壁にかけた2月のカレンダーに目を遣り、は深い溜息を吐いてソファにうずもれるように座った。 今年は4年に一度の29日がある。その29という数字は、赤いハートマークで囲われていた。 「…帰国しようかな…」 ごちて、足を抱えるようにして丸くなる。 オーストラリアに留学してから、4年が経っている。最後に彼の誕生日を祝った日から4年の歳月が。 今度の誕生日で、彼は16歳になる。 彼に伝えないまま留学してしまったけれど、彼の誕生日を忘れた年はない。 世界で一番好きな人だから。 逢いたいけれど、彼の家には恐くて行けない。だから、帰国しても実家には戻れない。 けれど、本当の誕生日がある今年は、日本でお祝いしたいと思った。 決意を固めたは仕事関係ですべきことを頭の中で整理しながら、バスルームへ足を向けた。 瞳を閉じて 心のまま 僕は君を想う 「…なにかあったのか?」 部活の帰り、手塚は不二と並んで歩いていた。 いつもならテニスのことや本のこと、音楽のことなどを話しているのだが、今日の――いや、ここ数日の不二はやけに口数が少ない。 悩み事でもあるのだろうと手塚は思っていたので訊かないでいたが、今日は朝から静かだったのでさすがに気になった。 「…今日、僕の誕生日なんだよね」 「そうだったな」 不二の口から零れた言葉に手塚は頷くしかない。 朝から女生徒に騒がれてうんざりしているのが原因とは思えない彼の様子。 授業中も彼にしては珍しく、時々ぼんやりと窓の外を見ていたのを知っている。 不二とは親しい間柄だが、彼の全てを――心の中まで知っているわけではない。 だから、他に言葉がなかった。 「だから逢えないかなって…僕に逢いに来てくれないかなってずっと考えていた」 色素の薄い瞳を細め呟いて、不二は空を見上げた。 あの日――彼女に逢えなくなった日から、空をよく見上げるようになった。の笑顔が見えるような気がして。 「…それがお前の元気がない理由か」 手塚の口調はいつもと変わらないままだったが、心配をかけていたのはわかっていた。 だから、彼の声に少しの安堵が含まれていることに、不二は小さくクスと笑った。 友人がいるということは幸せなことだと改めて思う。 「…小さい頃からずっと好きなんだ。だけど、告白しようとした日に彼女は留学してしまった。帰国するのは来年って聞いているから、今年も逢えない…」 逢いに行きたくても、今の僕にはその力がない。 悔しさを滲ませる不二の横顔に、手塚は理知的な瞳を細めた。 今のように彼が心情を露にすることは滅多にない。 それだけに、彼女への想いがどれほど強いものか、手塚はわかった。 「だが、お前なら可能だろう?」 今は無理でも、これからのことはわからない。 けれど、勝ちに執着することができるようになった不二になら、可能な筈だ。 恋愛に関してはよくわからないので助言はできないが、あと一歩が踏み出せないのだろうと思う。 それに、不二は他人を意識していないようで、実は相手のことを気遣う奴だということを知っている。 だから、彼女の邪魔を――彼に言わずに留学してしまった彼女のことを考えて動けないのだろう。 「…ねえ、手塚」 「なんだ?」 「これから家に来てくれない?母さんと姉さんに誰か連れて来いって言われてるんだよね」 「それでどうして俺なんだ?」 「今思い出したから。それに…静かに過ごしたいんだ」 「…わかった」 「ありがとう」 そして二人は時折言葉を交わしながら、不二家へ向かった。 「周助くん、お誕生日おめでとう」 生クリームでデコレーションしたバースデイケーキを前にお祝いを言って、はシャンパンを注いだグラスを傾けた。 「ちゃん?」 不意にの声が聞こえて、ハッとして周囲を見渡した。 だが部屋にいるのは自分一人。 不二は深い溜息をついて、窓に近づきカーテンを開けた。 色素の薄い瞳に映るのは夜空。 「ちゃん…僕は…」 切れ長の瞳を閉じて、誰よりも好きな人へ想いを馳せた。 二人の想いを乗せて、2月29日がゆっくり過ぎていく――。 END BACK |