放課後の部活が終わり、不二は友人たちと正門へ向かっていた。 
 空は明るく、夕方という感じがしない。
 まだ本格的な夏には遠いが、数日もすればもっと蒸し暑くなるだろう。

「不二先輩も行きませんか?」

「え?」

 手塚と話をしていると、前を歩いていた後輩の桃城が振り返り、声をかけてきた。
 話の筋が見えない不二は問うように首を傾げる。

「七夕祭りだよ。不二も一緒に行こうにゃ」

 人なつこい笑みを浮かべる菊丸に不二は頷きかけて、切れ長の瞳を僅かに瞠った。
 不二の瞳が自分を素通りしていることに気付き、菊丸が背後を振り向く。

・・・」

「わっ、美人〜」

 不二の声と菊丸の声が重なった。
  は不二に気付いて、柔らかく微笑んで手を振る。

「あの人、不二の知り合い?」

 興味津々と顔に書いた菊丸に不二はクスッと不敵に笑って、色素の薄い瞳を僅かに細めた。

「僕の恋人だよ」

 不二は自分のセリフに言葉を失って絶句する菊丸の肩を軽く叩く。
 それはまるで「残念だったね、英二」と言っているようだった。

「悪いけど、先に帰らせてもらうよ」

 友人たちに向けてそう言うと、不二は駆け足で のところへ向かった。




想い出の場所で






「お疲れさま、周助。 急にごめんね」

 眉を曇らせる に、不二は首を横に振った。
 そして、白く細い手を取り、指を絡めるように手を繋いだ。

「気にしないでいいよ。僕は嬉しいから。
  が学校に迎えに来てくれたのは初めてだしね」

 首を傾げてフフッと微笑む不二に、 は安心したように微笑み返す。
 
「明日、学校は休みよね?」

「うん。日曜日は部活があるけど、今日と明日は一緒にいられるよ?」

 自分の考えを見透かしているかのように不二が微笑む。
 そんな恋人に は適わないなあ、と胸の内で呟いて。

「周助と七夕祭りに行きたいなと思って待ってたの。
 それからね・・・家で一緒に夕食したいな…て思ってるのだけど」

 ダメかしら?

 黒曜石のような瞳でそう訊いてくる恋人に不二は瞳を細めた。
 見上げるようにして言われて、不二は抱きしめてしまいそうな衝動を押さえる。
 人気がなかったら、間違いなく抱きしめてキスしていた。
 そんな彼の心情が にわかる筈もなく、彼女は不安そうに不二を見つめている。
 こういう顔も可愛いんだよね、 は‥‥。
 そう心の中でごちて、不二は口を開いた。

と七夕祭りに行くのって久しぶりだよね。
 それに、 の手料理を食べるのも、ね。フフッ、楽しみだよ」

「よかった。あ、でも、帰るの遅くなっちゃうけど、平気?」

「そんな心配しなくても平気だよ。僕は男だしね。
 だけど、そうだね・・・ のトコに泊まるっていうのはダメかな」

 その言葉に の白い頬が瞬時に赤く染まる。

「と、泊まるって・・・えと・・・」

 動揺の隠せない に不二はクスッと笑って。

「何もしないよ。だから、あなたの隣に一秒でも長くいさせて?」

 周助の言葉は、周助の瞳は、信じられる。
 彼はいつでも、 の気持ちを優先してくれる。
 それをよく知っているから。だから、信じられる。
  はコクンと頷いて、恋人の腕にとん、と頭を預けた。

「・・・私も周助といたい」

 耳に届いた小さな声に、不二の笑みが深くなる。

 想いが通じ合ってから約二ヶ月。
 幼馴染みだから知らないことはないけれど。
 でも離れていた時間が長いから、もっとずっと一緒にいたいと思う。
 ずっと一緒にいて、この温もりを感じていたい。







 七夕飾りで彩られた商店街を抜けて、二人は近くの神社へ向かった。
 神社には大きな竹が飾られていて、願いごとを書いた短冊を捧げることができる。
 あとできちんとお炊き上げされるということもあって、今年もたくさんの短冊がさげてあった。
 不二と も短冊に願いごとを書いて、短冊をさげた。

  の願いごとは、小さな時から変わっていない。
 そして、不二の願いごとも、ずっと変わっていない。
 
「ねえ、 。あそこ、行ってみない?」

  は黒曜石のような瞳を一瞬瞠って、そして嬉しそうに微笑んだ。
 そこを見つけたのは、今から十年以上前のこと。
 それから毎年、そこに行っていた。ふたりだけで。
 七夕祭りには、周助と彼の姉と弟、そして の4人で来ていたが、その場所を知っているのは周助と のふたりだけだった。
 考えてみれば、あの頃から好き合っていたのだ。
 ただ、想いを言葉にすることがなかっただけで。



「キレイに見えるかしら?」

 緩やかな丘を不二と手を繋いで上がりながら訊く。
 空は暗くなっていて、星影が見え始めていた。

「今日は晴れていたから、見えると思うよ。それに‥‥」

「それに?」

「あなたと来る時はいつも見えていたから、今日も見えるよ」

 色素の薄い瞳を細めて笑う恋人に はくすぐったそうに微笑み返した。
 道なりに歩いていくと見晴らし台のような所にでるのだが、そこの手前にある脇道へ入る。
 外灯がない上、木々に囲まれているから暗い。けれど、ここを抜けると見晴らしのいい場所で出られる。
 暗闇に目が慣れてきた頃、星影が瞬く空が見えてきた。
 漆黒の空にミルキーウェイが見える。
 白い川の中に、いくつもの星が煌めいていて幻想的だ。

「周助の言った通り‥‥」

 キレイに見えるわ。
 そう続く筈の言葉は、喉の奥に消えた。
 天の川から恋人に視線を滑らせると、見たことのない微笑みを浮かべた恋人がいたから。
 その微笑みは柔らかに包み込むようで、切れ長の瞳は愛しさに溢れていて。
 胸が高鳴って、熱くて蕩けてしまいそうだ。
 瞳を逸らせずにいると、甘くて熱い声が耳に届いた。

と観るのが一番キレイに見える」

 嬉しいけれど、恥ずかしくて。
  は俯いた。
 そんな彼女を愛しく思い、不二の顔に笑みが浮かぶ。

「ずっと願っていた。・・・あなたと一緒に七夕を過ごしたいって」

 願っていた。
 幼馴染みという関係じゃなく、恋人として―――。

 ぎゅっと抱きしめられて耳元で囁かれた声に、言葉では言い表せない幸福を感じて。
  は不二の広い背中に腕を回して、彼の胸に顔を埋めた。

「私も・・・一緒にいるのは周助がいい」

 彼の腕の中で顔を上げると、嬉しそうな微笑みが瞳に映った。
 不二が白い頬に手を添えると、 は瞳をそっと閉じた。
 








END


BACK