薄暗い中、淡いピンク色の花が風に揺れている。
 昼間なら川べりで花見をしたり、散歩している人の姿があるのだろうが、今はひっそりとしている。
 もっとも、じきに陽が沈み暗くなる時間だから当然といえば当然なのだが。

「・・・誘ってみようかな」

 は桜花を見上げながら呟いた。
 今朝の天気予報で明日も晴れると言っていたし、なにより自分が会いたい。
 年度末だから仕事はそれなりに忙しかったけれど、連絡を取っていないわけではない。
 けれど、どこかに出かけたり、ゆっくり過ごしたりという日は減っていた。
 最近したデートは、迎えに来てくれた不二と夕食を一緒にした程度だ。
 これがデートじゃないとは言わないが、もっと長い時間一緒にいたい。隣にいて欲しい。
 花見を口実にするのはキレイに咲いている桜に悪い気がするけれど、でも春にしか見られない光景を彼と見たいと思うのは本心からの気持ちだ。
 他の誰かとではなく、不二と二人で見たい。

 家に帰るまで待ちきれなくて、はバッグから携帯を取り出した。
 この時間なら練習から帰宅している筈だ。
 メモリから不二の電話番号を出して、通話ボタンを押す。
 呼び出しのコール音がした瞬間、音が切れて、優しい声が耳に届いた。

「・・・・・・フフッ、今電話しようかなって思ってたんだ」

「そうなの?だから出るの早かったのね」

 二人で同じコトを思っていたのがなんだか嬉しくて、はくすっと小さく笑った。
 それが聴こえたのだろう。彼がクスクス笑う声がした。

をデートに誘おうと思ってね」

「えっ?」

 驚いて声を上げると、不思議そうな声が返ってきた。

「なんで驚くの?」

「あっ、その・・・私も周助を誘おうかなって思って電話したの・・・」

 桜がキレイだから、周助と一緒に見たいなって思って・・・。
 そう言うと、刹那の沈黙の後、クスッという笑い声が聴こえた。

「僕もだよ。満開の桜をと二人で見たいなって思ってた」




桜舞




 家まで迎えに来てくれた不二に連れられ訪れたのは、一面に桜が咲き乱れる場所だった。
 春爛漫というのは、きっとこんな景色のコトをいうのだろう。
 柔らかな日差しの中、淡いピンク色の花が揺れている。

「すごいキレイなところね・・・。でも、どうして人がいないの?」

 桜が咲き始めると人々が花見に訪れる公園というのは、都内にいくつもある。
 ここはそれらの公園ほどの大きさがあり、桜花も満開になっているのに、誰もいない。
 聴こえてくるのは人の声ではなく、鳥たちのさえずり。

「私有地だからね。今日は僕達二人だけの貸切だよ」

 周囲を見回しているの耳に、少し低めの声が届く。
 その言葉には黒い瞳を瞠って不二を見つめた。

「君との時間を誰にも邪魔されたくないからね」

 フフッと微笑む不二に、の白い頬がほんのりと赤く染まる。
 不二の口から出る言葉は、他の誰かが言ったらキザだと絶対に思う。
 それなのに、彼が言うとキザに聴こえない。むしろ、すごく様になっている。

「し、知り合いの人の土地?」

 恥ずかしさを誤魔化すように、は口を開いた。

「フフッ、秘密」

 不二は笑顔で一蹴すると、に手を差し出した。
 に断る理由はないので、再び不二と手を繋いだ。
 微かな風に淡いピンク色の花びらがひらひら舞っている。

「・・・寝そべって見たら、どんな風に見えるのかしら?」

「・・・フッ・・・フフッ・・・じゃあ、寝そべってみる?」

「もう、周助!そんなに笑わなくてもいいじゃない」

 口元を押さえ笑いを堪える不二に、は頬を膨らませそっぽを向く。
 そんな彼女に不二は困ったような、それでいて愛しそうな笑みを浮かべて。

「ごめん。があんまり可愛いコトを言うからつい、ね」

 ごめんね、
 不意にぎゅっと後ろから抱きしめられ囁かれて、思わず頷いてしまった。
 本当にどうしようもないほど、溺れている。
 は身体を反転させて、顔を不二の胸にうずめた。

「・・・・・・周助、愛してるわ」

 耳に届いた囁きに、色素の薄い瞳が細められた。

「僕も愛してるよ。だけをずっと愛してる」

 不二は細い身体をぎゅっと抱きしめて、耳元で熱く囁いて。
 柔らかな唇に甘く蕩けるようなキスを落とした。

 そんな二人の姿を隠すように、桜の花弁が花吹雪となって宙を舞っていた。





END


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