クリスマスに雪が降らないかと楽しみにしていた。 家族で過ごすクリスマスの夜も。 けれどそれは、ある日を境に消えていた。 そして去年、クリスマスに降る雪がまた好きになっていた。 だからと言ってわいわい騒ぐという気持ちにはなれないけれど、ケーキでお祝いくらいなら、と今年は思えるようになっていた。 そう思えるようになったのは、彼のおかげだ。 彼がいなかったら、彼でなかったら、変わっていなかったと思う。 White Night 研ぎ澄まされた刃のような寒さに目が覚めた。 ベッドから起き上がりカーテンを開けてみたが、雪は降っていなかった。 だが昨夜の天気予報通りなら、今夜から明日の朝にかけて降り積るらしいので、今年もホワイトクリスマスになりそうだ。去年だったら雪が積っているのは苦しかったけれど、今年は嬉しいと思える。 その最たる理由の人を想い、思わず笑みが零れた。 「遅れないように支度しなくちゃ」 一人ごちて、は出かける用意をすべく、パジャマから服に着替えて、洗面所へ向かった。 今日はこれから不二とお墓参りに行く約束をしている。 クリスマスだからとは不二に声をかけるコトを迷っていたのだが、一緒に行ってくれるかどうか訊くより先に、不二が一緒に行くからと言ってくれた。 そう言ってもらえて嬉しかったが、不二は本当にそれでいいのかは不安だった。 それをの表情から読み取った不二は、僕はといたいから、と微笑んで言ってくれた。 彼の優しさが嬉しくて、は素直に頷いた。 朝食の後片付けを終えて、そろそろ家を出ようと思っていた矢先、玄関のチャイムが鳴った。 母親は日本にいるより海外に行ってる期間の方が長いし、帰るという連絡もないので、母親でないことは確かだ。 そうすると考えられるのは、宅配便だった。この時期、母親はに贈り物を送ってくれる。 だからおそらく宅配の人だろうと思い玄関扉ののぞき穴から来訪者を確認したは、驚きに黒曜石のような瞳を見開いた。 「しゅ、周助くん!」 扉の外にいる人の名前を呼びながら、は急いで玄関の扉を開けた。 「おはよう、」 そう言って、不二がにっこり微笑む。 「あ、おはよう、周助くん。…もしかして迎えに来てくれた?」 待ち合わせは駅の改札口前だった。 彼の姿を見た時はどうしてと思ったが、少し考えてみたら答えはそれしか浮かばなかった。 「フフッ、あたり。 に早く逢いたくて待ちきれなかったんだ」 甘い言葉と柔らかな微笑みに、の白い頬が瞬く間に赤く染まる。 「えっと、その…す、すぐ支度するから」 熱くなった頬を手で隠してそう言うと、はパタパタと廊下をかけて行った。 そんな彼女が可愛くて、不二はクスクス笑いながら恋人の後姿を見送った。 「おはようございます、おばさま」 まだ開店時間には早い時刻だが、店先で花の手入れをしている女性には声をかけた。 この花屋はの母の知り合いが経営している店で、はこの花屋をよく利用している。 今日も例年のように墓前に捧げる花を買いに、ここへ寄った。 「ああ、ちゃん、おはよう。 おや?今年は一人じゃないんだね」 店の女主人はの後ろに立つ青年を見て、僅かに瞠目した。 「見たことある顔だと思ったら、二年前にちゃんのことを訊きに来た人じゃないの?」 「覚えていらっしゃったんですね」 そう言った不二に年配の女性は当時を思い出すように瞳を細めた。 「あんなに熱心に訊かれたらねえ…忘れようにも忘れようがないよ。 今日一緒にいるってことは、ちゃんにOKをもらえたんだね」 その言葉に不二はクスッと笑って頷いた。 「ちょうど一年前から、付き合っているんです」 「ああ、じゃああなたののおかげだねえ。ちゃん、よく笑うようになったから。 あなたみたいに男前で優しい人なら、亡くなったお父さんも安心するよ。一人前になって、ちゃんを幸せにしてあげておくれ」 「お、おばさま!」 頬を真っ赤に染めてがうろたえるが、女性はからからと笑っている。 ちらりと後ろにいる恋人に視線を向けると、不二は瞳を細めて微笑んで。 「はい、そのつもりです。僕はを愛していますから」 いつでもどこでも、誰が相手でもストレートな不二はそうきっぱり言い切った。 彼の言葉は嬉しかったが、それと同時に恥ずかしくなって、は顔を手で覆った。 寒い筈なのに、身体中の血が沸騰してしまったように、顔だけでなく身体が火照る。 「…愛されてるねえ、ちゃん」 不二の言葉に女性は目を丸くして、感心したように言った。 はまだ恥ずかしくて声を出せなかったが、小さくこくんと頷いた。 「ああ、そうだ。花束作らないといけないね。すぐに用意するからね」 女性はそう言って店内に入り、それから10分もしないうちに、大きな花束を持って戻ってきた。 「ちゃん、お待たせ。これでいいかしら?」 「はい、ありがとうございます」 「、僕が持つよ」 お礼を言って受け取ろうとしたを止めて、不二が花束を受け取った。 「ありがとう、周助くん。 おばさま、これ代金です」 受け取ってくださいね?と笑顔で封筒を差し出すに、女性は代金はいいよと言うことはできなくて、それを受け取った。 「気をつけていっておいで」 「はい、おばさま」 そして二人は電車に乗るために駅へ向かった。 電車を降りて15分程歩くと、目的地である墓地に着いた。 海を見下ろすことのできる丘の上は、二人以外の人影がない。 墓参りは命日に来るのが普通だろうから、特に気に止める必要はないのだけれど。 「周助くん、お花持ってくれてありがとう」 一年前と同じ言葉を言って、は不二から花束を受け取った。 そして十字架の前に膝をつき、花束を墓前に捧げた。 その彼女の隣に不二も腰を下ろす。 「パパ、メリークリスマス。 お母さん、遅くなるけど帰国するって連絡があったわ。 それからね、周助くんが一緒に来てくれたの。 ここに来る前、おばさまのお店に一緒に行ったんだけど、二人ともひどいのよ。二人で私のコトからかうんだから」 そう言って拗ねたように頬を膨らませるに、不二は小さくクスッと笑って。 「誤解ですよ。僕がを愛してるって言ったら、照れちゃっただけです。 本当にすごく可愛くて、手放したくないって改めて思いましたよ」 「しゅ、周助くんっ!パパに変なコト報告しないで」 頬を赤く染めて抗議するを不二は笑顔で黙殺して。 「ってすごくお父さんのコトが好きだよね」 そう言った瞬間、彼女の雰囲気が僅かに変わった。 「…パパは好きだけど、お父さんは嫌い…かな」 瞼を伏せて呟くを見て、不二の推測が確かなものへ変わった。 は父親をパパと呼ぶのに、母親をママではなくお母さんと呼ぶ。 「そうなんだ」 不二は真実を訊くことなく、そう言った。 「…周助くんは何も訊かないのね」 「言っただろ?ずっと君を護りたいって」 小さな声で付け加えられた、君を傷つけたくない、という不二の優しさには泣きそうになる。 誰でもみな、が父と母を呼ぶ呼称が違うことに気づくと訊いてくるのに、不二は訊かない。 興味がないというのではなく、自分が話すまで待っていてくれるつもりなのだ、と気づいた。 「…なにも予定なかったらでいいの。家に来てくれないかな?」 その言葉の裏に隠された真実を不二は見抜いた。 は先ほどの意味を教えてくれるつもりなのだ、と。 「予定は何もないよ。今日はずっとといるつもりだから」 の黒髪を長い指に絡ませながら不二が言うと、は微かにはにかみながら「嬉しい」と言った。 そうして自宅に帰ったは、父親をパパと呼ぶ理由を不二に打ち明けた。 誤魔化すことなく、隠していたことを全部。 三年前に亡くなったパパは本当の父ではなく、本当のお父さんは生きているということ。 今は海外に行っている母が身ごもっているのを、がお腹にいることを承知でパパは結婚したこと。 だからパパとは血が繋がっていないということ。 そしてパパは外国人だったから、外人墓地に埋葬したこと。 「だから、パパって呼んでたの。すごく大好きだったの」 「今も大好きなパパ、の間違いじゃない?妬けるなあ。の恋人は僕なのに」 不二の言葉には一瞬目を丸くして、ついでくすっと小さく笑った。 きっと言いたいコトは別にある筈だ。 でもそれを口にすることなく、不二は全て受け止めて、全てを受け入れてくれた。 少し後ろめたいと思っていた気持ちがなくなり、心がふわりと軽くなった。 受け止めて、受け入れてくれたことがとても嬉しい。 彼を好きになってよかった、と心の底から思った。 「ね、周助くん」 「ん?」 「ケーキを焼いたんだけど、食べてくれる?」 「もちろん、喜んでいただくよ」 嬉しそうに微笑む不二には微笑み返して、違うコトを訊いた。 「夕食も一緒にしてくれる?」 思いもよらない言葉に、不二は色素の薄い瞳を僅かに瞠った。 「それは嬉しいけど、いいの?」 はこくんと頷いて。 「周助くんともっと一緒にいたいから。それに…」 「それに?」 「今夜、雪が降るらしいから、周助くんとホワイトクリスマスしたいなって。 あっ、でも遅くなったら周助くんの帰りが危ないよね」 「帰らなければ平気だよ」 「あ、それもそうね…って…ッ」 頷いたあとで、思わず納得しちゃったけどそんなの…と顔に書いては慌てる。 「フフッ、ったら顔が真っ赤だよ。なにを考えてるのかな?」 「な、なにって、その…だから…」 しどろもどろになるに、不二は耐え切れなくなり、小さく吹き出した。 口元を押さえ、クックッと笑い声を抑える不二に、はようやくからかわれているのだと気づいた。 「周助くんひどい!また私のコトからかった!」 座っていた椅子から立ち上がり抗議するに、不二は笑いを納めて真剣な瞳を向ける。 真っ直ぐに見つめてくる切れ長の瞳に、の胸がドキンと高鳴る。 「僕も男だからね…遅くまで一緒にいたらなにするかわからないよ?」 「周助くん…」 動けなくなったの傍に移動して、不二は細い身体を抱きしめて。 「次はないから覚えておいて、」 耳元で甘く囁いて、不二はの柔らかな唇に約束だとでも言うように、キスを落とした。 キスは甘くて優しいのに、とても熱くて、眩暈がしそうだった。 夜空から真っ白な雪が地上へ舞い降りてくる。 「雪が降ってきたわ」 「うん、今年もホワイトクリスマスだね」 「周助くんと一緒にホワイトクリスマスを過ごせて嬉しい」 そう言って照れたように微笑むを、不二は後ろから優しく包むように抱きしめた。 END 2008.01.16 加筆 BACK |