My Sweet

 

 クリスマス前日一一一24日のクリスマスイヴ。
 賑やかなジングルベルや静かなアヴェ・マリアの音楽が流れる中を、僕は と歩いていた。
 時刻は午後3時。いい天気だけど、時々吹く風は刺すように冷たい。
 
「まだ日は高いのに寒いね」

 僕と手を繋いで歩いている が、僕を見上げて言った。
 それに頷いて。

「そうだね。もっとくっつこうか?」

「えっ?」

  が白い頬を僅かに赤く染めて、驚いたように黒い瞳を瞬きさせる。
 クスッ、可愛い。そんなに慌てなくてもいいのに。
 
「手を繋ぐより腕を組む方が暖かいと思わない?」

 にっこりと笑いかけると、 は更に頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。
 彼女は人前で腕を組むということに、少し抵抗があるらしい。
 付き合って三年、結婚して半年経つのに初々しい彼女がとても愛しい。

「ダメかな?」

  に視線を合わせて言うと、彼女は首を横に振った。
 言葉にしないで態度に出して示す所も可愛いな、と思いながら細い手を僕の腕に導く。
 すると一一一。

「・・・ホント‥暖かいね」

 赤く染まった頬で僕を見上げて が微笑む。
 ここが外じゃなくて家だったら押し倒してるかもしれない。
 そんなに無防備な可愛い笑顔を見せられたら、抱きしめてキスしたくなる。
 
「周くん?どうかしたの?」

 じっと を見つめていると、彼女が首を傾けた。
 長く艶やかな黒髪がサラッと流れる。
 彼女は髪と同じ色の黒い瞳で心配そうに僕を見ている。
 
「ごめん、大丈夫だよ。 行こう?」

 そう言うと は安心したように微笑んで。
 「うん」と頷いた。





 しばらく歩いて、僕たちはクリスマス色で彩られた花屋に入った。
 店内には赤いポインセチアの鉢がいくつもある。。

「ねえ、周くん。由美子さんの好きな花、知ってる?」

 花屋の中を一周して入口まで戻った が訊いた。
 今日は と二人だけで過ごすつもりだったけど、姉さんのせいで実家に帰ることになっている。
 彼女と結婚してから初めてのクリスマスなのに。だから姉さんは邪魔をしたのかもしれないけど。
 ともかく、今日はクリスマスイヴだし、姉さんにプレゼントしたいと が言ったから、ここにやって来た。
  の好みなら何でも知っているけど、姉さんの好きなものってあまり知らないんだよね。
 でも確か一一一一。

「淡いオレンジ色の薔薇が好きみたいだよ。 よく買って来てるしね」

「淡いオレンジ? ‥‥あれとか?」

 左斜め前の鉛色をしたバケツに入った薔薇を細く白い指で差す。
 その薔薇は花弁のフチが濃くなっていて、ガクに近いほど淡くなっていた。

「うん、あんな感じかな。 あとは・・・あれとか、これかな」

  が差した薔薇の隣にあるピンク色に近いオレンジ色の薔薇と、目の前にある淡いオレンジ一色の薔薇を差した。
 
「混ぜたらおかしいかな?」

「いや、おかしくないと思うけど。一種類より何種類かあった方が姉さんも喜ぶよ」

「うん。じゃあ、そうするね。 あとは・・・カスミ草かな。
 グリーンのと白いのを混ぜてもらって‥‥あ、でもシダみたいな方がいいかな・・・」

 真剣に考えている も可愛いけど、相手が姉さんってところがつまらない。
 だけど贈る相手が僕だったら、もっと真剣に悩んでくれるのかな?
 『周くんにはサボテンよね』って可愛く笑うかもしれない。
 そんなことを思いながら、あれこれ悩んでいる を後ろから見つめていると、彼女が僕を振り返った。
 そして。

「あまり大きくない花束の方がいいかな?」

「ミニブーケより大きい方が姉さん好みかな?
 花を活けるのわりと好きみたいだし、長い方がアレンジできるしね」

「あっ、そうね。そこまで考えてなかった」




 姉さんへのプレゼントに、薔薇の種類は一種類増やして、それに白いカスミ草とグリーンのカスミ草を入れて、大きめの花束を作ってもらった。

「由美子さん、喜んでくれるといいな」

 僕が持っている花束に目を遣って言った に、僕はクスッと笑って。

「きっと喜ぶよ。 君が一生懸命選んでくれたんだから」

「私はカスミ草しか選んでないけど」

 苦笑する の手を捕まえて、細く白い指を絡め取る。

「それでも十分、 の気持ちはこもってるだろ?」

 そう言うと、 は黒い瞳を瞬きさせて小さく笑った。

「じゃあ、周くんと私で二人分の気持ちね」

「クスッ。そうだね」



 そして僕たちは、夕暮れ間近の空の下、仲良く手を繋いで不二家に向かった。










「いらっしゃい、 ちゃん。待ってたわ」

 玄関の扉が開いて姿を見せた姉さんが嬉しそうに笑う。
 
「姉さん、僕もいるんだけど?」

  の白い手を握って喜んでいる姉さんの手を解く。
 そして、細い身体を引き寄せて腕の中に閉じ込めた。

「知ってるわ。おかえりなさい、周助」

 面白くなさそうに言った姉さんに思わず溜息が出そうになる。
 姉さんが を好きなのは知っているつもりだけど、こうもあからさまだと…ね。
 一週間前に電話がかかってきた時、 は寝ていたから断ることもできた。
 だけど、後で姉さんが僕がいない隙を狙って を攫うだろうから、仕方なく承諾した。

「あの・・・由美子さん」

 遠慮がちに が姉さんを呼んで、黒い瞳で僕を見上げた。

「周くん、お花・・・」

「はい、姉さん。 からクリスマスプレンゼント」

 オレンジ色の薔薇の花束を差し出す。
 クリスマスプレゼント用にラッピングをして欲しいと が店の人に頼んだから、普通の花束より豪華な仕上がりになっている。

「わあ、キレイね〜。ありがとう、 ちゃん。周助もありがとう」

  からって言ったけど、僕にもお礼を言うとはね。
 僕たち二人からっていうのは、姉さんにお見通しらしい。
 可笑しくて思わずクスッと笑いが零れた。

「気に入ってくださってよかったです」

「もちろんよ。すごくイイ香り。 ちゃん、本当にありがとう」

「そんなに喜んでいただけると嬉しいです」



 リビングはクリスマスパーティーの準備が万端に整えられていて、いつでも始められるようになっていた。
 白磁の壁にはクリスマスリースが掛かり、テーブルの上にはキャンドルや小さなポインセチアが飾ってある。
 料理はオードブル、チーズフォンデュ、パン、ローストチキン、サラダ。
 デザートはチーズケーキか。
 母さんも姉さんも、ホントに が好きだな。 の好物ばっかりだ。

「わあ・・・ホテルのパーティーみたい」

 テーブルの上を見た が、はしゃいだ声を上げた。
 嬉しそうに笑う に、母さんも姉さんも満足気な顔をしてる。

「喜んでもらえて嬉しいわ。
 今日はゆっくりしていってね、 ちゃん」

「ありがとうございます、お義母さま」

 

 ワインで乾杯をして、食事をして。
 気付けば日付が変わるまで、あと1時間になっていた。
 明日は休日だから仕事は休みだし問題はない。
 けど一一一。

「‥‥ん‥‥しゅう・・・くん」

 乾杯だけで、その後はアルコールを口にしていなかったのに は酔ってしまってる。
 アルコールに強くないから、軽いものでも酔ってしまうのは知ってたけど、匂いだけで酔ってしまうとは考えていなかった。
  は軽いから抱き上げて帰ってもいいんだけど、眠ってしまっているから抱き上げて起こしてしまったら可哀想だな。
 それに、僕にもたれ掛かかるようにして抱きついて、安心した顔で眠っている が可愛いから、もっと見ていたいし。
 どうしようかな?

「周助。 ちゃん平気そう?」

 片付けの途中で手を止めて、姉さんが の顔を覗き込む。

「うん。でも、起こしたら可哀想だから、どうしようかと思ってさ」

「そうねえ。気持ちよさそうだから、起こしてしまったら可哀想ね。
 泊っていけば?」

 姉さんならそう言うと思った。
 僕も泊っていくコトを一瞬考えたけど、ね。
 イヴは無理だったから、明日のクリスマスは を独占したい。
 仕方ないな。朝一で家に帰ろう。

「僕の部屋はそのままになってるよね?」

「ええ、もちろん。暖房入れておいたから、温まっていると思うわ」

「ありがとう、姉さん。じゃあ、泊っていくことにするよ」

 赤く色付く唇から寝息を零す を起こさないように、そっと抱き上げて。
 ゆっくりと部屋に向かった。

 ベッドに を降ろしても、僕のセーターを掴んだ細い指が離れない。

「フフッ。可愛い」

 林檎色に染まる頬にキスを落として、 の隣へ身体を沈めた。
 暖房で部屋の中は温かくなっているけど、君の温もりには適わない。
 柔らかくて抱き心地のイイ をしっかり腕の中に閉じ込めて。
 寝息の溢れる可愛い唇に深いキスを贈って。

「明日は を独占させてもらうから…ね」


 愛してるよ、僕の可愛い


 耳元で囁いて、瞳を閉じた。








END

※タイトルイメージ=僕の可愛い人

HOME