桜色の世界で君と



 重なり合った木々の隙間から、柔らかな陽射しが差し込んでいる。
 樹の下から空を見上げると、まるで雪のように落ちてくる桜の花弁が見える。
 一片、また一片とひらひらと舞う桜色の花弁に、は胡桃色の瞳を細めた。
「周ちゃん早くー」
 は瞳を輝かせながら、手を招いて不二を呼ぶ。
 白いワンピースの裾を翻してはしゃいでいるは、まるで子犬のようだ。
「クスッ。慌てなくても桜は逃げないよ、
 いくつになっても変わらないなと胸中で呟いて、不二は少しだけ足早になった。
 わかってるけど…と拗ねてしまうことが容易に想像できるほど、二人の付き合いは長い。
 彼女の拗ねた顔も可愛いけれど、やはり微笑んでいる顔を見ていたい。
「ねえ、周ちゃんも上を見てみて?」
 楽しそうに笑うに頷いて、不二は上を見上げた。
 色素の薄い瞳に、風に舞う桜の花弁が映る。
「花吹雪だね」
「一面桜色世界でしょ?」
 昨日はほぼ一日中強い風が吹いていたので、咲いていた桜が散り、地面を覆っている。
 そして、見上げると瞳に映るのは、風に舞い踊る花弁。
 の言うとおり、見渡す限り桜色に染まっている。
「…可愛い」
「しゅ、周ちゃん!?」
 突然、後ろからぎゅっと抱きしめられて耳元で囁かれ、の心臓が跳ねる。
 キレイよね、と同意を求めた筈がどうして抱きしめられてしまうのだろう。
 そう頭の片隅で冷静に分析しようと試みてみるものの、答えを見つける前に不二の甘さに思考が蕩けて、何もわからなくなってしまう。
「さ、桜キレイだよ?」
「確かにキレイな風景だけど、のほうが気になる」
 笑顔が可愛いから、傍で見ていたいんだ。
 耳元で甘く囁かれて、くすぐったくてでも嬉しくて、離して欲しいような離して欲しくないような、複雑な気持ち。
 少しだけ顔を後ろに向けると、不二は柔らかく微笑んでいて、もう少しだけこうしてるのもいいかなと思う。
 せっかく祖父がいい場所を教えてくれたのだし、なにより自分たち以外に人はいなそうだから。
「…座ってゆっくり見よ?」
「うん、そうしようか」
 不二はようやく腕を解いて、閉じ込めていた細い身体を開放した。
 そして白く細い手を取って、大樹の根元へ導くように向かう。

 不二は太い幹に背中を預けて座り、の手を引いた。の細い身体は不二の腕の中にぽすんとおさまってしまう。
「しゅ、周ちゃん。これはちょっと…」
 とらされた姿勢に、が白い頬を桜色に染める。
 は片胡坐をかいた不二の足の上に座らされていた。
 いくら人影がなく二人きりでもさすがに恥ずかしい。
「恥ずかしい?」
「う、うん…」
 頷きながらも、更に頬が熱くなっていく。
「だから、ね?」
のお願いでも、それは聞けないよ」
 どうしてと訊くより先に不二はの桜色に染まった頬にキスをして、にっこり微笑んだ。
「ワンピースが汚れるから、ね」




END



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