯が一人なのは珍しい。
 おそらく は夕食の準備の途中で手が離せない為だろう。

「ただいま、颯」

 周助が優しい笑みを颯に向ける。
 すると、颯はにこにこの笑みを周助に向けた。

「Trick or Treat?」

 突然投げられた言葉に全く驚きを示すことなく、周助はクスッと微笑んだ。
 一週間前にデパートに行った時、ハロウィンに染められた店内を不思議に思った颯が訊くから、ハロウィンがどういうイベントなのか教えていた。
 そして、それが今日一一一10月31日だということも。
 
「はい、コレ」

 周助は鞄の中からお菓子を取り出して、颯の前に差し出した。

「わあ…かぼちゃのかたちだ」

 お菓子はオレンジ色のふわふわしたマシュマロ。けれど、ただのマシュマロではなく、カボチャを模したハロウィン限定のマシュマロだ。
 颯は喜々として周助から受け取って、嬉しそうに笑った。

「周助、おかえりなさい」

「ただいま、

 周助は の細い身体をそっと抱きしめて、柔らかな唇に甘いキスを落とした。

「用意がいいのね」

「フフッ。颯に教えたのは僕だからね」

  は黒曜石のような瞳を驚きに瞠って、ついで軽い溜息をついた。

「今日がハロウィンなのを私が知っててよかったわ」

「颯、 にも言ったんだ?」

 周助から鞄を受け取って、コクンと頷いた。

「驚いたわよ。着替えてキッチンに来たと思ったら、突然なんだもの」

「で、なにかされたの?」

「されてないわ。カボチャプリンを用意してたから」

 今日がハロウィンであることを覚えていて、ふと思い立ったから作ったのだった。
 それだけの理由なのだが、喜ぶ颯を見て作っていてよかったと思った。
 ちなみに、イタズラされなくて助かったと思ったことも少しだけ含まれている。

「ねえ、

 ネクタイを取りワイシャツのボタンを外しながら、スーツの上着をハンガーにかけている に声をかけた。 はスーツの埃を落としている手を止めて。

「なに?」

 首を傾ける に周助はクスッと笑みを浮かべて。

「Trick or Treat?」

「心配しなくても、周助の分もあるわよ?」

 想像と寸分の違いない答えを口にした妻に、周助はクスクス笑って。
 細い身体を腕の中に閉じ込めた。

「冷蔵庫に、でしょ。今ないならイタズラしていいってコトになるよね」

 言うが早いか、赤く色付く唇を深いキスで奪った。
 吐息を許さない深く熱いキスに、 の身体から力が抜けていく。
 周助は唇を離し、色素の薄い瞳を細めて微笑んで。

「ごちそうさま。君の唇は甘くて美味しいね」

 フフッと笑う周助に は小さな声で「ばか」と呟いて、周助の胸に顔を埋めた。

「そんなに照れなくてもいいのに」

「照れてません」

 耳まで真っ赤に染めて言っても説得力がないよ、と の耳元で囁いて。
 周助は の赤く染まった頬を両手で包んで、柔らかな唇に今度は甘いキスを落とした。




 その後、家族揃って夕食を取って。
 デザートに出されたカボチャプリンは、周助の分が小さくなっていた。
 それに対して周助が不満を漏らすことはなかった。
 なかったのだが一一一。



「足りない分は後で を貰おうかな」



 それは颯が眠りについた頃、実行されたのだった。











END



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