Special Christmas time


 クリスマスイヴ前日の昼下がり。
  は周助とワインを選びに、少し遠出をして隣街にあるデパートを訪れていた。
 このデパートには、ヨーロッパから空輸便で直輸入で仕入れたワインを数多く取り扱っている店が入っている。ワイン生産が世界トップと言われるイタリア産ワインをメインに取り扱っている店なのだが、イタリア産以外にも、フランス産、スペイン産にドイツ産など種類は豊富に揃っている。
 今日は祝日、明日はクリスマスイヴということもあって、店内は買い物客で溢れている。
 けれど、地下階にある酒屋には人は疎らで、ぶつかったりすることもない。夕刻になればもっと混むのだが、今は昼を過ぎたばかりだからそう多くの買い物客はいない。
 これならゆっくり店内を見て回ることができる。


『来年のクリスマスは白ワインを二人で選びに行こう』

 周助がそう言ってくれたのは、去年のクリスマスイヴだった。
 去年は肉料理がメインで がお薦めだと贈ってくれた赤ワインを料理に合わせたのだが、甘いものが苦手な の口に合わなかった。
 その時、白の方が好きかも、と は思っただけで口にはしなかったのだが、彼女の微妙な表情の変化から周助は読み取っていた。

 棚に陳列されたワインを見ながら、 は小さく笑った。

「どうしたの?」

  の顔を覗き込み、周助が不思議そうに首を傾ける。

「去年のコトを思い出しちゃって」

「ああ・・・」

 周助も記憶にはっきり残っているので、楽しそうにクスッと笑った。
 去年の赤ワインは の学生時代からの親友である が「美味しいのよ」と贈ってくれたものだった。
 渋みが柔らかく口当たりがいい。ということは、 の口には甘い。
  はワインが甘口だということに気付かなかったが、周助は口にする前に香りでわかった。
 だから、 に視線を向けた。
 
「周助はどんなのがいい?」

「僕のことはいいから、 が好きなのを選んで?」

 そう言うと、 は首を傾けた。
 眉間には微かに皺が刻まれている。

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、どういうのがいいかわからないのよ」

「なにかお困りですか?」

 迷っていると、タイミングよく声が掛けられた。
 黒いエプロンに名札がついている所を見ると店員だろう。

「酸味がある辛口の白ワインを探しているのだけど、お薦めはあるかな?」

 言ったのは でなく周助だ。
  がワインに詳しくないコトは知っているし、自分好みの味もわからないだろう。
 なにより店員が男となれば と話しをさせたくない。

「そうですね・・・あちらにある【モエ・エ・シャドン】や【ヴーヴ・クリコ】はいかがです?
 当店お薦めですよ」

「シャンパンじゃなくて、スティルワインでないかな?」

 よかったら試飲できますよ、と薦めてくる店員を笑顔で遮って訊いた。
 シャンパンはワインに砂糖と酵母を加え炭酸ガスを発生させたもの。
 辛口であっても の口には合わないだろう。それに、彼女は炭酸が飲めないのだ。

「では、【リースリング】や【ソービニヨンフラン】はいかがでしょう?」

「悪くないけど、【シャルドネ】は置いてない?」

  の好みそうな味だと思われる品名を言うと、店員は「こちらになります」と陳列してある場所へ二人を案内して、「では失礼します」と逃げるように視界から消えた。
  が見つめてくる視線に気付き、周助はフフッと笑って。
 棚に並んだワインをひとつ手に取った。

の好みだとこれなんかいいと思うよ。
 酸味があって味わい深い味なんだ。きっと気に入るんじゃないかな」

「じゃあそれにする。周助がそう言うなら間違いなさそうだもの」

 試飲できるのは売り出し中のシャンパンやスパークリングワインだけのようで、それ以外のものを試飲はできないようだった。
 もし試飲できても、味の違いがはっきりわかるとは思えない、というのも理由のひとつだ。
 それなら周助お薦めのワインにしておくのが無難だろう。

「今年のでいい?」

 白ワインは熟成させる必要がないので、その年に作られたものを買った方がいい。
 けれど、最終的に の意見を最優先させるのが周助らしい。

「周助にお任せするわ」

「フフッ。了解」

 持っていたワインを棚に戻し、棚の下にあるコンテナの中に入っているワインを手にして。
 ラベルにの年号を確認すると、 を連れてレジへ足を向けた。
 会計を済ませてデパートを出ると、陽が傾き始めていた。
 冬の夕暮れは早い。

「家に着いたらもう暗くなってるわね」

 車の助手席から見える空は、濃いオレンジ色だ。
  は眺めていた空から周助へ視線を向けた。

「・・・どうかした?」

 口を開かずに見つめてくる に優しく声をかける。
 運転中だから視線を向けることはできないが、横目でチラッと彼女の顔を見ると、嬉しそうに微笑んでいた。

「今年は特別なクリスマスね」

「特別なクリスマスって?」

 弾んだ声で言った妻に続きを促すと、黒い瞳が幸せそうに細められた。

「だって結婚してから初めてなんだもの。
 イヴもクリスマスもずっと周助といられるのって。
 あ、周助が仕事から帰ってから二人でパーティーがイヤってわけじゃないわよ?」

「クスッ。そんなコトわかってるよ。
 でも、言われてみればそうだよね。去年も一昨年も平日だったから。
 こんな風にゆっくり過ごすのは結婚してから初めてだね」

「うん。だから、特別なの」

「フフッ、そうだね。
 今日を入れて三日間、誰にも邪魔されずに を独り占めできるなんて特別だよね」

 意味深長に微笑む周助に、 は僅かに頬を赤く染めてシートに細い身体を埋めた。

「明日の夜はヒラメのムニエル、生春巻が食べたいわ」

「クスクス・・・。それ以外の料理は?」

「周助が食べたいものを作るわ」

「じゃあリクエストしようかな。
 デザートにハバネロ入りケーキなんてどう?」

「‥‥ハバネロ入りケーキ?」

「うん、ハバネロ入りケーキだよ」

「そんなケーキ作ったコトないわ」

は料理もお菓子作りも上手いから出来そうだけど?」

 もう、上手いんだから。

  は心の中で呟いて。

「失敗しても食べてくれるならいいわ」

 料理もお菓子作りも得意ではあるけれど、レシピを考えて初めて作るものを成功させるのは難しい。
 とりあえず、バターケーキをベースに刻んだハバネロを入れて焼けばいいかしら?
 バニラの変わりはタバスコ・・・とか?

「フフッ・・・そんなコト言って。もう考えてるんでしょ?
 僕は の腕も信用してるよ。
 それに、万が一失敗しても食べるって約束するよ」

「それならいいわ」

「クスッ」

 いつの間にか車は大通りから、信号のない道へ入っていた。
 表通りは混んでいるから裏道を使って帰るつもりなのだろう。
 そう思って は何も言わなかったのだが一一一。

「周助?どうかしたの?」

 ハザードランプをつけ路肩に車を停車させた周助に、 が不思議そうに首を傾けた。

「さっきの続きだけど」

「続きって?」

 食べる約束はもらったし、運転の邪魔をしたくないから黙っていた。
 だから、続きと言われても意味がよくわからない。

が僕のために作ってくれるものだからね。すごく楽しみだよ」

 言い忘れてた。

 そう付け加えて。
  の顎を長い指で捕らえて、柔らかな唇に甘いキスを落とした。





 翌日のイヴ。
 リビングに簡単にクリスマスの飾り付けをして。
 そして、二人で楽しく作った料理をテーブルに並べて、白ワインを開けて乾杯した。


「アルコールより僕に酔って欲しいな、

 料理がほとんどなくなり、ワインが半分以上なくなった頃。
 少しアルコールに酔った が周助の肩にもたれかかると、耳元で熱く囁かれた。
 周助は の返事を待たずに細い身体を抱き上げる。

「しゅ、周助?」

を酔わせていいのは僕だけだよ」

 色素の薄い瞳を細めて言う周助に は僅かに赤い顔を更に赤く染めて。
 周助のセーターを細い指先でキュッと掴んで、広い胸に顔を埋めた。



 周助に酔わされた が彼の腕に抱かれて意識を手放したのは、0時を過ぎて日付が25日になって1時間ほど経った真夜中だった。








END


※親友お薦めワインのイメージは【メルロー】です。
ワインについての知識はテーブルコーディネート資格を取得の際に学んだだけなので専門ではありません。
当然ながら捏造部分もありますし、勘違いな部分もあると思いますが、批難・苦情等はしないでください。

2006.01.08 修正/加筆

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