Invitation ベッドの上に洋服を広げて、は悩んでいた。 全身が映る鏡の前で服を当てて、可愛すぎるかなとか、色が暗いかもなどあれこれ思案して、すでに30分が経過している。 いい加減に決めないと時間になってしまうのはわかっているのだが、なかなか決められない。 今日はクリスマスイブで、恋人と逢う約束をしていた。 彼とデートとなればおしゃれをしていきたいと思うのは当然のこと。だが今日はそれだけではなかった。 逢うのは恋人だけでなく、彼の家族ともなのだ。 彼の家族と面識があるならいいのだが、会うのは今日が初めて。だから簡単に決まらない。 「・・・周助に決めてもらう?」 は赤く色づく唇から、小さな溜息をこぼした。 事の起こりは先週末。恋人からの電話が始まりだった。 『。24日、空いてる?』 『ええ、勿論』 周助と過ごしたいもの、と心の内で呟いて、は周助の言葉を待った。 『じゃあ、11時に迎えに行くよ』 『わかったわ。楽しみにしてるね』 『フフッ、僕も楽しみだよ。 あ、そうそう。僕の家族も一緒だから』 『・・・今、なんて?』 聞き違いだったらいいな、というの淡い期待は見事に裏切られた。 『単身赴任してる父さんが昨日帰国してね、に会いたいって言い出したんだ』 そして、二人の会話を聞いていた母が外で食事をしながら会ったらいいのではないかしら、と提案したらしい。 そこへ姉が仕事から帰ってきて、私も会ってみたいわ、とにっこり微笑んで言った。 しまいにはの両親も招待して、というところまで話が発展してしまい、周助はを想ってそれは止めた。 けれど、さんと会いたいのは譲れない、と決められてしまった。だが、それをそのまま周助が受け入れる筈はなく、彼は条件を出した。 詳細を聞いたは、そういうことなら・・・お誘いありがとうございます、とご両親に伝えて欲しいと言った。 そして今に至る。 「・・・・・・着るならコレかコレ、かしら?」 散々悩んだ末に選んだのは、紺色の細身なドレスと珊瑚色のワンピース。 雰囲気的にはどちらがいいのだろう。周助に場所を聞いておけばよかったと後悔した。 その時、来客を知らせるベルが鳴った。はハッとして時計を見る。時計の針は10時32分を指していた。 まだ時間じゃなくてよかった、と胸をなでおろして、は玄関に向かった。 約束の時間より早いが、周助が着いたようだ。ドアを開けると、思った通り彼の姿があった。 「。ちゃんと確認してから開けなきゃダメだろ」 「だって周助だって思ったんだもの・・・」 少し拗ねたように唇を尖らせたが扉のチェーンを外すと、周助は部屋の中に入り、後ろ手で扉の鍵を閉めた。 「あなたが心配なんだよ」 彼女の白い頬を両手で包み、黒い瞳を覗き込む。 は周助のしなやかな手に細い手でそっと触れて。 「ごめんなさい。気をつけるわ」 「うん、そうして」 周助はの目元にくちづけて、彼女を解放した。 「・・・周助はスーツなのね」 細いストライプ地の黒いのスーツを着ている周助に見とれてしまう。 学ランとは違い、スーツを着ている周助はいつもより年齢が上に見える。 整った顔立ち。柔和な笑み。優雅な仕草。まるでどこかの御曹司みたい。 「惚れ直してくれた?」 色素の薄い瞳を細めてフフッと笑う周助は、まるでの心を読んだかのよう。 は黒曜石のような瞳を周助から僅かに外す。 「・・・カッコよくて女性がほおっておかないわね」 「以外の人はどうでもいいよ。にだけ言ってもらえれば…ね」 クスッ。ヤキモチ妬くなんて、珍しいね。 笑った顔も可愛いけど、それ以外の顔も可愛くて困るよ。 周助は心の中で呟いて、背を向けたに声をかける。 「は何を着るの?」 「それが決まらなくて…コレかコレって思ってるんだけど」 先ほど選んだドレスとワンピースを周助に見せる。 「周助に合わせるならワンピースかなって思ったけど・・・」 「けど?」 着る服を決めても迷う仕草を見せる恋人に続きを促す。 「ちょっとお嬢様っぽいような気がして」 「そう?僕は似合うと思うけどな。あなたの優しい雰囲気にぴったりだよ」 ドレスのような華やかな格好も似合うけれど、それ以上にワンピースのような柔らかなラインの服が彼女には似合う。 高校生である自分が彼女との距離を遠いと感じない、という子供じみた理由もあるけれど。 それを差し引いてみても、彼女には柔らかで清楚な服が似合っている。 「・・・周助がそう言ってくれるならこれにする。 着替えるから隣で待ってて?」 周助が部屋から出るとドアを閉めて、支度に取りかかった。 持ち物の準備は昨夜しておいた。あとは着替えて化粧をすればいいのだが、時刻は11時15分前。 急いで用意しないと。 彼女の心の叫びが聞こえたかのように、タイミングよくドアの向こうから声が届く。 「父さんたちとの待ち合わせは12時半だから、慌てないでいいよ」 「えっ…」 それを先に言って欲しかったわ、周助。 その言葉を飲み込んで、は黙々と支度を続けた。 言っても丸め込まれてしまうのは目に見えている。 「お待たせ、周助」 着替えて化粧をして、バッグとコートを持ってドアを開けた。 「・・・似合ってるよ」 周助は一瞬だけ色素の薄い瞳を瞠って、にっこり微笑んだ。 「あ、ありがとう」 目元を赤く染めて嬉しそうに笑うに周助はクスッと笑って、左手を差し出した。 そして二人は仲良く手を繋ぎながら、駅に向かった。 招待されたのは、隣駅近辺にあるホテルだったので。 電車を降り、10分程歩くと目的のホテルに着いた。 僅かだが外国風の庭園があり、その中央にある一際高い樹に、クリスマスの装飾がされている。モミの樹ではないようだが、雰囲気が出ていた。 外からは入れない作りになっているのは、ホテル利用者だけが楽しめるようにということだろう。 最近のホテルにしては珍しく、ドアが自動扉ではなかった。ドアマンが恭しく開けたドアから、二人は中へ入った。 「キレイ・・・」 呟いたの視線を追うと、ロビーの吹き抜けにクリスマスツリーが飾られていた。 装飾は大変だっただろうと思わせる、見事な大樹だ。緑色の葉は壁の白に映え、人目を惹く。 樹の前では、写真を撮っている家族の姿も見受けられた。 「くすっ、楽しそう」 双子の男の子がそれは楽しそうにツリーの周りではしゃいでいる。 自分の小さい頃はどうだったかしら、と思い出して、は瞳を細めて微笑んだ。 隣にいる周助はフフッと笑って、彼女の耳元へ唇を寄せた。 「僕たちも近い将来…ね」 そう囁いて唇を離すと、何事もなかったかのようにの手を引く。 「、こっちだよ」 「あっ、うん」 まるでプロポーズのような言葉に頬が熱くなる。 信じていいのよね、と書いた瞳で周助の横顔を見上げると、色素の薄い瞳がを捉えて優しく細められた。 それと同時に繋がれている手をぎゅっと握られる。 とても嬉しくて、は周助の腕に少しだけ頭を預けた。 エレベーターに乗り、7階にあるレストランへ向かった。 昼時で人は多いが、騒がしくない。それはこの店が高級店であることを意味していると言える。 失敗しないように気をつけないと、というの思いが伝わったのか、周助は柔らかく微笑んだ。 「心配しなくていいよ。父さんは気難しい人じゃないから安心して」 周助の気遣いに頷いて、待ち合わせしているフレンチレストランへ足を向けた。 二人は店の入り口でコートを預けて、周助が店員に名を告げると奥の席へ案内された。 すでに三分の一の席が埋まっており、空いているテーブルには『予約席』と書かれたプレートが置いてある。 人気のある店なのか、予約しないといけないのかは不明だが、どちらにせよ評判なのだろうという印象を受ける。 こちらに向かって片手を挙げた男性を見て、はあの人が周助の父親なのだと悟った。 息子は男親に似るというのは本当らしい。そっくりとはいかないが、笑顔と纏う雰囲気が似ている。 ロマンスグレイな人。それがの第一印象だった。 「初めまして、さん。周助の父です」 「こんにちは。 と申します。今日はご招待いただきまして、ありがとうございます」 ペコリと頭を下げると、周助の父は穏やかな笑みを顔に浮かべた。 「今日は強引にお誘いして申し訳ない。だが、お会いできてよかったよ。 さあ、おかけください」 「」 名を呼ばれて周助を見ると、彼は椅子を引いてくれていた。 は礼を言って、周助が引いてくれる椅子に腰掛けた。周助は自分で椅子を引いて、の左側に座った。 それを見計らったように、テーブルに前菜が運ばれてくる。 すでに料理が手配済みな所は、やはり周助の父なのだと思わせた。 コンソメスープ、冷菜、メインディッシュ、果物、デザート。 どれも舌鼓を打つ美味しさで、自然と顔に笑みが浮かぶ。美味しいものは人を幸せにするというが、まさにそうだと思った。 周助から家族の話をあまり聞いたことのないだったが、周助の父は朗らかな人で、話が弾んだ。 デザートの皿が下げられ、ほどなくして温かい飲み物が運ばれてきた。 「今日はありがとう、さん。君のような人が周助のいい人で安心したよ」 「いえ、そんな・・・。 あの、ひとつお聞きしていいですか?」 挨拶をした時からずっと気になっていたことがある。 周助は一言も言わなかったし、はそのつもりで心の準備をしてきた。 それなのに状況が違ったので、引っかかっている。 「ええ、どうぞ」 「奥様と娘さんはどうされたのですか?おいでになるとお聞きしていましたが」 「ああ、初めにお話しませんでしたね。 家内と娘は今日になって知り合いにクラシックコンサートに誘われまして、来られなくなってしまったのですよ」 「そうですか」 「ええ。二人とも非常に残念がっていましたから、今度我が家に遊びにいらしてください」 「ありがとうございます」 温かな紅茶を飲み終えた所で、父は息子を呼んだ。 「周助」 「うん。 、行こう」 立ち上がり声をかけられたは、周助の父にゆっくり頭を下げた。 「今日はありがとうございました。お話は楽しかったですし、お料理もとても美味しかったです。 ごちそうさまでした。では失礼します」 「またお会いしましょう」 ホテルを出た所で、は肩の荷が降りたように、ふぅと息をついた。 気を張っていたつもりはなく、リラックスできていたと思ったのだが、やはり緊張していたのだと自覚する。 「、大丈夫?」 「ん、大丈夫よ」 心配そうに顔を覗きこんでくる恋人には微笑んで。 「ちょっと緊張したけど」 隠していても周助にはすぐに分かってしまうから、言葉を付け加えた。 周助はクスッと笑って、細い体を引き寄せて、形のいい額にキスを落とした。 頬を赤く染めて、人が見てるわ、というの講義を笑顔で黙殺して、周助は恋人の手を取る。 「遅れるといけないから行こうか」 「えっ?どこに?」 「オペラだよ。観たいって言ってたじゃない」 「憶えてくれてたの?」 言ったのは、春先に周助の家に行った時だった。 誰もいないんだと言った周助に、ご家族はどうしたのか訊くと、オペラを観にいってると聞いて。 以前から興味を持っていて、一度は観にいってみたかったは、私も観てみたいな、と言った。 ただそれだけのコトだった。時間にしたら、僅か数秒の出来事。 「勿論。の言葉だからね」 そして二人はオペラを鑑賞しに、都内の劇場へ向かった。 周助が取ってくれた席は、舞台中央の非常に観やすい席だった。 「この席って高いんじゃない?」 相場価格は知らないが、前の席が高いことくらいはわかる。 しかも、いい席からチケットが売れることを考えると、すぐに取ったのだろう。 嬉しさと驚きに瞳を瞠るに周助は首を傾けてフフッと笑って。 「そんなコト気にしなくていいよ。せっかく観に来たんだから、楽しもう?」 「・・・ええ。 ありがとう、周助」 オペラを堪能した二人は、近くのレストランで食事とお茶をした。 その後は―――。 の部屋で二人きりの甘い時間が過ぎていった。 「・・・いつ話そうかな」 の絹のような髪を指に絡めながら周助が呟く。 だが、その声は恋人には届かない。彼女は疲れ果て、眠ってしまっているので。 話さなくてもいいとも思うが、話した時のの反応も楽しみだったりする。 母と姉がに言ってしまう前に言っておこうと決めて。 周助は最愛の恋人をしっかり抱きしめて瞳を閉じた。 『僕たちのテーブルの近くに母さんと姉さんがいたんだ』 がクリスマスイブの真相を知るのはいつになるのか。 それは条件を出した周助だけが知っている。 END BACK |