星降る夜に




 漆黒の夜空に、幾多の光が瞬いている。
 まるで宝石を散りばめたかのような星空に、小さな手が伸ばされた。
 無意識なのだろうが、その仕草に周助はクスッと小さく笑った。

「やっぱりこどもって親に似るんだね?」

 周助は色素の薄い瞳を細めて、微笑みを深くした。
 周助の瞳に映る最愛の人の白い頬が僅かに赤く染まる。

「昔のコトじゃない」

 は抗議して、ふいっと周助にそっぽを向く。
 初めて七夕にデートした時にした仕草を周助が覚えていたのが照れくさくて。
 でも、心の底では今でも覚えてくれているコトが嬉しくて。
 だけどそれを悟られたくないから、瞳を逸らした。
 
「フフッ、照れなくてもいいじゃない」

 ・・・可愛かったよ、すごく…ね。勿論、今も可愛いけど。

 あっという間に抱きしめられて、耳元で囁かれる。
 その甘い声にの顔が真っ赤に染まる。

「しゅ、周助っ!」

 名前を呼んで睨みつけるが、赤く染まった顔で睨んでも効果はない。

「本当のコトなんだからいいじゃない」

 にっこり微笑む周助には何も言えなくて、彼の胸に顔を埋めた。
 恥ずかしくて、でもイヤじゃない。
 かと言って、嬉しいなんて口にできる筈もない。
 そんな彼女の心情が手に取るようにわかる周助はクスッと笑って、抱きしめる腕の力を少しだけ強くした。

「おとうさん、あまのがわってどれ?」

 少し離れて夜空を見上げていた颯が振り返り、首を傾ける。
 息子の声が耳に届き、は我に返った。
 慌てて周助から離れようとしたが、予想に反して周助の力は弱まらない。
 
「離れなくても天の川は見えるでしょ」

「それはそうだけど・・・」

「ならいいよね。 颯、天の川は星が集まって白くなっている所だよ」

 周助がしなやかな長い指で、白い帯状になっている空を指す。
 天の川を教えてもらった颯は、瞳を輝かせてそれを見つめて。

「わあ、きらきらー。 きれいだね、おかあさん」

 にこにこ嬉しそうに笑う息子に、は柔らかく微笑んで頷いた。
 都会よりはよく見えるだろうと期待していたが、その想像を遙かに超えている。
 こんなに見事な天の川を見たのは生まれて初めてだった。

「颯、僕には訊いてくれないのかい?」

「おとうさんはおかあさんをひとりじめしてるからいいの」

「クスッ。は僕のだからいいんだよ」

 二人の会話には眩暈がおきそうになった。
 周助の言っているコトは間違っていないが、息子相手に言うコトだろうか。
 日に日に周助に似てくるコトが嬉しいと思っていたけど、ここまで似なくてもいいのに。
 
「周助おとなげないわ」

 呆れたように言うと、周助は口元を上げて微笑んだ。

「昨夜は颯に邪魔されたからね。仕返しってところかな」

 今日から明日にかけては、僕がを独り占めさせてもらうよ――。

「しゅ、周助っ!」

 少し掠れた甘い声に、は周助を見上げて睨んだ。
 けれど、それが怒っているのではなく照れているからだと周助にはわかった。
 周助はフフッと笑っての抗議を黙殺して、夜空に瞳を滑らせた。

「・・・僕は一年に一回じゃ耐えられないな」

 薄い唇から呟きが零れた。
 周助の色素の薄い瞳が微かに愁いを帯びている。
 昨夜、颯にねだられて七夕にまつわる話をしたからだろうか。
 毎年見ている天の川なのに、淋しいと感じたのは。

「周助は違うでしょう?だって私、あなたと離れる気ないもの」

 周助は驚いたような瞳でを見つめて、それからフッと笑った。
 彼女は無意識に、いつも欲しいと思う言葉をくれる。

「うん、僕もを離すつもりはないよ」

 きっぱり言い切ると、は静かに微笑んで頷いた。

「それにしても、キレイな星空ね。颯も喜んでいるし、よかったわ」

 にこにこと嬉しそうに空を眺めている息子を見つめながらが言った。

「そうだね。予想以上で驚いたけど」

 周助が口元を上げてクスッと笑う。

「そうね。来年も来る?」

 夫を見上げて訊くと、周助は切れ長の瞳を細めて。

はどうなの?来年も来たい?」

「・・・周助と颯と一緒ならどこでもいいわ」

 今見えている夜空はとても美しく、心が安らぐ。
 来年も見たいかと訊かれたら見たいけれど、同じ場所でなくてもいい。
 最愛の人たちが一緒にいるのならいい。

「クスッ、らしいね」

 周助は瞳を細めて微笑んで、の柔らかな唇に甘いキスを落とした。



 夜が更けた頃。
 天窓から天の川が見える部屋で、周助は宣言どおりを独り占めしていた――。




END


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