Snow Flake



 部屋のカーテンを開けると、外は一面の銀世界だった。
 昨日の夜から降り始めた雪は降り止んでいるようだが、空は鉛色で天気は悪い。
 このままの状態ならいいが、また降り始める可能性もある。
 今日は隣の県まで出かけるコトになっているので、できるなら降って欲しくない。
 毎年クリスマスが近づくと、雪が降ってホワイトクリスマスにならないだろうかと期待していたけれど。
 それは一昨年を境に、降らないで欲しいと思うようになっていた。
 天から舞い降りる雪は天使の羽のように白くキレイだけれど、一人で見るのは寂しいから。

 朝ごはんを食べて身支度を整えたは家を出た。
 コートを着てマフラーをして手袋もしたのだが、やはり寒い。吐息が真っ白だ。
 幸いなことに、道路は車の通った後や人が通った痕跡があり、比較的歩きやすい。
 最寄駅から少し歩いたところに、馴染みの花屋がある。そこは母の知り合いが経営している店だった。

「おはようございます」

 は店先で花の手入れをしている年配の女性に声をかけた。
 剪定している手が止まり、嬉しそうな笑顔がに向けられた。

「ああ、ちゃん。おはよう。今日は寒いねえ」

「ええ。あまり天気もよくないですよね」

「これからまた降るかもしれないね」

 年寄りに寒さは堪えるよ、と冗談めかして笑う。

「おばさまったら」

 がくすくすと笑いを零すのを見て、女性は瞳を和らげて微笑む。
 去年よりは気持ちが振り切れているようで、安心した。

「いま用意するからね」

「お願いします、おばさま」

 寒いから店の中においで、と手を引かれ、は店へ入った。
 店内はポインセチアやクリスマスローズ、モミなどのクリスマスらしい鉢植えで溢れていた。
 クリスマス用にと頼めば、無料で色鮮やかにラッピングしてくれる。
 花をつけたサボテンや冬の花を見ながら待っていると、名前を呼ばれた。

「わあ、素敵。ありがとうございます」

 それほど大きくもなく、けれど小さすぎない花束を受け取る。
 父の好きだった花を基調にして作ってもらった花束を両腕に抱えた。

「おいくらですか?」

「お金なんていいのよ。持っていきなさい」

「えっ、ダメですよ。払います」

 この時期では入手が難しい花も入っているし、このぐらいの大きさなら料金もそれなりだ。
 それをタダでいただくワケにはいかない。

「いいのよ。私はなんにもしてあげられないから、せめてこれくらいはね」

「おばさま・・・ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」

「お父さんによろしく伝えてね。 気をつけていってらっしゃい」

「はい、おばさま。ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げて、は店を出た。
 そして今来た道を戻り、駅へ向かった。今は午前10時を過ぎたばかりだから、お昼前には向こうに着くだろう。
 路面で滑らないように気をつけながら、駅前広場を通り抜け、駅構内に入った。
 不意に名前を呼ばれては立ち止まった。黒い瞳にクラスメイトの顔が映る。

「不二くん」

「おはよう、

「あ、おはよう。どこかに行くの?」

 金曜日の放課後、不二が菊丸に誘われているのを見たから、待ち合わせしているのかもしれない。
 そんなコトを頭の片隅でぼんやり思っていると、不二はうん、と頷いた。

「OKをもらえればね」

 は意味がわからず、首を傾けた。
 すると不二は切れ長の瞳でじっと見つめてきた。
 澄んだ瞳に吸い込まれそうになり、の心臓が跳ねる。

「君のお父さんのお墓参りに僕も一緒に行かせてくれないか?」

 その言葉には瞳を見開いた。
 彼女の父親が一昨年事故で他界したのは、彼女の友人なら知っている。
 けれど、今日が命日であることを知っているのは、親族と両親と親しかった人だけ。

「どうして不二くんが知ってるの?」

「去年の25日、花屋から花束を抱えて出てくるを偶然見かけたんだ。
 僕も花屋に行く所で、ちょうど入れ違いだったんだよ。
 その時の君の笑顔が悲しそうで、どうしたんだろうと思った。
 それでお店の人に君のクラスメイトだってコトを話して、理由を訊かせてもらった。
 あ、お店の人を責めないでね。僕が無理に聞き出したんだから」

「うん・・・」

「で、返事はしてもらえないのかな?」

「・・・どうして一緒に?今日はクリスマスだよ?」

「そうだね」

「みんな・・・パーティしたりしてるよ?」

「そうだね」

「・・・不二くんは・・・それでいいの?神様のお誕生日にお墓参りなんて・・・」

 それ以上は言葉が続かなくて、は俯いた。
 
「うん。そうじゃなかったら君を待ったりしてないよ」

 耳に届いた優しい声には顔を上げて、不二の顔を見つめた。

「私を待って?」

「家まで行こうかと思ったけど、すれ違ったら困るし」

 会えたからココにいて正解だったでしょ、と不二が微笑む。

「・・・・・・不二くんがいいなら」

「ありがとう。 じゃあ、行こうか」

 不二は色素の薄い瞳を細めて微笑むと、の華奢な手を引いた。

「ふっ、不二くん。手・・・」

「うん、両手が塞がってると危ないね。花束は僕が持つよ」

 そう言って、ひょいとの華奢な手から花束を抜き取る。

「そ、そうじゃなくてっ」

「なに?」

 首を傾けてにっこり微笑む不二に、は何も言えなくなり、なんでもない、と小声で言うのが精一杯だった。
 一緒に来てくれる理由を聞きたいと思っていたのに、それも訊けないままだ。




 電車に一時間程乗って、墓地のある最寄の駅に到着した。
 駅から15分程歩いていくと、小高い丘が見え始めた。丘の上からは海を見下ろすことができる。
 晴れている日は海が輝いていて美しいが、今日は天気が悪く見晴らしがよくない。
 まだ誰も訪れていないようで、雪の上には足跡がなかった。
 は墓の前にたどりつくと、まず十字架に積った雪を手ではらった。
 そして、不二を振り返る。

「不二くん、お花持ってくれてありがとう」

 手を伸ばすに、不二は黙って花束を渡した。
 は雪の上に膝をついて、花束を墓前に捧げる。

「パパ、メリークリスマス。 このお花、キレイでしょ。おばさまがくださったの。パパによろしくって言ってたわ。
 それから…お母さんは今年も帰って来られないって。パパにごめんねって謝っておいてって頼まれたわ」

 まるで目の前に父がいるかのように話すの後姿を見ていた不二は、彼女の隣に腰を下ろした。
 彼女が雪の中に消えてしまいそうに、儚く見えて。
 彼女は不二の横顔を一瞬だけ見つめて、父の墓に視線を戻した。
 
「パパ、紹介するわ。クラスメイトの不二周助くん」

「初めまして。さんのクラスメイトの不二周助です。
 ・・・これからはあなたの変わりに僕がさんを護ります」

「ふ…じく…?」

 驚愕に瞳を瞠ったまま、は不二の秀麗な横顔を見つめた。
 不二の切れ長の瞳が向けられるまで数秒もなかった筈なのに、とても長い時間のように感じた。

「僕は君が好きだから。ずっと君を護っていきたい」

「・・・っ」

 真っ直ぐに見つめてくる真剣な瞳に、は口元を押さえた。
 それと同時に、黒い瞳の眦から透明な雫が流れ落ちる。
 もしかして、という期待が心の片隅にあった。けれど、それが現実になるとは思わなかった。

「その涙に自惚れていいのかな?」

 嬉しくて、は何度も頷いた。
 不二は瞳を細めて嬉しそうに微笑むと、華奢な身体をそっと抱きしめた。
 しばらくそうしていると、天から白い雪がふわりと舞い降りてきた。

「雪、降ってきちゃったね」

 その声に不二の腕の中からは空を見上げた。
 白い雪が地上へ静かに落ちてくる。

「・・・不二くん」

「ん?」

「私ね…雪が好きじゃなくなってたの。でも、また好きになったわ」

「どうして?」

「不二くんが隣にいるから…かな」

 白い頬を赤く染めて微笑むの頬に、不二の長い指が触れる。

「・・・ねえ、キスしてもいいかな?」

 小さく頷いて、黒い瞳が恥ずかしそうに閉じられる。

「好きだよ、

 唇が触れる直前に甘く囁いて、柔らかな唇にキスを落とした。
 風にひらひらと踊る雪片が、二人の頭上から静かに舞い降りていた。





END


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