職場の窓から見えるのは、帳の降りた空。
 ふわりと地上へ舞い降りる白い雪は、外灯に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出している。
 だが、それを見て感慨に深けているわけにはいかない状況なので、 は重い溜息をこっそり吐き出して、目の前に積まれた箱へ手を伸ばした。
 朝から贈り物のラッシュで、いったいどれだけ包装しただろう。
 間もなく閉店時間になるのだが、店内には人が溢れている。
 一人だったり、あるいは二人だったり。家族連れの人もいる。みんな楽しそうな表情をしているのを見ると、羨ましくなってしまう。
 買い求めたクリスマスプレゼントは、恋人や家族への贈り物となるのだろう。
 贈った人も贈られた人も幸せな気持ちになったり、喜んでくれたらそれはそれで嬉しい。
 けれど一一一。

(わかってたけど、周助と過ごしたかったな)

 今頃、彼は大学の友人たちとパーティー
の真っ最中だろう。
 今日は、付き合ってから初めて迎えるクリスマスイヴ。
 当然ながら、周助は一緒に過ごそうと言ってくれた。
 だが、その誘いを は断った。
 急に決まった結婚式に出席することになった人がいて、変わりに出勤することになってしまっていたから。
 25日は出勤するとして、イヴは休みを取りたかった。それが の本音だけれど、社会人である以上、押し通す訳にはいかない。
 それに、もし逢ったとしても日付が変わるまでの数時間しか一緒にいられない。
 クリスマスイヴはクリスチャンでなくてもトクベツな日だと思う。
 だから、彼には楽しい時間を過ごして欲しかった。

 ズキン、と胸の奥が痛む。
 パーティーで周助の隣に自分以外の女性がいるのではないか。
 そう思うと息をするのも苦しい。

 


Christmas Present



「お疲れ様〜」

 職場の友人と従業員口で別れて、 は駐車場へと向かった。
 夕方から降り始めた雪は僅かに積もり、地上を白く覆い始めていた。
 ベージュのロングコートに雪が付き、溶けていく。

「寒い・・・」

 呟くと、白い吐息がオレンジ色のルージュを塗った唇から零れた。
 時刻は午後8時過ぎ。帰宅したら8時半くらいだろうな。
 そんなコトを考えながら歩いていると、車の近くに人影が見えた。
 シルバーのセダン車の脇に立っているのは、ココにいる筈のない人だった。

「どう・・・して?」

  が黒曜石のような瞳を瞠るのと、人影がこちらへ走ってくるのは、ほぼ同時だった。
 雪の中を走って近付いてくる周助の姿を は呆然と見つめることしかできない。
 逢うコトは叶わないと思っていただけに、突然の出来事に思考が麻痺して動いてくれない。

。仕事お疲れ様」

 周助は柔らかく微笑んで、 の首に真っ白なマフラーを巻き付けた。
 触り心地のいいそれに白い指先で触れて、 は周助を見つめた。

「周助…どうしてココに?」

 黒曜石のような瞳を丸くしている恋人に、周助はクスッと笑って。
  の白く細い手を大きな手でそっと包み込んだ。
 冷たくなった指が触れられた所から熱をもってくる。

に逢いたかったから迎えに来たんだ。それがココにいる理由だよ」

 周助はほんのり赤く染まった の頬に優しく触れた。
 どのくらい周助はココで待っていたのだろう。
 ほんの少し、指先が冷たい。

「コレは?」

「ん?僕からのクリスマスプレゼント」

 いつも頑張ってる君へのご褒美だよ。

 そう言って、首を傾けてフフッと微笑む。

「えっ?だってコレ、カシミアじゃな‥」

 周助は の唇に人指し指を当て、続く言葉を遮った。
 皆まで言わせなくても、 が言いたいコトなど周助には手に取るようにわかる。

「そんなコトは気にしなくていいから、受け取って欲しいな」

「周助・・・うん、ありがとう。すごく嬉しい」

 はにかんで微笑む に周助は色素の薄い瞳を愛おしそうに細めて。
 柔らかな唇に触れるだけのキスを落とした。

「あのね、周助‥‥」

「なに?」

「その・・・クリスマスプレゼントなんだけど‥‥」

  が申し訳なさそうに眉間に皺を寄せ、言い辛そうに語尾を濁す。
 ここ数日は仕事で忙しかったが、プレゼントはちゃんと用意していた。
 けれど、逢えるとは思っていなかったから。

「・・・家なの」

 一緒に来てくれる?

 小さな声が耳に届いて、周助は笑顔で頷いた。
 日付の変わるまで、数時間。 と過ごすために迎えに来たのだ。
 断る筈がない。

「お邪魔させてもらうよ」

「うん」

 ホッとしたように微笑む に周助はクスッと笑って。
 彼女の手の中にある車のキーを取った。

「周助?」

「言っただろ。 を迎えに来たんだって。だから、僕が運転していくよ」

 答える間もなく、周助は の手を引いて歩き出す。
 繋いだ手から伝わる温もりが心地イイ。



 途中、遅くまで開いているスーパーに寄り、食材の買い出しをした。
 食材と言っても、調理されているチキンやワインにチーズなどだが。

「こんなのでごめんね」

 千切ったレタス、スライスしたトマトと胡瓜を盛り、スライスしたチキンをのせたプラターをテーブルに置いて、 が顔を曇らせる。
 メインは買ってきた惣菜で、ツマミは作ったものの、あり合わせの物で作った簡単なものばかり。
 パーティーをするなら手料理にしたかったが、時間が時間だけに用意することは適わない。
 クリスマスケーキだけは用意してあったことが、唯一の救いだろうか。

「どうして謝るのさ。 は何も悪いコトしてないだろ」

「でも・・・」

 しゅんと項垂れる に周助は苦笑して。
 
「それなら・・・」

「それなら?」

「来年のイヴは期待してイイ?」

  は黒曜石のような瞳を瞠って、ついで花が咲くようにふわっと微笑んだ。

「うん。周助が好きなものいっぱい作るわ」

「フフッ、楽しみにしてるよ」

 色素の薄い瞳を細めて、周助は の柔らかな唇に軽くキスをした。
  は赤く染まった頬を隠すように、ついと周助から視線を逸らして。

「ケーキ、切ってくるね」

 キッチンへ向かった恋人の後姿を目で追って、周助はクスッと微笑んだ。

 5分もしないうちに、ケーキとワイングラスをトレイにのせて が戻ってきた。
 ケーキはレアチーズケーキでラズベリーが添えられている。

「周助の口に合うといいのだけど」

「合うに決まってるでしょ」

 はっきり断言する周助に、 は目を丸くした。

「僕好みな料理を作れるのは、 しかいないんだから」

「周助・・・」

  の白い頬が瞬く間に柊の実のように、赤く染まってゆく。
 殺し文句と言えるセリフをサラッと口にしてしまう周助もカッコイイ。
 そう思う私は、自分で思っている以上に周助のコトが好きなんだわ。



「は、はいっ」

 甘く掠れた声で名を呼ばれ、思わず返事をしてしまう。
 すると周助は可笑しそうにクスクス笑って。

「今日は食べたりしないから、安心してよ。
 それより、乾杯して食事にしよう?僕もさすがにお腹すいたしね」

「えっ?だってパーティーで食事してないの?」

「初めに顔を出して、すぐに帰ってきたからね」

「すぐにってどうして?」

のいないパーティーなんてつまらないからね。抜け出してきたんだ。
 君が仕事で頑張ってる時に僕一人でなんて楽しめないでしょ」

 そう言って優しく微笑む周助に、 の瞳が潤んでくる。
 瞼の裏が熱くなり、白い頬に一筋の雫が流れた。

「乾杯しよう?」

「うん」

 ふわっと優しく髪を撫でてくれる周助に頷く。
 


「Merry Christmas

「Merry Christmas Syusuke」

 静まり返った部屋に、金属音が響く。


 ワインにほんのりと酔った が周助にもたれ掛かって。
 甘くて優しい周助の抱擁に安心して意識を手放したのは、真夜中を過ぎる少し前のコトだった。




 

END

2006.01.08修正

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