暦が12月になって9日が過ぎた。
 その日の放課後、不二は教室で を待っていた。
  が職員室に用事があると言うので、それが済むまで待っているのだが、なかなか戻ってこない。
 すぐに戻ってくるからと言っていたのだが、それにしては遅い。

「なにか仕事でも頼まれたかな?」

 教師に何か頼まれて手伝うことになってしまった、という理由が可能性としては高い。
 夕陽が沈みかけた空に目を遣って、ぼんやりとそんなコトを考えていると、教室のドアがガラッと音を立てて勢いよく開いた。

「不二、不二!」

 名前を呼んで近付いてくるのは、クラスメイトで親友の菊丸英二だった。

「あれ、英二。帰ったんじゃなかったの?」

 HR後に が教室を出ていってからすぐに、クラスに迎えにきた大石と帰った筈だった。

ちゃんサンタ姿が見たいんだって知ってたか?」

「・・・・・・・・・え?」

 さすがの不二も突然のことに面食らい、やや間を置いてから口を開いた。
 菊丸はそれに気を止めず、窓際の壁にもたれ掛かるようにして立っている不二に近付いて、興奮が覚めやらないような表情で続ける。

「オレが直接聴いたんじゃないけど、不二のサンタ姿が見たいって言ってたらしいにゃ」

 友人の言葉に不二は柳眉を顰めて。

「英二。乾に騙されてるんじゃない?」

「騙されてなんか・・・って、なんで情報源が乾だって知ってるんだよ?」

 驚きに大きく瞳を見開いた菊丸に不二はやれやれといった表情で溜息をついた。

「消去法でいけばすぐにわかるよ。手塚は論外。大石とタカさんは確信の持てないことは軽々しく口にしない。英二が自分の耳で聴いたんじゃないなら、乾しか残らないでしょ」

 そして乾が の会話を聴いていたとして、誰かに話すのなら菊丸以外にいない。
 なぜなら、不二本人に話をしにいくだろう人物は、菊丸しか考えられないからだ。

「でもホントなんだって!今日の昼休み、 ちゃんが廊下で立ち話してる所を通りがかった乾がしっかり聴いたって言ってたんだよ。それに、その時、乾と一緒にいた大石も聴いたって」

 菊丸の言葉に、色素の薄い瞳が僅かに細められた。
 乾だけなら信憑性は五分五分だが、大石も聴いていたのなら信憑性は高い。
 けれど一一一。

「大石は今どこにいるの?」

「ほえ?昇降口だけど?」

「英二。 が戻ってきたらすぐ戻るからココで待っててって言っておいて。
 それから今のコト、 に言ったらダメだよ。いいね?」

 口元を僅かに上げ微笑む不二に、菊丸は何度も頷いた。
 それを見届けて、不二は教室を飛び出した。




恋人はサンタクロース




 12月に雪が降るというのは珍しい。いや、雪が降るコトが珍しいのではなく、雪が積もることは珍しいというのが正しい。
 昨夜になって急激に気温が低下したからか、夜半を過ぎた頃に雪が降り始めた。
 雪は日付が変わっても止むことなく降り続き、地上を白く覆っていた。

「周くん平気かな?」

 リビングの窓から外を見つめながら呟いた。
 部屋の中は暖房が入っているから寒くはないが、外はとても寒そうだ。

『クリスマスイヴは一緒に過ごそうね』

 恋人がそう言ったのは、秋も終わりに近付いた10月末のコト。
 それからずっと楽しみにしていた。
  はふうっと溜息をついて窓から離れると、ソファに細い身体を沈めた。
 デートの待ち合わせ場所も時間も前もって決めていたのだが、今日になって変更になった。

『雪が降ってて危ないから迎えに行くよ』

『でも‥‥』

を迎えに行きたいんだ』

 15分程前に電話越しに聴いた不二の声を思い出して、 は恥ずかしそうに小さく笑った。
 いつでも優しくて甘くて。そんな彼が大好き。
 甘えてばかりではダメだとわかっているのだが、甘やかされるとつい甘えてしまう。
 それは彼だから、だ。彼以外の人に甘えようとは思わない。甘えたいのは彼にだけ。

 不二の優しく穏やかな微笑みを頭に浮かべていると、携帯の液晶がアイスブルーに点滅を始めて、メールの着信があることを告げた。

 遅くなってごめん。
 着いたから玄関開けてくれる?

 待ち望んでいた人からのメールに は花が咲いたように微笑んで。
 携帯をテーブルに置いて急いで玄関に向かった。
  がガチャっと玄関の扉を開けると、そこには一一一。

「メリークリスマス!

 にっこりと優しく微笑む恋人に、 は黒い瞳を瞬きさせた。
 その様子に不二はフフッと笑みを浮かべて。

「驚いてくれたみたいだね」

 不二の言葉に はコクンと頷いて、目の前の恋人を見つめた。
 赤い帽子に赤い服。雪のように白い大きな袋。手には白いふかふかの手袋。

「・・・周くん何着ても似合う」

 ほんの少し頬を染めて言った に不二は微笑みを深くして。
 恋人の顔を覗き込むように、自分の顔を近付けた。

。よく聴こえなかったから、もう一度言ってくれない?」

「え?」

「聴こえなかったから、ね?」

 本当に聴こえなかったの?
 不二の笑みに僅かな疑問を持ちつつ、見つめられる視線に耐えられなくて、 は不二から僅かに視線を逸らした。
 
「周くんカッコイイ・・・って言ったの」

 聴こえた?

 今度は聴こえたかと訊くように、黒曜石のような瞳を不二に向けた。
 不二はクスッと笑って。

「ありがとう、
 そう言ってくれるとこのカッコをした甲斐があるよ」

 不二家から 家までサンタ姿で歩いてくることは出来ないから、姉に送ってもらったけれど。
 恋人以外に見せたくなかったが、まだ車の免許を持っていないから仕方ない。


 家に上がって客間を借り、不二はサンタの格好から私服に着替えた。
 そして の待つリビングへ戻った。

「どうかした?」

 何も言わずに見つめてくる恋人に訊くと、なんでもないという風に首を横に振った。
 それがどういう意味を持つのか悟った不二は、ソファに座る の隣に距離をあけずに座った。

「残念・・・って顔してるよ?」

「えっ?」

「フ・・・フフッ‥‥可愛い、

 声を上げて笑う不二に嵌められたとわかった は、赤く染まった頬を膨らませて。
 拗ねたようにそっぽを向いて、柔らかいクッションを抱きしめた。

?怒ったの?」

 顔を覗き込もうとすると、逃げるように視線を逸らす。

「ごめん、 。 機嫌直して?」

  の背中側から彼女が逃げないように、腕の中にしっかり閉じ込めて耳元で囁いた。
 すると細い身体がビクッと反応して。

「怒ってないから、耳元で喋らないで」

 艶やかな黒髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まってゆく。
 不二は色素の薄い瞳を愛おしそうに細めて。

「そんなに可愛く言われたら、喋りたくなっちゃうよ」

「周くんのイジワ‥‥んッ」

  が振り向いた瞬間、唇が重ねられた。
 触れるだけの優しくて甘いキスは、あっという間に深く熱いキスへ変わって。
 甘い抱擁と熱いキスに の思考が溶けてゆくまで時間はかからなかった。

「周く・・・ん」

 潤んだ瞳で名前を呼ぶ恋人の細い身体を、向かい合わせになるようにして。

「愛してる。僕の

 甘く熱く囁いて、柔らかな唇に熱いキスを落とした。

「ごめんね、

「・・・うん」

  からの許しがでたことに不二は微笑んで。
 白い袋から片手の掌に納まるくらいの小さな箱を取り出した。



 名前を呼んで不二は細い手を優しく取って。
  の掌に銀色のリボンがついた白い箱をのせた。

「私に?」

「うん、 にだよ」

「開けてみていい?」

「クスッ。どうぞ」

 細い指で銀色のリボンを解いて、そっと箱を開けた。

「これって魔法?」

 箱の中に入っていたのは、星を象ったシルバーのイヤリングとペンダント。
 三週間前、不二とデートしていた時にショーウィンドウ越しに見かけて、可愛いと思ったアクセサリだ。
 通りすがりに瞳に飛び込んできただけで、ショーウィンドウの前に立ち止まってもいなければ、じっと見つめていたワケでもない。可愛いと呟いてもいないし、欲しいとも口にしていないのに。
 それなのに。

「僕はいつも だけを見てるからわかるんだよ」

 優しく微笑む不二に ははにかむような笑みを見せて。
 恋人にぎゅっと抱きついた。

「ありがとう、周くん。ずっと大切にする」

「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ」

 艶やかな黒髪を梳きながら言うと、 は不二の胸から顔を上げて。

「すぐ戻るから、ちょっと待っててね」

 言いおいて、軽い足音を立てながらリビングから出ていった。
 ほどなくして戻ってきた の手の中には、緑色の紙袋があった。

「メリークリスマス、周くん」

「ありがとう、

 差し出されたプレゼントを受け取って、不二は嬉しそうに微笑んだ。
 
「開けてみて?」

 言って微笑む に、うん、と頷いて。
 不二はしなやかな長い指で丁寧に包みを解いていった。

「これは・・・」

 驚きに目を瞠って不二は を見つめた。
 Syusuke Fuji と紺色の刺繍が入った、リストバンドとタオル。そして、ベージュのマフラー。
 リストバンドとタオルは市販の物に が刺繍したもの。
 マフラーは編み物が苦手な が唯一編めるもの。

「リストバンドとタオルは綺麗にできたけど、マフラーがあんまり上手にできなくて・・・」

「そんなことないよ。 ほら、長さも丁度いいし、すごく温かいよ」

 マフラーを首に巻いて微笑む不二に、 はホッとしたように笑って。

「よかった」

「ありがとう、

 不二は細い身体を抱きしめて、柔らかな唇に優しいキスを落とした。



 雪が静かに降る中。
 二人は予定通りデートに出掛け、楽しい時間を刻んだ。







END

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