11月最後の土曜日。
 肌寒い風が頬を撫でていく中、恋人の家に向かって歩く。
 いつも外でのデートが多いけど、今日はちょっと違う。
 両親が親戚の家に泊りにでかけてしまうので淋しいから来て欲しい。
 そう僕の携帯に電話がかかってきたのは、二時間程前のことだった。
 夏の全国大会が終わり、僕はテニス部はを引退しているから部活はない。
 それに予定はなかったから、 の誘いを受けることにした。
 もっとも、予定があったとしてもキャンセルして と過ごすコトを僕は選ぶけど。
 余程の重要な予定でないかぎり、僕には が最優先だから。
 でも、電話が来てすぐに家を出るつもりでいたけど一一一。

「せっかくだから、周くんにお昼をごちそうしたいの。
 だから、お昼ちょっと前に来て欲しいな。 ダメかな?」

 そんなに可愛くお願いされたら・・・ね。
 僕が「ダメ」なんて言うワケないでしょ?

「フフッ。ダメなワケないでしょ。楽しみにさせてもらうよ」

「ホント?ありがとう、周くん。じゃあ、あとでね」

  の手料理はすごくオイシイし、作ってくれるのは久しぶりで楽しみだ。
 どんな料理を作ってくれるのかな、とか。
 近い将来、 が料理している姿を眺めながら、食事を待っていたいな、とか。
 そんなことを考えていたら、あっという間に時間は過ぎていった。


 

未来予想図


 

 玄関のチャイムを鳴らすと、少しして扉がゆっくり開いた。

「いらっしゃい、周くん」

 にっこりと可愛い笑顔を浮かべて迎えてくれたのは一一一。

「・・・・・・ ?」

 目に映った恋人の姿は衝撃的で、僕は名前を呼ぶのが精一杯だった。
  は僕の肩より少し低いくらいの身長で、視線はこんなに遠くない。
 腰を屈めないと顔が近くならないなんて、にわかに信じがたい。
 そこまで考えて、はっと気付いた。
 目の前にいるコは そっくりだけど、雰囲気が違う。

「君は一一一」

「美和ちゃん。お客様は周くんじゃなかった?」

 僕の声に重なるようにして、声が聴こえた。
 それと同時にリビングへ続く扉が開いて、エプロン姿の が姿を見せた。

ちゃん」

 僕の恋人そっくりの声をした小さな女の子は、甘えるように に抱きついた。

「ごめんね、周くん。驚いたでしょ?」

 困ったように笑う に苦笑を返して。

「一瞬、君が小さくなってしまったのかと思って驚いたよ。
 そのコ・・・美和ちゃん? 君とそっくりだね」

 容姿は勿論、声もとても似ている。

「ふふっ。よく言われるの。 あ、ごめんね。あがって、周くん」

「お邪魔します」

「まだ料理が途中なの。美和ちゃんと待っててくれる?」

「うん」

「は〜い」

 返事をすると は楽しそうに笑って、キッチンへ向かった。
 残された僕たちは、リビングのソファーに並ぶようにして座った。

「ねえねえ、周くんは、なにしゅう、って言うの?
 美和は、佐々木美和っていうの」

「僕は不二周助って言うんだ」

「周助? ちゃんは周くんって呼んでるよ?」

 不思議そうに言う美和ちゃんにクスッと笑って。
 
「うん。 は僕のトクベツな人だからね」

「トクベツ?周くんも ちゃんのトクベツな人なの?」

 頷くと、美和ちゃんは「そうなんだあ」と呟いた。
 小さい頃の は、こんな感じだったのかな。
 
「じゃあ、美和は周助お兄ちゃんって呼ぶ。 ちゃんが泣いちゃったらヤダもん」

 トクベツの意味はわかっていないだろうけど、本能で察したのだろうか。
 真剣な瞳で言った美和ちゃんは、 に本当によく似ている。
  が僕の名前の呼び方で泣くとは思わないけど、妬くかもしれないな。
 口にしなくても、拗ねて白い頬を膨らませそうな気がする。
 そういう も可愛いけど、彼女には笑っていて欲しい。
 それに、『周くん』って呼んで欲しいとお願いしたのは僕だからね。
 弟はいるけど妹はいないから、なんだかくすぐったい気もするけど。

「ねえ、美和ちゃんは のことが好き?」

「うん、大好き。美和のお母さんみたいに優しくてお料理が上手なの。
 お母さんは美和の好きなイチゴのケーキを焼けないけど、 ちゃんは焼けるんだよ。
 すごいよね」

 自分のことのように のコトを話す美和ちゃんに、僕は「そうだね」と頷いた。
 すると、美和ちゃんは嬉しそうに笑いながら。

「お料理は愛情いっぱい込めて作るんだって。
 そうするととっても美味しくなるのよって ちゃんが教えてくれたの」

 なんて可愛いコトを言うんだろう。
 いますぐ君を抱きしめてキスしたいよ、
 



  が愛情を込めて作ってくれたのは、僕の好きなケイジャン料理だった。
 ジャンバラヤにガンボスープ、マンゴーサラダ。時間をかけて作ってくれたコトは明白だ。
 あらためて彼女の腕前に感心してしまう。

「すごい本格的だね」

「そんなことないよ」

「そんなことあるんだよ、周助お兄ちゃん」

「み、美和ちゃん?」

 あたふたと慌ててる には気付かずに、美和ちゃんは僕に向かって。

ちゃんは、周くんが美味しいよって言ってくれると幸せなんだって。
 だから朝から頑張ってたよ」

 その言葉に は頬を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに僕から視線を逸らした。
 白く細い指で頬を隠すようにしている姿が、たまらなく可愛い。

「僕もすごく幸せだよ。君が愛情をたくさん込めて作ってくれた食事を口にできて…ね」

 ギュッと抱きしめて、柔らかな唇に軽いキスを落とす。

「んッ‥‥周くん…美和ちゃんが見て‥‥」

 恥ずかしそうに身を捩る にクスッと笑って。

「美和ちゃん、ちょっとだけあっち向いててくれるかな?」

「うん」

 コクンと頷いて、視線が僕たちから離れる。
 それと同時に、可愛い唇に今度は深くて長いキスを落とした。







 その後は三人で楽しく食事をして。
 おやつを作りたいと言った美和ちゃんが とお菓子を作っている姿を堪能した。

 そして夕方は一一一。

「あっ、不二に ちゃんじゃ〜ん。こんなトコで会うなんで奇遇だにゃ」

 夕食の材料を買い終わってスーパーの入口を出た所で英二に会った。

「英二も買い物かい?」

「そうなんだよ。じゃんけんで負けて買い出し。 ところで不二」

「なに?」

「あのコ、まさか ちゃんが生んだってコトはないよな?」

 真剣な顔で何を言ってくるかと思えば‥‥。
 英二らしいと言えばらしいけど、ね。

「残念ながら僕と のコじゃないよ。 作るのは高校卒業してからって決めてるしね」

「そうだよにゃ〜。あーびっくりした。
 それにしても、どさくさに紛れてすごいセリフを聞いたような気がするけど」

「フフッ。  と美和ちゃんが待ってるから行くよ。じゃあね、英二」

 


「やっぱり女の子かな」

「え?」

  が僕を見上げて、きょとんとした表情で僕を見上げた。
 黒曜石のような瞳で見つめてくる に微笑んで。

「君に似た娘が欲しいなって考えてた。きっと美和ちゃんみたいなんだろうね。
  に似て可愛くて優しくて、素直なコに育つよ、きっと」

「周くんたら・・・気が早いわ」

 ほんのりと目元を赤く染めて、 が恥ずかしそうに微笑む。
 その笑みに引かれるように、白い頬に指を這わせて。

「そう言ってくれるってコトは、僕のコを生んでくれるって意味だよね?」

 結婚の約束をしていても、正式にプロポーズをした訳じゃない。
 僕が18歳になったらという約束を は覚えてくれている。
 そう自信がある。けど一一。

「‥‥‥うん」

 小さく頷いた が可愛くて、繋いだ手に少し力を入れて細い身体を引き寄せた。

「ありがとう、

 耳元で囁いて、桜色に染まった頬にキスをした。






END


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