Happy Happy Birthday



 柔らかな唇から溢れた息が白く染まり、冷たい空気に溶けていく。
 去年はもう少し暖かかったのに今年は寒いな。
 風ですっかり冷たくなってしまった手に息を吹き掛けて、 は空を見上げた。
 
「どうしてるかな・・・」

 卒業式には帰国する。
 恋人がそう言ってアメリカに留学したのは、夏休み間近のことだった。
 プロテニスプレイヤーになるということが周助の夢であるのを は知っていた。
 高校に外部入学して、周助という人に出逢って。そして、彼に惹かれて。
 周助と付き合ってから、2年と少しの歳月が流れていた。
 留学の話を彼から聴いた時は、耳を疑った。
 けれど、彼の切れ長の瞳は真剣そのもので、痛い程の熱意が伝わってきた。
  は泣きじゃくりながらも、成田空港から彼を見送った。


『君の元へ僕は帰るよ』


 優しい笑顔を残して、彼は出国していった。


 その彼の誕生日が今日だった。もっとも、周助の誕生日は2月29日だから、28日である今日は本当の誕生日とは言えない。
 閏年でない年は、28日か1日に祝ってもらっていると周助から聴いていたから、去年と一昨年は28日と1日の両日でお祝いをした。
 
 でも、今年は・・・。

「29日になる瞬間に、周助に言いたかったな」

 28日と1日の間に確かに存在する29日の瞬間に、おめでとうと言いたい。
 高校生最後の年。大人に一歩近付く今日なら、一緒に過ごすことを許されるような気がしていた。
 それが無理なのはわかっていた。けれど、もしかしたら…という淡い期待をせずにいられない。
 お祝いの言葉は、メールでもカードでもなく、電話越しでもなく、直接言いたいから。
 今日、周助が帰ってきてくれたらいいのにと思う。
 春先の の誕生日、周助はお祝いしてくれた。それなのに周助の誕生日は一緒にいられない。
 それが悔しくて、すごく悲しい。
 とてもじゃないが、家でのんびりしていることはできなくて。
 学校は自由登校になっているから、気分転換がてら家を出てきた。
 だが、ウィンドウショッピングをしていても、美味しい紅茶を飲んでいても、何をしていても、周助のコトを考えてしまう。
 頻繁ではないけれど、周助はメールや電話でいつも連絡をくれる。
 だから淋しいとは思うが、悲しいと思ったことはない。それは本当だ。

「・・・・・・逢いたいよ、周助」

 白い頬を涙が伝い落ちていく。
 テニスに打ち込んでいる彼の重荷になりたくない。
 負担になりたくない。
 心配をかけたくない。
 だから耐えていたけれど、もう限界のようだ。
 溢れる涙を止める術などない。

「周助…周助…」

 白く細い手で口元を覆っても、嗚咽が溢れる。

「君はホントに泣き虫だね」

 耳に届いた声に、薄い肩が震える。
 涙で濡れる瞳を声のした方へ向けると、秀麗な笑顔の恋人が立っていた。
 どうして、と疑問を唇に乗せるより先に、周助の腕に抱きしめられる。
 微かに香るコロンの香り。
 温かいぬくもり。

「ただいま、

 耳に届く柔らかで落ち着いた声。
 五感の全てが幻でないことを告げている。
  は周助の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。

「おかえりなさ・・・っ」

 喉の奥が掠れて声がでない。
 それでも懸命に言葉を紡ごうとする が愛しくて。
 周助は細い身体を抱きしめる腕に力を入れた。
 
「ごめん。淋しい想いをさせたね」

 その言葉に、 はそんなことないとでも言うように、首を横に振って。
 ゆっくり周助を見上げた。
 黒曜石のような瞳は涙に濡れたままだが、口元を上げ微笑んでいる。

「謝らないで。周助の夢は私の夢でもあるの」

・・・」

 周助は色素の薄い瞳を僅かに見開いて、 を見つめた。
 傍にいられない間に、いつのまに君はこんなに強くなったのだろう。
 連絡はしていても、それほど長い時間はとれなくて、淋しい想いをさせていると自覚していた。
 それをわかっていても、テニスを捨てることはできなくて、それならば応援してくれている のために一日でも早く帰国しようと打ち込んでいた。

「強くなったね。 それに・・・すごくキレイになった」

「周助・・・」

 白い頬を赤く染める に、周助はクスッと笑って。
 しなやかな長い指を赤い唇にそっと滑らせた。

「三年は自由登校だから家にいると思って行ったんだ。 は出掛けたって のお母さんが教えてくれたから、もしかしてって思ってさ。
フフッ、正解でよかったよ」

  は何も言わず、周助の声に耳を傾けていた。
 彼はいつもと変わらない微笑みをしている。
 けれど、やっぱりどこか変わっているような気がする。
 そんなコトを頭の片隅でぼんやり考えていると、切れ長の瞳がスッと細められた。
 まっすぐに見つめられて、 の鼓動がどくんと跳ねる。

「学生生活最後の誕生日を君に祝って欲しい」

「それは勿論・・・だけど、学生生活最後って・・・」

 語尾を濁す に周助は頷いた。
 それは、 の言葉を肯定していると言ったも同然。

「うん。向こうでプロ宣言をしてきた」

  は驚きに瞳を瞠って、ついでふわっと微笑んだ。
 追い掛けていた夢がついに実現したことは、 にとっても嬉しい出来事。

「周助、お誕生日おめでとう。 それから、夢の実現おめでとう」

 瞳を潤ませて は周助を見つめた。

「ありがとう、

 周助は嬉しそうに笑って、柔らかな唇にキスを落とした。

「今年は29日になる瞬間に、 に傍にいてもらいたいんだ。
君がイヤでなければ、叶えてくれないかな?」

「・・・うん」

 真剣な声と真摯な眼差しは、偽りなど微塵もなくて。
 彼の本気が空気を伝って、 の胸の扉を叩いた。









「愛してる、 ・・・」

 熱く掠れた声に、 は白い頬を赤く染めて、嬉しそうに微笑んで。

「周助・・・愛してる」

 囁くように言うと、周助は微かに火照った身体を愛おし気に抱き寄せた。
 とくんとくんと脈打つ彼の優しい鼓動が、 の耳に届く。
 今更ながら、周助に抱かれたのだと思い返して、体中が熱くなった。

「クスッ。可愛い、

 甘くて熱い声が耳元で囁いて。
 熱くて深いキスで唇を塞がれた一一一。




 Happy Happy Birthday Syusuke...








END

 

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