一般的に考えると、19歳で結婚というのは早いのかもしれない。 昨年、プロデビューを果たし、スポンサーもついて、それなりの生活ができるようになったとしても。 けれど、二人が付き合い始めたのは、今から六年前。中学一年生の時だった。 二人が出会ったのはそれより前――というより、物心ついた時から一緒に育ってきた、いわゆる幼馴染というもので、ようやく結婚できたと言っていいくらいだ。 お互いの両親は反対しなかったし、周囲の友人たちも祝福してくれた。 周助は試合や遠征で家を留守にする日が多いが、オフの日は一緒にいられる時間を作ってくれているし、なにより周助といつでも一緒にいられるというのが一番嬉しいことだった。 News 明日は最愛の人の誕生日。 彼は閏年生まれで、四年に一度の本当の誕生日だから、年が明けてからずっと楽しみにしていた。 しかも今年は結婚してから初めて一緒に迎える誕生日なので、嬉しくて仕方がない。 試合で海外に行っていた周助は二週間前に帰国していて、今日はトレーニングに行っているが、明日は一緒に過ごすことに決まっている。 「うーん…周ちゃんの好きなケイジャン料理がいいかな、やっぱり」 ダイニングテーブルの上で料理本を繰りながらは呟いた。 パーティだから豪華な料理をと思い、パーティ向けの料理が載っている本を見ているのだが、これという料理が見つからない。 美味しそうだと思う料理はあっても周助の味覚に合いそうになかったり、日本では手に入りにくい食材を使っていたりするものばかりだ。 それはただ単にがいいなと思うものに関してなので、日本で作れない料理だけが載っていたりという訳ではないが。 「……あっ、これいいかも」 ケイジャン料理だけでは物足りないような気がして、更にページを繰っていたはあるページで手を止めた。 そのページに載っていたのは、サーモンのパイ包み焼きで、ホワイトソースが掛かっているものだった。 温かい料理だし、鮭は旬だし、パイ生地も何度か作ったことがある。本ではホワイトソースになっているが、これをチリソースにすれば周助好みの味になるだろう。 他のメニューはすでに決めているので、あとは周助が帰宅するまでに買い物をして、下料理をしておけばいい。 リビングの時計で念の為時間を確認して、はイスから立ち上がった。 その瞬間、急に気持ち悪くなり、は口元を押さえて洗面所へ駆け込んだ。 吐きそうと思ったのだが、なにも出てこない。だがなんだかムカムカしていて気持ち悪い。 とりあえず数回うがいをして、水を止めた。 気持ち悪くなるような物をお昼に食べただろうか、とお昼のメニューを思い出してみるが、心当たりはない。 どうしてこんなに急に気持ち悪くなるの?と色々考えて、はひとつのことに思い当たった。 まさか、と思った。けれど、考えてみたら二ヶ月来ていない。 「周ちゃんに言って一緒に…」 は一人ごちて、自分の言葉を否定するように首を横に振った。 彼に言ったらすぐに一緒に行こうと言ってくれるだろう。 だけど、本当に赤ちゃんができていたら、無理をするなとパーティの用意をさせてもらえないかもしれない。 それだけは嫌だ。本当にとても楽しみにしているのだから。 幸いにして悪阻は軽いようだから、あまり無理をしなければ大丈夫な筈。 そう結論づけて、これから産婦人科に行って妊娠していたら、明日のパーティの時に周助に報告しようと思いながら家を出た。 「ただいま」 あたりが暗くなり始めた頃、夫である周助が帰宅すると、廊下とリビングを隔てる扉を開けて、が姿を見せた。 「おかえりなさい、周ちゃん」 玄関先まで出迎えたの頬に、周助はキスをして柔らかく微笑む。 「お疲れ様でした。ご飯にする?お風呂にする?」 「」 「えっ?」 「にする」 そう言って周助がにっこり微笑む。 最近になってようやくわかってきたのだが、周助が口元を僅かに上げて微笑む時は、わざとやっていることが多い。もっとも、本気で言っている時もあるので、外れることもあるのだが。 「わかった、お風呂ね。じゃ、その間にお夕食の準備しておくね」 は首を傾けて愛らしく微笑むと、周助のスポーツバッグを持って脱衣所へ向かった。 周助は色素の薄い瞳を一瞬軽く瞠って、それからクスッと笑った。 「残念。だけど明日は休みだから…ね」 そう呟いて、スポーツバッグから洗濯物を出して洗濯機に入れているだろうのいるバスルームへ足を向けた。 2月29日になった瞬間に周ちゃんにおめでとうを言いたいの、と言った可愛い妻のわがままを叶えるべく、二人はベッドの中で深夜まで起きていた。 お祝いを言ったあと、すぐ眠れなくて話をしていたので、眠ったのは午前1時過ぎていた。 そのために朝はいつもより遅い時間に目を覚ました。 はお昼に周助のバースデイパーティをするつもりでいたのだが、少しばかり寝過ぎてしまったので、朝食を食べてから用意すると正午は過ぎてしまいそうだった。 目覚まし時計を見てどうしようかと思案していると、後ろから抱きしめられた。 「どうかした?」 耳のすぐ近くで響いた声がくすぐったくて少し身をよじったは、周助に黒い瞳を向けた。 「周ちゃんのバースデイパーティ、お昼にしようって思ってたんだけど、時間が中途半端かなって」 料理の下ごしらえはしてあるのだが、パイ包みやケーキは焼くのに時間がかかるし、オーブンに一緒にいれられない。その他に、メインディッシュとサラダを作る予定だ。 四年に一度しかない、しかも誰よりも大好きな人の誕生日を祝うのに、適当なものを作りたくない。 は外見も雰囲気もほわほわと柔らかいのだが、実は意外に頑固だったりする。とはいえ、彼女が頑固になるのはごく稀なので気づいている人は少ない。 当然ながら周助は彼女のことを彼女以上にわかっているので、の言葉が何を指しているのかすぐに理解した。 「それならブランチにしたらどう?もちろん僕も手伝うよ」 「え…いいの?周ちゃんお腹空いてない?」 「うん、平気だよ」 優しく微笑む周助に、は花が咲いたように微笑んで、周助にぎゅっと抱きついた。 「ありがとう、周ちゃん。大好き」 少女のように無邪気に喜ぶに周助はクスクス笑って、柔らかな唇に口付けた。 それから二人は仲良くパーティの用意を始めた。 周助は普段ほとんど料理をすることがないので、手伝うと言った手前、あまり役に立たないと思っていた。 けれど、が「周ちゃんが手伝ってくれて嬉しい」と笑顔で言ってくれたので、それに安心した。 昨日から料理の下準備をがしていたので、周助が手伝ったのはパイでサーモンを包むのとトマトソース作り、サラダに使うレタスを千切ったり胡瓜と玉ねぎを切ったりしたくらいで、ほとんどが作ってくれた。 「周ちゃん、パイの様子見てくれる?それで生地がキツネ色になっていたら出して欲しいの」 誕生日にはケーキがなくちゃ、と思っていたのだが、スポンジケーキを作る時間がないのでスフレを焼くことにしたが、メレンゲを泡立てながら周助に声をかけた。 「わかった」 周助はそう返事をして、後片付けを中断してオーブンを覗く。 ガラス張りのドアから中を見ると、パイ生地が黄金色に色づき、生地から小さな泡が弾けていた。 オーブンを開けると、パイ生地の焼けたいい香りが広がった。火傷をしないようにミトンをして、焼けたものを取り出す。 「あ、周ちゃん、オーブンの温度180度に下げておいて」 「180度だね」 確認しながら周助は手に持っているオーブン皿をテーブルに置いて、オーブンの設定温度を言われた温度に下げた。 「、他に僕が手伝えることある?」 何かを混ぜているを見て、いつもこうやって作ってくれてるんだよね、と改めて嬉しい気持ちになりながらで訊くと、すぐに返事があった。 「うん。これをオーブンに入れたら終わりだから、お料理運んでくれたら嬉しいな」 そう言って微笑むに周助は「うん」と頷いて、料理を盛り付けた皿を食事する場所へ運んだ。 食事は毎食ダイニングでするのだが、今日は違う。 今日は五年前にした約束を実行できる日だから。 スフレ生地をココット皿に詰めて、オーブンの天板に並べる。そして天板に湯を注いで、温まっているオーブンへ入れた。 キッチンタイマーで時間をセットしたは、使った道具をシンクに片付けて湯を張った。料理が冷めてしまったら無意味なので、洗い物はあとでまとめてやるつもりだ。 「あとはワインとグラスでしょ…あ、栓抜きも。それから…」 スフレが焼きあがるまでにテラスに用意しておくものを確認しながら、は必要なものをテーブルに出していく。 が何も言わなくても周助がほとんど運んでくれたので、は焼きあがったばかりのスフレを持って、周助の待っているテラスに向かった。 「周ちゃん、お待たせしました」 周助の前に湯気を立てたスフレを置いて、は彼の前に腰を下ろした。 テーブルの上には二人で楽しく作った、シーフードガンボ、サーモンのパイ包み焼きチリソース、サラダ、白ワインが並んでいる。 席に着いたは正面に座っている周助ににっこり微笑む。 「周ちゃん、20歳(はたち)のお誕生日おめでとう。 今年も一緒にお祝いできて嬉しい」 「ありがとう、。僕も嬉しいよ」 色素の薄い瞳を細めて嬉しそうに微笑む周助に、はあのね…、と切り出した。 「今年はプレゼントがふたつあるの」 「今年はって、毎年ふたつ貰ってるよね?」 バースデイプレゼントと料理。 このふたつを付き合い始めてから毎年貰っている。 ちなみに付き合う前までは、毎年バースデイプレゼントを貰っていた。 「あ、周ちゃんの中ではそうなんだ。じゃあ、今年はみっつあります」 彼の言う『ふたつ』がバースデイプレゼントと料理を差しているのだとわかり、言葉を訂正する。 だが周助は意味がわからず、首を傾げた。 は一回小さく息を呑んで、柔らかな唇を開いた。 「…赤ちゃんができたの」 「えっ?」 周助が切れ長の瞳を見開いて、驚いた表情で立ち上がる。 滅多にみられない彼の表情には一瞬驚いて、そして照れたように笑った。 「赤ちゃんができたニュースがみっつ目のプレゼントなの。周ちゃん、喜んでくれる?」 「うん、もちろん。すごく嬉しいよ」 ありがとう、。幸せで溶けてしまいそうだよ…。 周助はの背後に移動して、細い身体をぎゅっと抱きしめて耳元で囁いた。 「……ところで。妊娠してるってわかってて、無理したね?」 先ほどの甘い声とは打って変わり静かになった声に、は後ろを振り向いた。 周助がこう言うだろうと思っていたけど、それにはちゃんと理由がある。それを彼の目を見て言いたい。 「だ、だって周ちゃんのお誕生日だし、四年に一度だし、周ちゃんとの約束やっと実行できるんだもん」 だから昨日わかったけど黙ってたの。ごめんなさい。 一息にしゃべって、そして小さな声で付け加えた。周助が心配して言ってくれているのがわかるから。 しゅんと項垂れるのみどりの黒髪をさらりと撫でて、周助はの頬にキスを落とす。 「そんな可愛いことを言われたら怒れないね」 「周ちゃん…」 「でも罰としてからもうひとつプレゼントを貰おうかな」 「え?」 「からキスして。もちろん口に、ね」 フフッと楽しそうに笑う周助をは上目遣いに見つめて白い頬を赤く染めた。 「…周ちゃん、目瞑って」 返事の変わりに周助は色素の薄い瞳を閉じた。 は周助の頬にそっと手を添えて、背伸びをしながら唇へキスをした。 そして軽く触れて離そうとした瞬間、後頭部を抱きしめられて深いキスをされた。 「しゅ…ちゃ…」 ようやくキスから開放された頃には、の息は上がっていた。 「、あんまり僕を煽らないでよ。しばらく君を抱けないんだから」 周ちゃんのせいでしょ。 そう抗議したくても弾んだ息では言えなくて、は周助を黒い瞳で睨んだ。 けれど、それは全く効果がなかった。 周助は無言の抗議を微笑みでかわした。 「まだ言ってなかったね」 「な…にを?」 「最高のバースデイプレゼントをありがとう、」 心底嬉しそうに微笑む周助に、は顔にはにかんだ笑みを浮かべた。 一段落して始めたパーティは、スフレが冷めてしぼんでしまった上に、料理も少し冷めてしまい温め直すことになってしまっては言うタイミングを間違えたと後悔したが、周助が二人で作った料理を美味しいと言ってくれておかわりもしてくれたので、幸福で楽しいものになった。 その夜。 今度のの誕生日に、どんなニュースを用意しておこうかな? 周助は静かな寝息を立てて眠っているを見つめながら心の中で呟いて、楽しそうにクスッと笑った。 END BACK |