淡いオレンジ色に染まっていく空の下。
 定時きっかりに退社した は、恋人との待ち合わせ場所へ向かっていた。
 デートの約束をしたのは、土曜日の夜。
 
『14日の夜、空けておいてね』

 一人暮らしをしている のマンションに遊びに来ていた不二と食事をして。
 食後のお茶を淹れて、二人でゆっくり過ごしている時、ふいに言われた。
  がきょとんとした瞳をすると、不二は楽しそうにクスッと笑って。

『いつもの所で18時に待ってるよ』

『え…うん、わかった』



For you...



 静かなピアノのメロディーが響く室内を見回すと、窓際に彼の姿を見つけた。
 その瞬間。
 洋書を読んでいた不二が視線に気付き、色素の薄い瞳を に向け、目元を和らげて微笑んだ。
  は手を振って応えて、不二の待つ席へ向かった。

「早かったね、

「定時きっかりに上がってきちゃった」

 小さく舌を覗かせて、 はふふっと笑う。
 春の日だまりのように優しく、心が和む彼女の笑顔に、不二は愛おし気に瞳を細めて。
 口元にしなやかな指を当て、フッと微笑した。

 オーダーを取りにきた店員にカプチーノを注文して。
  は不二の向かいに腰を下ろした。

「それにしても、周助も早いわね。待ち合わせは18時だったでしょ?」

「卒業式も終わって学校がないから暇だったし。
 なにより、早く君に逢いたかったからね」

「…っ」

 口説き文句のような不二のセリフに は赤面して、声を詰まらせた。
 さらり、と甘い言葉を口にする恋人には、いつまで経っても慣れそうにない。

「お待たせいたしました」

 タイミングがいいのか悪いのか。
  が注文したカプチーノが運ばれてきた。
 
「失礼いたします」

 伝票を置いて一声掛けた店員は、席を離れていった。
 柔らかな笑みを浮かべている不二から意識を逸らすかのように、 はカップに口をつけた。
 シナモンの芳香とコーヒーの苦味が口の中に広がる。

「…なに?」

 視線を感じて、 は黒曜石のような瞳を不二に向けた。

「ん?なにが?」

 にこやかに切り返されて、 は胸の内で溜息をついた。
 常々、不二には適わないとそう思う。
 彼の笑顔の前には、どんな言葉も効果がない。

「ねえ、周助。これから食事に付き合って?私、お腹空いちゃった」

 彼に適わないから、ささやかながら我が侭を言ってみる。
 けれど、付き合ってと言っている以上、誘っている訳で我が侭ではない。
 そのことに は気付いていない。

「フフッ、いいよ。 でもその前に一一一」

「その前に?」

 なあに?というように首を傾けると、不二は掌サイズの箱を に差し出した。

「僕からのお礼。今日はホワイトデーだからね」

「私に? ありがとう、周助」

 贈り物を受け取って嬉しそうに微笑む に、不二も微笑みを返して。

「どういたしまして」

「開けてみてもいい?」

 顔にドキドキと書いて訊いてくる恋人に、不二はクスッと笑って。
 
「勿論いいよ」

 白く細い指で桜色のリボンを解いて、白い箱の蓋をそっと開けた。

「・・・キレイなブルー」

 感嘆に溜息をついて。
 視線を箱の中で輝きを放つ物から周助へ向けた。

「気に入ってくれた?」

 首を傾げて訊いてくる不二に頷いて、 は花が咲くように微笑んだ。

「ありがとう、周助。ずっと大切にするわ」

「フフッ。 が喜んでくれて嬉しいよ。 ねえ、つけてみせて?」

 その言葉に頷いて、 はキラキラと光るアクセサリーをそっと手に取って。
 利き手とは逆の左手首に、ラピスラズリのついたブレスレットをつけた。

「どう…かな?」

 左手を見せるようにして首を傾ける に、不二は瞳を細めて微笑んで。
 白く細い手を自分の方へ引き寄せた。

「うん、想像以上に似合ってる」

 可愛いよ、

 不二が甘く囁く。
 可愛いと言われるよりも綺麗だと言われる方が嬉しい。
 けれど不二が誉めてくれるなら、綺麗でも可愛いでもどっちでも嬉しいから。
  は白い頬をほのかに桜色に染めて微笑んだ。

「ありがとう。嬉しいわ」

 


 ラピスラズリは幸運の石

 そして宝石言葉は一一一

 
『永遠の誓い』


 

一一一

 僕の愛は永遠に君だけのものだよ」





 薄れゆく意識の中、耳元で熱く掠れた声が囁いた。








END


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