二週間前のバレンタイン。
 仕事を休んでデートをすることはできなかったが、仕事が終わってからデートをした。
 周助と付き合い始めた当初は、教え子や同僚に見つかったらどうしていいかわからないから、と人目を避けるようにしていた。慣れということもあったかもしれないけれど、彼といる所を目撃されても構わないと思えるようになったのは彼のおかげだ。
 今でもはっきり覚えている。

「教師と教え子じゃなくて、僕たちは恋人なんだから逃げなくていいじゃない」

 年上の自分よりずっと大人らしい周助の言葉に、その通りだと思った。
 逃げていても何も解決しない。
 なにより、周助を悲しませていたかもしれないと思うと胸が痛んだ。
 そして、彼を好きになってよかったと思った。



初めての…



 明日は周助の誕生日。
 誕生日と言っても、ただの誕生日とはワケが違う。
 2月29日は、四年に一度しかない。
 そして、一緒に迎えるのが初めての、彼の本当の誕生日。
 周助に誕生日を祝ってもらえるのも嬉しいけれど、彼をお祝いできるのはもっと嬉しい。

 仕事からの帰り道、明日のコトに胸を弾ませながら、は駅前のデパートに寄った。
 周助がケイジャン料理を好きだと教えてくれた時は、ケイジャン料理がどのような料理なのかさえ知らなくて、図書館で調べて、本を借りて作ってみた。
 出来上がった料理はそこそこの出来で、点数をつけるならよくできました程度だった。
 それでも周助は美味しいと言ってくれたけれど、女としては最高に出来たものを食べて欲しい。
 だから少なくとも月に2回は作るようにして、料理の腕を磨いた。
 買い忘れたものがないかカゴに入れた食材を確認して、会計を済ませる。
 外は肌に突き刺すような冷たい風が吹いていたけれど、心の中は温かいまま、は自宅へ帰った。



 幸いなことに今年は卒業式が3月3日なので、当日は定時に上がることができた。
 もっとも、定時きっかりに仕事を切り上げられるように、毎日の仕事量を増やしていたのだが。
 そのことが周助にバレたら心配させてしまうのはわかっていたけど、少しでも長く周助と一緒にいたい。
 校門へ向かったいたは、そこに立っている人物に驚いて黒い瞳を瞠った。
 首を傾けて微笑んでいるのは、これから逢う約束をしている周助だった。
 けれど学校ではなく、彼にはアパートに来てくれるようにお願いしていた。

「…周助」

 急いで駆け寄ると、周助は瞳を細めてを見つめた。

「仕事お疲れ様、

「あ、ありがとう。ところで、周助どうしてここに?」

 が疑問を口に乗せると、周助はクスッと笑って彼女の柔らかな髪を長い指でさらりと梳いた。

「もちろん、に逢いに。少しでも長く一緒にいたいと思うのは、僕だけじゃないよね?」

「それは私も同じだからすごく嬉しいけど…パーティの準備全然出来ていないのに」

 昨夜、帰宅してからやったことは、料理の下ごしらえとケーキ作りだけ。
 ケーキは完成しているから後は調理をするだけなので、それほど時間はかからない。
 かからないが、彼を待たせてしまうことが気になる。

「それなら安心していいよ。の手伝いもするつもりだから」

「えっ?そんな…主賓に手伝わせるなんて」

 そう言いつつも、優しい周助に甘えたいと思う自分がいる。
 困惑しているに周助は彼女が降参せざるを得ない言葉を投げた。

「君は自分の誕生日だって料理してるじゃない。
 それなのに僕の誕生日はダメなんて聞けないよ」

 周助はにっこり微笑んでいるが、その微笑みは逆らえない何かを秘めているように見える。
 は苦笑して、鍛えられた腕に自分のそれを絡ませた。

「…ありがとう、周助」

 呟くと、クスッと笑い声が聞こえた。



 二人でキッチンに並んで作ったのは、ジャンバラヤとガンボスープ、グリーンサラダ。
 出来上がったばかりで湯気を立てているジャンバラヤとガンボスープを周助がテーブルに運んでくてれいる傍らで、はコーヒーメーカーでコーヒーを沸かした。
 スパイシーな料理が中心なので、香り高い紅茶より香ばしいコーヒーの方が料理に合う。

「いい香りだね」

「あ、周助。運んでくれてありがとう」

「うん。それも持っていこうか?」

 そう訊いてくれた周助に、はお願いと頼んだ。
 周助がコーヒーサーバーとカップを運んでくれるなら、手が空いてケーキを用意できる。
 冷蔵庫で落ち着かせたケーキを取り出し、10本のカラフルなキャンドルを立てた。本当なら20本立てたいのだが、15センチのホールケーキでそれは厳しい。
 昔と違って今は1本で10歳を表す一回り大きいキャンドルがあるようだが、それだと20歳にするのは2本になってしまって淋しい。
 だから、悩んだ末に10本にしたのだった。

 ケーキを周助の前に置いて、は彼の隣に並んで座った。
 そしてマッチでキャンドルに炎をともす。

「周助お誕生日おめでとう」

「ありがとう、

 嬉しそうに微笑むに、周助は色素の薄い瞳を細め微笑み返して。

「…を僕のお嫁さんにしたい」

 そう言って周助がキャンドルの炎をふっと吹き消す。
 はそれを靄がかかったような頭で見ていた。
 今の言葉――。
 思い返して、かあっと頬が熱くなる。
 まるでプロポーズのようだ。

、ちゃんと聞いてくれたよね?僕のお願いごと」

「……お願いごと?」

「うん。キャンドルを吹き消す時に願いごとを言うと叶うって言うじゃない」

 子供だった頃そんなことを両親が言っていたような気がする。
 自分が何をお願いしたかなんてもう忘れてしまったけれど。

「やっと20歳になったから、僕の抱負を…ね」

 少し照れたような顔で周助が微笑む。
 その顔が可愛いと愛しいと思った。

「うん、待ってるわ」

 周助に甘えるように抱きつくと、包み込むように抱きしめられた。

「…今夜、泊まってもいい?」

 耳元で囁く熱く甘い声に、身体中が熱くなる。
 意味がわからないほど子供じゃない。
 それに今日は――今日だから。

「…うん」

 小さな声で頷くと、更にぎゅっと息が苦しくなるほど抱きしめられて。

「ありがとう」

 囁かれて、柔らかな唇に甘いキスが落とされた。




END


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