Sunset Beach




 引いては返す波の音が、静かに響いている。
 波の弾けるザザンという音は、まるで音楽を聴いているようだ。
 遙か彼方まで広がる、大海原。
 昼間のそれは深く澄んだ青色だが、今見ているそれは、柔らかなオレンジ色に染まっている。
 あと一時間程経てば、太陽は海の中へ沈むように見えなくなるだろう。
「キレイね…」
 砂浜の上を二人は手を繋いで歩いている。
 二人の足跡は、浜辺へ降りる階段からずっと続いていた。
「クスッ、そうだね」
 優しい夕陽に輝く海に、は何度もキレイと繰り返している。
 不二もその通りだと思っているし、彼女の気持ちがわかるから、楽しげに相槌を打っていた。


 今日、2月29日は閏年にしかない不二の誕生日だ。
 不二自身は本当の誕生日だからと言って、特別だとは思っていなかったが、誰よりも大切にしている恋人と過ごしたいと思っていた。
 彼女は不二とゆっくり過ごしたいから、と今日と明日、有給を取ってくれた。
 そのことは前もってが言ってくれていたので、デートの予定を立てていた。

「何か特別なコトをしなくても、が隣にいて僕に微笑んでくれるだけで嬉しいよ」

 そう言ったらは照れたように、でも嬉しそうに瞳を細めて微笑んでくれたのは、一週間前のこと。
 けれど、が言った。
 春の海辺でデートをしましょう、と。
 だから二人で海へデートに来ている。


 沈黙している時間さえ、心地いいと思う。
 もちろん、話をしている時の方が数倍いいのだけれど。

 数分前から、は不二から目が離せないでいた。
 淡いオレンジ色に染まっていく白い雲。濃いオレンジ色に染まり、夕陽を弾いて輝く海。

 青い海も似合うけど、夕陽の海も似合ってる…

 色素の薄い髪が夕陽に照らされ金色に輝いていて眩しい。
 あまりにも絵になっていて、眩暈がする。

「…僕の顔に何かついてる?」
「…ッ」
 不意に顔を覗きこまれて、は飛び上がるほど驚いた。
 見とれていた秀麗な顔が間近にあって、心臓の鼓動が早さを増す。
 かあっと白い頬を赤く染めて慌てるに、不二は切れ長の瞳を細めてクスッ微笑む。
「…ゆ、夕陽も似合うなあって思って…」
 不二に隠し事ができないは、素直に言った。
 言わなかったら、不二は言わせようとするに決まっている。
 必ずそうするわけではないけれど、この状況でそれは確実だ。
 あの声で耳元で甘く囁かれたら降参せざるを得ない。
「フフッ、光栄だね」
 首を傾けて不二が柔らかく微笑む。
「あっ…」
 微かに吹く潮風に、金色に見える色素の薄い髪がサラサラなびく。
 オレンジ色の光が彼の斜め後ろから差している。
 とても素敵で、目が離せない。
 この瞬間を残しておけたらいいのに…。
 そう考えて、はハッと気づいた。
「…周助」
「ん?」
「記念にしちゃダメ…かな?」
「記念?」
 不二の言葉にはコクンと頷いて、彼を見上げた。
「あの、ね…周助の写真が欲しいなって…」
が僕を撮ってくれるの?嬉しいよ」
 嬉しそうに瞳を細める不二に、はホッとしたように微笑む。
 不二はジャケットからカメラを取り出して、に手渡した。
「…周助を撮れるのって…」
 私だけの特権かな?
 波の音に消えてしまいそうな小さな声が、耳に届いた。
 光の加減で金色に見える瞳が一瞬だけ丸くなり、すぐに細められる。
「そうだよ。たとえば…」
「たとえば?」
「ピースしている僕とか」
 不二の言葉には黒い瞳を瞠った。
 恋人がブイサインをして写っている写真など見たことがないし、している姿も見たことがない。
「フフッ、冗談だよ」
「えっ、やだ!」
 思わず声を上げると、不二が楽しそうにクスクス笑う。
「いいよ。になら…ね」
 優しく甘い声で言われて、からかわれたことなど頭から吹き飛んでしまう。
 は小さく頷いて、カメラのファインダーを覗いた。
「…撮る、よ?」
「クスッ。うん、どうぞ」
 その言葉と一緒に、不二の左手がブイサインを作る。
 夕陽の中で笑う恋人の姿を、はカメラに納めた。


 初めて一緒に過ごした、大好きな彼の本当の誕生日。
 そして誕生日に写した大好きな人の写真。

 どちらも大切な想い出として、二人の心の中に刻み込まれた。




END


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