Game and set




 晴れ渡る空の下、歓声と熱気が会場を埋め尽くしている。
 それが今、最高潮に達していた。
 それもそのはずで、劣勢だった不二が新境地を見せ、対戦相手の白石に追いつき、ゲームを取り返していた。
 ゲームカウントはシックスオールだが、ポイントはラブフォーティー。
 マッチポイントに王手をかけたのは不二だった。

「不二先輩、今度は逆に王手だー!」

 一年生トリオの叫び声があたりに響くと、応援は一層大きなものとなった。
 そこからわずかに離れた場所に、青学レギュラー陣と一緒にコートで戦う不二を応援しているの姿があった。
 白い手は祈るように胸の前で組まれている。
 赤く色づく唇をかみ締めて、ただ一途に彼の勝利を信じて応援している。
 
「・・・あとワンポイント」

「うん」

 少し震えたの呟きに、隣にいる大石が頷いた。

「周くん・・・」

 黒曜石のような瞳に映っているのは、ファイナルカウンターを打つ不二と、それを攻略していく白石の姿。
 互いに一歩も引かず、ゲームを制そうとしているのがわかる。
 試合が始まる前に、乾が言っていた。「白石はテニスのバイブルと呼ばれている」と。それは彼のテニスが完璧であるという意味らしい。
 けれど、白石がどのように呼ばれていようと、が信じているのは、不二。
 圧倒的な力の差を見せ付けられても立ち上がり、得意のトリプルカウンターを進化させた、彼。
 試合の中で新しいカウンターを生み出した、青学の誇る天才と周囲に言わしめる、不二周助。
 応援することしか、見守ることしかできない。信じて応援することしかできない。
 だから、審判のコールが響く最後の瞬間まで、彼を信じている。

「不二のファイナルカウンターが返された!?」

「な、なんてヤローだ!」

 誰かが叫んでいるのが耳に届いた。
 周囲がざわめきに満ちていく。白石が数球でファイナルカウンターを破ったのだから無理もない。
 手が、足が、戦慄に震える。
 白石は返したボールが不二に拾われないよう、わざとコードボールにしている。
 ただ返しているのではないことが、心に不安を広げていこうとした瞬間。
 コードボールを不二が『ヘカトンケイルの門番』で返した。
 わあという感嘆の声が青学ベンチから一斉に上がった。
 の祈るように組まれた指に力がこもる。

 あとワンポイント。
 きっと・・・絶対に周くんが勝つ。

「もう完全に攻略している!!」

 大石の叫びがの耳を打つ。
 けれど、彼女は信じている。
 不二が―――彼がこのまま終わるわけない。

『このチームを全国優勝へ それが僕の願い!!』

『だから絶対に負けられないんだ!!』

 心の内をあまり見せない不二に、青学メンバーの誰もが驚いた。
 はそんな姿の彼がとても愛しくて。いままでよりもっと彼を好きになった瞬間だった。

 彼の願いを、彼の勝利を信じてる・・・。

 白石のコードボールを不二が打ち返した。
 打球は逆に弧を描き、上っていく。

「よしアウトや。勝ったで白石ぃー!!」

 四天宝寺ベンチから勝利を確信する声が白石の耳に届いた。
 だが打球を振り返った白石は驚愕に目を瞠った。
 上昇したボールが急降下してくる。
 白龍だ。白鯨と違い、あのカウンターは返せていない。
 青学サイドが不二の勝利を確信した。
 急降下したボールがバウンドし、鋭く曲がってコートの外側へ飛んでいく。
 だが―――。

「アウト!! ゲームセット…ウォンバイ白石セブンゲームストゥシックス!!」

 ゲーム終了を告げる審判の声が上がったのと同時に、白い頬が雫に濡れ始める。

「・・・っ・・・・・・ッ」

 嗚咽が漏れないように口元を押さえているのに、それでも抑えられない。
 悲しみに染まった黒い瞳から溢れる涙は止まることなく、頬を濡らしていく。

さん・・・」

ちゃん・・・」

 大石と菊丸の気遣う声が届くが、返事ができない。
 コートの中では、倒れた不二に白石が握手を求めている。
 疲労を浮かべている不二に「お疲れさま」と声をかけたいのに。
 すごく悔しくて、悲しくて。
 そんな自分以上に、彼は悔しくて辛いに違いない。
 そうわかっているのに、涙は止まらなくて。
 不二の姿がにじんでいく。

「強いな…お前」

「君もね」

 コートのネット越しに握手を交わす白石と不二に、称賛の歓声が上がる。
 試合は負けてしまったけど、これで終わりではない。
 四天宝寺を破って、決勝に進む。そして、優勝する。先が、ある。

「不二先輩、お疲れ様っス」

「お疲れさん、不二」

「不二、お疲れさま」

 試合を終えてベンチに引き上げた不二を、労いの言葉をかけてメンバーが迎える。
 みんなが声をかける中、だけは動けずにいた。
 「お疲れさま、周くん」と声をかけたあと、また泣いてしまいそうで。
 せっかく止まったのに泣いてしまったら、彼が困ってしまう。

…」

 大好きな声が耳に届いて、は不二へ瞳を向けた。

「・・・・・・」

 何も言えずにそっと視線を外すと、少し汗ばんだ大きな手が頬に伸びてきた。

「目が赤い。・・・泣いてたんだね」

 不二の言葉には素直に小さく頷いた。
 そんな彼女を見て、不二は色素の薄い瞳をそっと細める。
 とても彼女が愛しくて、素直に感情を顔に出す彼女だから、きっと・・・。
 心が惹かれてやまない。

「僕を信じてくれてありがとう」

 柔らかな声が聞こえて、ははっと顔を上げた。
 黒曜石のような瞳に、泣いているような笑みを浮かべた恋人の顔が映る。
 悔しいのは、辛いのは、悲しいのは、彼の方だ。
 彼が落ち込んだり、悲しんだりしている時は、支えたい。
 そう、決めていた。

「お疲れさま、周くん」

「うん」

 先ほど用意したユニフォームと同じ色のタオルを不二に手渡す。
 不二はタオルへ右手を伸ばして受け取り、左腕で華奢な身体を引き寄せて抱きしめた。

「―――少しだけ」

 掠れた声に、は不二の腕の中で小さく頷いた。






END

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