小さな窓の外に、無数の光が見え始めた。
 まるで宝石を散りばめたかのように見えるその光景は、街の夜景だ。
 地上との距離が近くなるにつれて、胸の鼓動が早さを増してゆく。

 ずっと、今日を―――聖夜に周助と逢えるのを指折り数えて待ち望んでいた。

 彼の温もりが恋しくて

 電話越しではない声が聞きたくて

 優しい微笑みが見たくて

 周助と一緒にいたくて

 年末という忙しい時期だったが、休みを取って逢いに行くコトを決めた。
 クリスマスから数日仕事を休むことで正月はゆっくりできなくなったが、それでも全く構わなかった。
 彼と一緒にいられる、過ごせるなら、年明け早々に仕事でもいいのだ。彼に逢える嬉しさは何にも勝る。
 今年の夏休み、周助は数日しかない貴重な休日を使って、日本に帰国してくれた。
 一緒にいられるのは一日という短い時間でしかないのに、それでも帰ってきてくれた。
 逢いたくても逢いたいと言えない自分のコトを気遣って。
 だからは成田空港で周助を見送る際に決意した。今度は自分が逢いに行こうと。
 その方がずっと長く周助と過ごすことができる。



あなたがいてくれるなら



 大勢の人が行きかうロビーを、はトランクケースを転がしながら足早に歩く。
 アメリカに着くまでの距離は長くて、やっと着いたと思ったけれど、着いたら逢いたいと思う気持ちが尚更強くなってきた。

 一秒でも早く周助に逢いたい。
 
「あっ、ごめんなさ…sorry」

 すれ違い様、少し腕がぶつかって謝罪を口にしたは、ここが日本ではないことを思い出し、言い直した。
 相手が大丈夫だ、という仕草をしたので、はまた足早に歩き出した。
 そして数メートル歩いたところで、黒曜石のような瞳が手を振っている青年の姿を捉えた。
 はトランクを放り出して駆け出したい気持ちをぐっと堪え、それでもやはり早く傍に行きたくて、走るように歩きを速めた。

「周助っ!」

 二人の間を隔てるラインを超えると、は周助に飛びつくようにして抱きついた。
 いつもの彼女からは考えられないような大胆な行動だったが、周助は驚くこともなく、恋人の細い身体を軽々と抱きとめ、温もりを確かめるようにギュッと腕に抱きしめる。

…そんなに僕に逢いたかったんだね」

 耳元でそう囁いてクスッと笑う周助に、は僅かに唇を尖らせた。
 それではまるで自分だけが逢いたかったみたいな言い方ではないか。

「周助は違うのね」

 周助を見上げて拗ねたように言うと、すぐにそうじゃないよと返された。

が全身で逢いたかったって言ってくれてて、それが嬉しいんだ」

 色素の薄い瞳を細めて微笑む周助に、の白い頬がほんのり赤く染まる。

「それに、僕があなたに逢いたくないわけないだろ。あなたを想わない日なんて、一日だってないんだよ」

 逢いたかったのは僕もだよ…。

 吐息とともに耳元で甘く囁かれて、その言葉にときめく間もなく、唇が重ねられた。
 周助はの柔らかな唇に軽く触れて、名残惜しげに唇を離した。
 久しぶりすぎて、自制が利かなくなりそうだったから。

「どこか行きたい所はある?」

 のトランクケースを当たり前のように持って、周助が訊いた。
 すでに夜の帳が落ちているからこれからというわけには行かないが、今夜は食事を一緒にすると決めている。
 だから周助が訊いているのは、明日のクリスマスをどこで過ごすかということだ。

「…どこにも行かなくていいわ」

「でも、教会に行きたいって言ってたよね?」

 クリスマスイヴから数日アメリカに行くから、と聞いた時にが言っていたのを周助は覚えている。
 それに、教会だけではなく、他にも行きたい場所がある、と言っていた。
 日々のトレーニングをしなくてはならないが、それは最低限にして、一緒に行こうと思っていた。
 愛しい人の喜ぶ顔が、嬉しそうに微笑む顔が見たいから。

「周助に逢うまでは行きたかったけど…」

「けど、なに?」

 言いよどむの口から続きを促すように訊いた。

「……周助に逢ったら、どこかに行くより…周助がいてくれたらいいって思ったの」

 刹那の沈黙後に届いた小さな声に周助は軽く瞳を瞠って、ついで嬉しそうに微笑んだ。
 そう思ってくれた彼女の気持ちが嬉しい。
 なにより、そう思ってくれる彼女が愛しくてたまらない。

「僕もがいてくれたらそれでいいよ」

 クリスマスに限らず、あなたが隣にいるだけで僕は幸せだからね。
 どこで過ごそうと、がいてくれたら僕はそれでいいんだ。

 心の内で呟く周助の声はに届かない。
 けれど、それでいい。
 の照れを含んだ嬉しそうな微笑みが、彼女も同じ気持ちなのだと告げている。

「私…周助がいてくれるだけで幸せなの。
 …今夜から数日だけだけど一緒にいられるのって、神様からのクリスマスプレゼントみたいね」

 は周助の腕に細い腕を絡めて、周囲の喧騒にかき消されてしまいそうな小さな声で呟いた。
 けれど、周助に聴こえていなくてもいい、と思って言った言葉はしっかり周助の耳に届いていた。

「そんなに可愛いコト言われると抱きしめたくなって困るよ、

 周助の顔は言葉とは裏腹に困っているように見えない。
 不敵な微笑みを浮かべているように見えるような気がする。

「だからね…」

 が滞在している間は、毎晩あなたを抱きしめて眠ることにするよ。
 もちろん、キスは朝も昼も夜も、ね。

 にっこりと笑顔で宣言する周助に、の白い頬が赤く染まる。
 周助に逢えた嬉しさで枷が外れてしまったとしか思えない自分の言動に後悔しても、すでに遅い。
 彼は約束どおりなにもしないと信じているけれど、果たして自分の心臓が持つかどうか。
 そんなの考えなどわかっているかのように周助はフフッと微笑んで。

、疲れてるだろうから、食事はホテルのレストランにしようか?
 その方が荷物を置いてゆっくりできるしね」

「…うん」

 気遣ってくれる周助には素直に頷いた。

 そうして空港を出た二人は、雪の降り始めた夜空の下、手を繋いでホテルに向かった。



Merry Christmas My Sweet Ledy...




END

2008.01.06 加筆

BACK