手を繋いで



 神社へ向かう人込みの中、垣間見えた横顔に心臓がドキンと跳ねた。
 見間違える筈はない。なぜなら、彼はが好きな人だから。
 学校が冬休みになって、学校が始まるまで顔を見ることはないと思っていた。
 だから偶然とはいえ彼に逢えたのは、すごく嬉しかった。
 それが今日だから…元旦だから、なおさら嬉しい。

「あ、手塚君と不二君が…って、もう気づいてたか」

 その声にの細い肩がぴくりと反応する。
 黒曜石のような瞳で隣を歩くを見ると、彼女はにまにまと笑っていた。
 友人の茶色い瞳が全てを語っていて、は拗ねたように視線を逸らす。
 そんな友人に、は何か思いついたように口元を上げ微笑んだ。

。せっかくだから二人に声をかけてみようよ」

「え?」

 の驚きに瞠った瞳がに向けられる。
 二人というのはまさか…というの答えは当たっていた。

「手塚君と不二君に決まってるじゃない」

 にっこり微笑むと、の返事を待たずに友人の手を引いた。
 の手はしっかりの手を握っているから、歩かないと転んでしまう。
 は洋服だからいいが、は着物なのだ。着物が着崩れないようにしつつ早く歩くというのは、なかなかに困難である。とはいえ、は茶道をたしなんでいて着物を着慣れているので、それほど大変ではないけれど、着物で走ることなど滅多にない。
 人込みをすり抜けながら歩いて、2、3分後には二人に追いついた。

「手塚君、不二君」

 が並んで歩く背中に声をかけると、二人はぴたりと立ち止まった。
 二人はほぼ同時に振り返り、先に名を呼ばれた手塚が口を開く。

「ああ、。お前たちも参拝か?」

「うん。ねえ、一緒に行ってもいい?」

「俺は別にかまわないが・・・」

 手塚が切れ長の瞳で隣にいる不二を見た。
 彼との付き合いの長い不二には、それだけで意味が通じる。

「僕もいいよ。せっかく逢えたんだし、ね」

 言葉の後半はを見て不二は言った。
 優しい笑顔にの心臓が跳ねる。

「あ、あのっ・・・あけましておめでとう」

 私も不二くんに逢えて嬉しい、とは言いたくても言えない。
 挨拶するのだってこんなにもドキドキするのだ。
 頬が赤く染まっていくのが自分でもわかる。きっと耳まで赤く染まっているだろう。

「あけましておめでとう、さん。 よく似合うね」

「え?」

 一瞬なにを言われているのかわからなくて、は首を傾けた。
 不二は色素の薄い瞳を細めて、クスッと笑う。

「着物が似合ってるって言ったんだよ」

 柔らかな優しい声に、赤く染まった頬が更に赤く染まる。
 全身に熱が回るのを感じながら、黒い瞳で不二を見つめた。

「あ、ありがとう。お世辞でも嬉しい」

「お世辞なんかじゃないよ。すごく可愛い」

「・・・ありがとう」

 重ねられた言葉が嬉しいけれど恥ずかしくて、は不二から少し視線を外して、小さな声で言った。
 その直後、、の凛とした声が耳に届いた。

ー、先に行っちゃうよー」

「えっ、、ちょっと待って」

 不二と話をしているうちに、いつの間にかは手塚と歩きだしていた。
 慌てて二人の後を追おうとすると、背中に軽い衝撃があった。
 にぶつかった青年は「すみません」と謝っていたが、そのせいではバランスを崩して転びそうになる。

「大丈夫?」

「あ…不二くん?」

「怪我はない?」

 その言葉では状況を理解した。
 転びそうになったところを不二が助けてくれたのだ。
 
「う、うん、平気。ありがとう」

 知らない内に不二の腕にぎゅっと掴まっていたのに気づき、は慌てて彼から離れた。

「よかった」

「不二くん、助けてくれてありがとう」

 もう一度お礼を言うと、不二は気にしなくていいよ、と笑った。

「行こうか」

 うん、と頷くと、不二に手を取られた。

「ふ、不二くん?」

「イヤ?」

「い、イヤじゃないです」

「それならよかった」

 初めて触れた彼の手は大きくて、包まれているような気がして安心する。
 けれど、ドキドキと高鳴る胸の鼓動は大きくなるばかりで、彼に聞こえていないか心配になる。
 それを誤魔化すように、は口を開いた。

「早くしないとたちとはぐれちゃいそう」

「そうだね。でも、もう遅いみたいだ」

 先ほどがいたあたりに視線を向けたが、二人の姿は見えない。
 に声をかけてすぐに手塚と行ってしまったようだ。
 
「どうしよう?」

「僕たちは僕たちで行けばいいよ。どこかで会うかもしれないし」

 確かに不二の言うとおりだ。
 この人込みの中で探すのは骨が折れそうだし、途中で会えなくても携帯で連絡する手もある。
 それに、とは不二を見上げた。
(もう少し不二くんと二人でいたい)
 先ほど転びそうになったから、不二は手を繋いでくれたのだろうと思う。
 それでもいい。彼と一緒にいたい。

「僕もだよ」

「え?なにが?」

 きょとんとした顔で首を傾けるに不二はクスッと笑って。

「気づいてないなら、あとで教えてあげるよ」

 



END


新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

2007.2.17 修正・加筆


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