約束をしよう 去年までの誕生日は、部活の仲間がパーティをしてくれたり、家で家族とパーティをしていた。 それはそれで楽しかったけど、今年は違う誕生日が過ごしたいなって思うのは、大好きな人ができたから。 僕の好きな人の誕生日は春で、付き合い始めた時にはもう過ぎていた。 だから今日が二人で初めて一緒に過ごす誕生日になる。 僕の誕生日にが一緒にいてくれるのはもちろん嬉しいけど、今年は閏年で29日がある。 だから尚更嬉しくて、昨夜は遠足前の子供みたいに楽しみでなかなか眠れなかった。 「周くん?」 「おはよう、」 家族以外で一番に逢いたかったから家まで迎えに行くと、玄関を出てきたは黒い瞳を驚きに瞠って僕を見た。 「あ、おはよう、周くん。どうしたの?」 首を傾けて訊くの細い手を取って手を繋ぐ。 柔らかくて小さな手は少し戸惑った後、きゅっと僕の手を握った。 ほんのり耳を赤く染めている姿はとても可愛い。 「に逢いたくて迎えにきたんだ」 これは本当のことだけど、他にも理由がある。 自分で言うのもなんだけど僕はそれなりにモテるから、バレンタインや誕生日は朝から放課後まで女の子がひっきりなしにやってくる。 という可愛い彼女ができて今年は大丈夫かなと思っていたけど、それは甘かったとこの間のバレンタインで思い知らされた。 だから今年は誰かに邪魔される前にと一緒にいようと考えた。 恋人と初めて一緒に過ごせる誕生日、誰にも邪魔はさせない。 「…嬉しい。今日は周くんのお誕生日なのに私が喜ぶのって変かもしれないけど」 そう言って恥ずかしそうに微笑む。 ねえ、僕は君のこういう笑顔に弱いって知ってる? 独り占めしたいなっていつも思ってるんだよ。 「ねえ、。今日は演劇部休みだったよね?」 月曜日に一緒に帰った時に聞いたことを念の為に確認した。 演劇部の顧問が三年生の担任だから卒業式間近の今は忙しくて、今日から週明けまで休みらしい。 「あ、そうか。周くんも部活ないのよね。それなら今日、一緒に帰れる?」 ダメ…かな? そんなに心配そうな瞳で見られると、抱きしめたくなる。 けど残念ながら、人通りのこの場所では抱きしめることはできない。 「一緒に帰りたいけど、帰るだけじゃ嫌だな」 ちょっと意地悪かなと思いつつ、君の反応が見たくて言ってみた。 家に来て欲しい、と僕は言っているつもりだけど、気づいてくれる? 「……周くんの家に行ってもいい?迷惑じゃなかったら…行きたい」 「迷惑じゃないよ。に来て欲しいし、一緒に過ごしたい」 わかってくれて嬉しいよ、。 誘わないで言わせるなんて男らしくないけど、たまには君の口から聞きたいんだ。 ごめんね? 学校が終わった昼下がり、僕たちは学校を出た。 朝、と登校したのがよかったらしく、休み時間はずっとと話をしていたこともあって平和に過ごせた。 放課後になって教室に何人か女の子が来ていたけど、丁重に断った。彼女たちの気持ちは嬉しいけど、僕にはだけだから。それはこの先もずっと変わらない。 「ただいま」 「おかえりなさい。 いらっしゃい、ちゃん」 「こんにちは、由美子さん」 玄関のドアを開けると、姉さんが出迎えてくれた。 を呼ぶことはあらかじめ姉さんと母さんに言ってある。 「ゆっくりして行ってね」 「はい、ありがとうございます」 姉さんはにあがるようにスリッパを勧めて、リビングへ続く扉を開けた。 お邪魔します、と言って家に上がったを連れて、僕たちもリビングへ向かう。 「いらっしゃい、さん」 「こんにちは、おばさま」 「ゆっくりしていってくれると嬉しいわ」 「はい。お言葉に甘えさせていただきます」 母さんがのコートを預かって、ハンガーにかけながら話をしている。 「着替えてくるね」 このまま突っ立ていても仕方ないし、僕は自分の部屋へ着替えに行った。 着替えてリビングに戻ると、と姉さんが楽しそうに話をしながら料理を並べていた。 なぜかの頬が赤く染まっている。 「姉さん、に何を言ったの?」 声をかけると、姉さんは仕方ないわねって顔をした。 「何も言ってないわよ。ね、ちゃん」 がコクンと頷く。 「もうちょっとしたらわかるから」 そう言って首を傾けて笑う君に追求はできないね。 母さんが座るように言うから、の前の席に座った。 「はい、周助」 姉さんがバースデイケーキをテーブルの真ん中ではなく、僕の前においたのに驚く。 カットされているならわかるけど、ホールで置かれても困るんだけど。 そう思いながら目の前に置かれたケーキをよく見ると、ケーキの中央に文字が書いてあった。 『お誕生日おめでとう 周くん』 に目を向けると、白い頬を少し赤く染めて照れたように微笑んだ。 君と姉さんが隠していたのはこのことだったんだ。 メッセージ書いてたの、と言われるより、この方がいいね。 何倍も嬉しくて、すごく幸せな気分だ。 「ありがとう」 「あら、まだ何も言ってないわよ、周助」 「フフッ、そうだね」 でも、言いたくなったんだ。 だけにじゃなくて、僕の誕生日を祝ってくれる家族に。 パーティを始める前に母さんがの家へ連絡を入れてくれていたから、僕たちは少し遅い時間まで一緒にいることができた。 の家は門限が決まっていないけど、さすがに夜8時を過ぎたら帰さない訳にいかない。 姉さんが車で送ると言ったけれど、僕はと二人きりになりたかったから断った。案の定、は夜遅いから危ないよと心配してくれたが、僕の気持ちを理解した姉さんが加勢してくれた。 「…もう着いちゃう」 「うん、早いね」 少しでも長く一緒にいたくてゆっくり歩いてきたのに、の家が見えてきてしまった。 明日逢う約束を交わしたのに、離れがたいのはどうしてなんだろう。 繋いだこの手を離したくない。 それは今日に限ったことじゃないけれど、いつも君と別れる際に思う。 「今日、とっても楽しかった。周くん、送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」 門前まで送り届けると、少し淋しそうに君が微笑む。 「…ねえ、」 「なに?」 「来年の今日、君の時間を僕にくれないかな?」 黒曜石のような瞳が一瞬瞠られてから細められた。 「周くんも私の誕生日にくれる?」 「うん、喜んで」 「約束ね?」 「約束だよ」 差し出された細い小指に僕の小指を絡めて笑うと、は嬉しそうに微笑んだ。 END BACK |