一緒に・・・




 空が黄昏色から藍色へ変わる中、部活を終えた不二は仲間の誘いを断って、恋人の家に向かっていた。
 ハロウィンを一緒に過ごしたいの、と彼女から言われて、二つ返事でオーケーした。
 もし彼女から声をかけられなくても、不二はデートするつもりでいたけれど。
 なぜなら、今日はいつもより早い時間に部活が終わるコトになっていたから。
 社会人のと学生の不二。二人きりで過ごせる時間は限られてしまう。それならばできる限り一緒にいたい。
 
「・・・が好きなのを買っていこうかな」

 不二は足を止めて呟いて、目の前の店へ足を運んだ。
 店の外の鉢植えも、店内の切花も手入れが行き届いており、どれも質がよく瑞々しいものばかりだった。
 少し時期はずれだが、切花ならあるだろう。

「いらっしゃいませ」

 温度調節されたガラスケースの中を覗いていると、明るい声が聞こえた。
 視線を動かすと、竜胆の鉢植えを手にした女性がいた。
 母と同じくらいの年齢だろうか。店主らしい女性は朗らかに微笑んだ。



 青紫と白の桔梗をプレゼント用の花束にしてもらい店を出た。
 、喜んでくれるといいな。
 色素の薄い瞳をそっと細めて、恋人の顔を思い浮かべる。
 彼女は一瞬驚いて、それからふわっと優しく微笑むだろう。
 友人の菊丸や乾、後輩の桃城は彼女の笑みが美しいというけれど、不二は美しいというよりも可愛いと思っている。
 それはたぶん、彼らと自分の立場が違うからだ。彼らから見たは年上の女性だけれど、不二から見たは大切な幼馴染で、ずっと想い続けていた最愛の人だから。
 の家に着いた不二は、テニスバッグから鍵を取り出して玄関のドアを開けた。
 少し遅くなると思うから、部屋で待っていてくれる?
 そう言ってから合鍵を受け取ったのは、約束をしたのと同じ、先週の日曜日のコトだった。
 ココには何度か来ているし、泊まったコトも何度かある。けれど鍵を開けて入るのは初めてで少し緊張する。
 あたり前だが、のいない部屋は薄暗かった。不二は部屋に入って、電気をつけた。
 を驚かせたいから桔梗の花束は死角に隠し、テニスバッグをテーブルの横に置いて、背もたれのあるソファに座った。
 近くの道を車が通り過ぎていく音、微かな風の音、マツムシや鈴虫の鳴き声が聴こえる。
 ―――静かだ。

「・・・あと一年半か・・・」

 長いのか短いのかわからない。けれど、それ以上待たせるつもりはない。
 一人でいるコトが寂しいというのを、改めて実感したから。
 不二は決意するように、見つめていた自分の右手で拳を作った。
 その時、小さな音が耳に届いた。それは玄関の鍵を開ける音。

「おかえり、。仕事お疲れ様」

 不二が柔らかく微笑んで迎えに出ると、の顔にはにかんだ笑みが浮かんだ。
 ほんのりと赤く染まった頬は寒さのせいだけではない。

「ただいま。周助も部活お疲れ様」

、荷物置いて着替えておいでよ」

「うん、そうするわ」

 脱いだパンプスを揃えると、は寝室に使っている部屋へ入った。
 彼女の後姿を見送って、お茶を淹れるためにキッチンへ足を運んだ。
 やかんに水を汲んで火にかけて、食器棚からカップを取り出して調理台へ置く。
 コーヒーか紅茶か悩んでいるところへ、着替え終わったが姿を見せた。

「ありがとう、周助。お湯を沸かしてくれてたのね」

「このくらいはね。 なに淹れる?」

「うーん・・・コーヒーの方が合うかしら?」

「合うって?」

 不二が問うように首を傾げる。
 はコーヒーより紅茶が好きなコトを知っている。
 彼女の両親はコーヒーが好きなのだが、幼い頃から不二家で過ごすコトが多かったは紅茶が好きなのだ。
 
「今日はハロウィンでしょ?だからね・・・」

 言いながら、冷蔵庫を開けてケーキドームを取り出す。
 ケーキドームの中には、オレンジ色のパイが入っている。

「昨日焼いたの?」

 姉が時々ラズベリーパイを焼いてくれるのから、パイ作りは時間がかかるのを知っている。
 朝は時間がないだろうし、の性格から考えて日曜日に焼いているとは思えない。
 ということは、昨日は仕事だから、夜に作ったコトになる。

「ええ、雰囲気でるかなって思ったし、今日は周助と一緒にゆっくりしたいなって」

 微笑むに、不二は色素の薄い瞳を細めた。

の気持ちはすごく嬉しいけど、僕はあなたと一緒にいられるだけでいいんだ。
 だから、あまり無理はしないで欲しい」

 先ほどは気づかなかったが、目元にほんのわずかだがクマが見える。
 なんでもない振りをしているが、寝不足なのが見てとれた。
 黒い瞳の下を指でそっと触れる。

「・・・少しでも周助に喜んでもらいたかったの」

 紡がれた声は震えていて、黒い瞳は揺れていた。

「ごめん。あなたを泣かせたかったわけじゃない。ただ・・・」

「いいの、わかってるから。周助が心配して言ってくれてるって」

「・・・美味しそうなパイだね」

 優しく微笑む不二は、自分の気持ちをわかってくれてる。
 彼の穏やかな眼差しが、そう告げている。

「愛情いっぱいこめ・・・あっ、沸いてる」

 シュンシュンと白い湯気が出ているヤカンを見てが声を上げた。
 ガス台に近い不二が火を弱める。

「もう一回、言って?」

「え?」

 きょとんとした顔でが首を傾ける。
 不二はクスッと微笑んで、白い手からケーキドームを取り挙げて傍らの調理台に置いた。

「愛情の続きは?」

「・・・いっぱいこめて作ったの」

「フフッ、嬉しいよ」

 華奢な身体を抱き寄せて、柔らかな唇にキスを落とした。
 そっと唇を離すと、は白い頬を赤く染めて不二から視線を逸らした。

「・・・周助。パイを持ってリビングで待ってて?お茶を淹れて持っていくから」

「うん。皿とフォークも持っていくよ」

「ありがとう。 あ、周助」

「ん?なに?」

「やっぱり紅茶でもいい?」

「クスッ、いいよ」

 不二は皿とフォークをテーブルに置いて、ソファの近くに隠した花束を手に取って。
 紅茶を淹れている恋人を愛しげに瞳を細めて見つめた。






END



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